第2話 angst

 逸(はや)る気持ちを抑えきれず遅遅として進まない腕時計を睨みつける

 そんなことをしても時間が早く進む訳でもないのに…


 それでもやっと予約の時間になり今度は誰もいない待合室の扉を睨みつける


 財界人の間で噂になっている注文したものはなんでも食わせてくれるレストラン「Mahlzeit マールツァイト」

 法外な料金は請求されたが非合法なことだ

 それは致し方ない

 それにそれぐらいの料金を払うのは私の財力をもってすれば問題なかったが私の職業を聞いて条件を出し割り引いてくれた

 その条件も私にしてみれば容易い


 とそこまで考えていたら扉が空いているのに気が付かなかった

 給仕の男が扉の間からマスク越しにこちらの様子を伺っている

 コホンとひとつ咳払いをし容姿を整え愛用の杖を握りしめ「用意ができた」と給餌に合図する


 通された個室はがらんどうとした何も無い空間に似つかわしくないしっかりとした一人用ダイニングテーブルが置かれた部屋


 一歩踏み出す度に鼓動の音が給餌係に聴こえるんじゃないかと冷や汗をかく


 席に着く途端に運ばれてくるベットに固定された一人の男

 その顔を見ると飛びかかって行きそうになるがそれをシェフらしき帽子をかぶった男の一声で何とか収める

「お待たせ致しました

 まず心地の良い音を聞きながらアペリティフ(食前酒)をお楽しみください」


 グラスに見るだけで高級そうなシェリー酒が注がれ澄んだ豊かな香りと付け合せのチーズが鼻腔をくすぐる


 そして始まる宴

絶叫という名の演奏会

 男の体を少しずつできるだけ殺さないように切り裂いていく


 ニ杯目のドライシェリーは男の血を落とした少しピンクに色付けされたものをものを男の臀(しり)の柔らかい皮付き肉の串焼きでいただく

存分に絶叫と堪能したところでフルコースが始まる…


運ばれてくる一皿目

「スープは精巣を使ったコンソメスープでございます」

 うちの妻に欲情した男のトロっと濃厚な精巣

臭みを上手く消しあっさりとしたスープに仕立て次の料理の邪魔にならない後味の良さがシェフの腕の良さを感じさせる


 二皿目

「ポワゾンは舌と胸肉をフォンドボーで煮込んだゼリーよせでございます」

 この胸で妻を抱き寄せこの舌であの妻の火照った身体に這わせたのだと思うと銀食器を持つ手に力が入る

料理は歯ごたえのある肉に臭みを抑えるための数種類のハーブの香りのゼリーが優しい味


 三皿目

「続いてソルベ、脳みそのシャーベット~ミントソースを添えて~でございます」

 人妻に手を出すなんて頭の中が見てみたいと思ってはいたが本当に見れるとは

半解凍状態のスプーンですくえる程の硬さの脳みそにミントソースの爽やかさが熱くなっていた頭を冷やし思考回路が落ち着いかせてくれる


 四皿目

「続いてヴィアンド、陰茎と臀部のステーキでございます」

 冷えた頭が一瞬にして沸き上がる

 この陰茎で妻を何度悦ばせたのか?

 荒々しくガチャガチャと銀食器を動かしミディアムレアに焼かれた香辛料の強い肉を切り裂いていく


 五皿目

「それでは最後になりました

 デセールは奥様への愛を形作りました薔薇のケーキと田中の苦痛に歪んだ死に顔でございます」

 そこまで言われた時不意に涙が一筋零れて何も無い床に染み込まれて行った






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