perfume?/perfume!/perfume!?

マルコフ。

第1話

香霧学園高等学校に通うトウタは2年生だ。隣の家に住む同じ年の幼馴染みの女の子アオイのことが昔から好きで、なんなら物心つく頃には好きだった。

いつも二つのゆるく編んだ三つ編みを揺らしながら駆けてくる元気少女で、くっきりとした二重のぱっちりとした瞳はキラキラと輝いていて見ていて飽きないし、少しドジなところも、寂しがり屋で甘えん坊なところもとにかく可愛い。彼女をいつも世話するのが自分の役目だと小さい頃から信じていた。

だが中学生になってから、トウタはアオイに近づけなくなってしまった。


自室ですん、と鼻を動かして高校の制服のブレザーの上着を着ていた手を止めた。

脳髄が痺れるような甘い香りが漂ってきたからだ。ついでに言うなら近づいてきている。もう一つ言うなら朝の生理現象が治まった筈なのに、もう一度起き上がろうとしている部分にも気が付いた。


やめてくれよ、元気になるな。

暗い気持ちに襲われるが、花のような甘い熟れた果実のような香りはどんどんきつくなる。


「トウタ、おはよ…っふぎゃ!」

「男の部屋に勝手に入るなっていつも言ってるだろ。それに、毎朝、毎朝、向かえに来なくたって学校くらい一人で勝手に行け!」


自室の扉が開いたのを確認して、そのまま閉めた。入ろうとした少女はぶつかったらしく奇妙な悲鳴が扉越しに聞こえた。

ドジな幼馴染みは思いもよらないところで怪我をする。もしかして扉に本当にぶつかったんじゃあ…鼻血とか大丈夫かな、と心配になるが言葉はどこまでも辛らつだ。


「だって、ぎゅうぎゅうの電車に一人で乗るとか怖いし…」

「高校2年生にもなって、情けないこと言うなよ。それに結局は一人で乗ってるだろうが。いい加減、諦めろ。さっさと行かないと空いてる方の電車に間に合わないぞ」


自宅から駅までは徒歩で10分。郊外にある閑静な住宅街のうちの一つだ。そこから学校の最寄り駅まで電車で8分。その8分が天国であり地獄である。

毎日、そんなデンジャラスな通学などしたくない。

そもそも電車の中は密閉、密集空間で、可愛い幼馴染みと密着状態の8分だ。

そして、彼女の放つ香りからも逃げ場のない8分。


ほら、天国であり地獄だ。

そんなの想像しただけで耐えられる自信がない。


「うん、わかった…じゃあ学校でね」


あからさまに声のトーンを落として、去っていくアオイの気配を感じながら、トウタは歯を食いしばった。

彼女の香りを嗅ぐとすぐに息子が元気になって襲いたくなるという厄介な体質がなければ、可愛い幼馴染みと一緒に楽しいスクールライフを満喫することができたのに。

朝一緒に登校して、授業を受けて、昼休みは弁当を一緒に食べて、帰りも一緒だ。そうして、共働きの両親のいない家で……なんてこともできたに違いない。


だが告白どころか迂闊に近づくこともできない。常に息子が元気な状態で近づかれるなんて、アオイにドン引きされることは確実だ。

そもそも接近した時点で理性が焼き切れる。

絶対に場所なんて関係なく襲う自信がある。


それこそ電車の中だろうが学校だろうがお構いなしだ。


「はあ、俺は犯罪者にはなりたくないんだよ」

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