第7話 在るべき場所に
閃光と轟爆が収まり、えぐり取られた大地の中央に、
黒き鎧の名残はただ、かつてそのものであったマナの残滓のみ。
ブリジットが手を掲げれば、雷龍槍は閃光となりすぐにその手中に戻った。
……これで、四人全員。
だが、イルフェリアは嫌な予感が拭えない。
業火の龍と押し合いをしている魔王から放たれる圧が、じわりじわりと重くなっている。
『よくもやってくれた』
自らの部下が残らず消し飛んだ様を見て、しかし魔王は淡々と言葉を放つ。
『なるほど。確かに貴様らは強い。後先を考えていれば、その間に喰い尽くされると言うことか』
言葉とともに、魔王の足下に収束するマナ。それはレティアをも超える膨大な――。
……いけない!
悪寒と直感。直後に、それを証明するように、
『ならば我も全てを捨て、ただ貴様らを打ち倒すためだけに戦おう――!』
爆圧にも近い純粋マナによる打撃が周囲に走る。
「ッ――!?」
邪気に満ちた力の波。四人とも、それに下手に踏みとどまらず圧力に乗って距離を取る。
それと同時に、ただでさえ大柄な魔王の身体がさらに巨大化。その背はかつての魔王城と同等にまで膨れ上がる。
周囲には暗黒化した余剰マナが熱量となってぶちまけられ、擬似的な結界を生成。周囲の大気をゆがませ、魔王の立つ大地をマグマに変えてゆく。
「これが、あいつの本当の力……!」
ブリジットが改めて槍を構える。そこには既に先ほどまでの余裕の笑みはない。
『みんな、アレはまずいぞ』
「ユークさま?」
『まだ解析中だが、魔王はおそらく、魔王城に集めた全世界のマナを世界中の魔王軍に再分配する
「つまり……」
イルフェリアはユークのその言葉のみで理解した。世界中から集約したマナ、その
「魔王に、この世界全てのマナが集約されていると……!」
『やはり貴様らは、愚かな人間共とは異なるようだ』
イルフェリアの言葉を裏付けるように、魔王は静かに肯定の言葉を発する。
『その通り――我は我が魔王軍二十万の命を捨て、世界そのものとなった』
どこか自嘲を含んだ言葉で、しかし決然と魔王は告げる。
『あまりに高い代価だ。だが、貴様らを討つにはそうしなくてはなるまい』
「上等!」
だが、レティアは不敵な笑みでそう返す。
「あんたが世界そのものと言うなら、世界ごとあんたをぶった斬るだけ!」
*
とは言ったものの。
「こんだけ撃ちまくられちゃ……!」
属性混在で無尽蔵に乱打される魔王の攻撃魔法の嵐に、レティアはさすがに舌を巻いていた。
世界丸ごと叩き斬るような出力を呼び起こすには、さすがのレティアでも足を止める必要がある。
だから初手は被弾覚悟で無視を決め込もうとしたが、やたら痛いのを一発食らって諦めた。
以降はデカめの暗黒魔法は斬り潰し、その他の魔法系は避けるか被弾して無視。できる範囲で神威剣にマナを込め撃ち放つが、マナによる擬似結界に阻まれ有効打には至らない。
要するに、先ほどの筋肉ダルマの超上位互換というわけだ。
……あーもう腹立つ……!
となれば、壁を用意し、レティアと神威剣の全力を呼び起こす時間を稼ぐしかない。
攻撃をかわしながら、必死で魔王の周囲を飛び回っている魔女男子に声をかける。
「
「今終わるとこだっての! ――外に出てろよ!?」
大地に降り立ち、その鋼鉄杖を地に刺せば、ゲバルトが通ったルートの通り、帯状の術式紋が魔王を中心にぐるりと紅光の輪を作った。
「目には目を、鉄には鉄を、断頭台には魔女の返礼を――!」
そしてゲバルトは告げる。
「
結びの呪文と同時に、魔王の全周を覆い尽くすように紅の魔法陣が展開していくと、魔王から放たれていた攻撃魔法が片っ端から魔法陣で反射され、魔王自身に撃ち返される。
『小賢しい真似を……!』
だが、魔王自身は自身の攻撃程度では小揺るぎもしないようだ。マナによる擬似結界で防ぎきられている。
『この程度、力尽くで吹き飛ばしてくれる――!』
言葉とともに、魔王は右手を振り上げる。同時に黒き魔法陣が立て続けに展開。レティアの全力にも等しいマナが集約していく。
「ちょっ――あんなん食らったら、いくら紅薔薇の反射結界でも持たないぞ!」
「大丈夫、その前に全力で叩き斬る……!」
神威剣を振り上げ、レティアは呼吸を一つ。
「――我が剣を賜りし太陽神エムト、並びに、我が剣を鍛えし火と光の精霊に願い奉る。人の子に余る我が剣の全てを、今ここに」
使い手を護るために封じられていた神威剣の力の全てを解放する。
「我が剣は、陽光の
詠唱と同時に、流れ込むマナ量の桁が変わったことを感じる。さすがのレティアも僅かに恐怖を感じるが、すぐに振り払う。賽は投げられた。怖じ気づいてこの後の制御を誤ればただの自爆だ。
反動も世界のことも考えず、全力の全力で魔王を叩き斬ることだけに集中する。
ブリジットやイルフェリアも攻撃の構えに入っているようだが、そちらに気を散らす余裕もない。これで討ち損じれば後はないのだ。
これまでに数度しか経験のないマナの収束。その手応えを得ていた最中、
『――負けを認めよう』
……はい?
魔王が放ったのは、レティアの想像外の言葉。
だが、敗北を認めたとて、命だけは見逃すなどと慈悲をかけられるような相手ではない。
世界一つを手中に収めた、正真正銘の大魔王なのだから、負けを認めようが何をしようがぶった斬るので正解のはず。
『貴様らは強い。我が魔王軍全てを代価にしても、こうまで手が届かぬなど、おぞましい強さだ』
だが、と魔王は語る。敗北を認めるにもかかわらず、どこか喜悦を得た念を含む、その理由は。
『たったいま、貴様らの由緒を解き明かした。なかなか難解であったが――』
「まさか――」
『これで世界を渡ることはできよう』
「わたくしたちの世界間転移魔法を解析した……!?」
ゲバルトの反射魔法を砕くための大規模攻撃魔法と偽装していた、その術式は。
「レティ、討って!」
ブリジットの声にレティアも我を取り戻す。
そうだ。相手が何を言おうが、何をしようが、最速で斬ればいいのだ。
「――闇を裂き、混沌を祓いて――」
『その必要はない』
レティアの詠唱を遮り、よく知った声がした。
*
「ユークさま!」「ボス!」「総隊長!」「しゃちょー!」
四人それぞれの肉声を聞きながら、ユークは自身の転移が完了したことを認識した。
正装を決める時間もなかったので、昔の冒険者着を再現した軽魔装のみ。
だが、あまり大仰な装備はいらない。既に勝負は決したのだから。
『貴様は――まあよい。感謝するぞ人間。貴様のおかげで――』
「転移魔法の解析ができたってか? そいつはよかった。謎が解けるのは楽しいもんな」
ユークは無造作に脇に下げていた
無造作に開くのは白紙のページ。
「お楽しみのところ悪いが、こっちもこっちの都合で、お前を討たせてもらう。
所定のコードを喚び出せば、瞬時に応答。
無地のページにセッティング済みの膨大な
「うちの社員が稼いだ時間で作り上げた大作だ。とくと味わえ」
弾は込められ、狙いは定められた。
あとは、撃つのみ。
「
*
物理法則や化学反応が一定の数値に置き換え計算可能であるように、ステータス原理の存在する世界では、あらゆる能力をステータスとスキルで定義できる。
それは、
「物理法則とは別に、ステータスの数値を上げさえすれば、能力が向上する。そして、これは基本的に不可逆だ。いいよな。筋トレをサボっても筋肉が落ちない世界だ」
肉体的・精神的限界を無視して。
「そして、スキルと名の付く何ものかを身につければ、たちまち能力が向上する」
厳格に定められているはずの物理法則を、軽々と飛び越えてしまう。
魔法が存在する補助現象とでも言うべき、マナが物理法則を歪める一例だ。
『貴様、何を――』
ユークの言葉の意味を掴み兼ねる魔王。
同時に、自身が発動したはずの世界間転移魔法が発動していないことに気がついたようだ。
いや、正確に言えば途中で使い方がわからなくなっているはずだ。
「魔法で物理法則を書き換えられるなら、同じように魔法で、ステータスを、スキルを書き換えたらどうなるか」
マナでもって物理法則を書き換え、重力を自在に無視し、無から水や炎を生み出し、隕石ですら喚び出すことのできるこの世界。
ならば、“ステータスとスキルそのものもまた、書き換える術があるのではないか”。
ユークがステータスの存在する世界に転生し、はじめに抱いた疑問。
そして独力でたどり着いた答えが、
かつての故郷の言葉を借り、ユーク自身は“ハッキング”や“クラッキング”と呼ぶその術式は、
「とりあえず、お前のステータスを全部“1”に書き換えた上でスキルを全消去させてもらった」
『バカな。そんなことが易々と――』
「さすがに解析と特殊処理の作成にやたら時間かかったけどな。――そろそろ、物理側も歪んでくるんじゃないか?」
『なんだ……これは……!?』
ユークの言葉通り、魔王の身体が急激に縮みはじめた。
それは、巨大化の時よりも明らかに高速かつバランスの悪い強引な縮小。
大きすぎる変化に、魔王の身体は軋み、身体に裂け目が生じ、制御を失ったマナが暴発し吹き出している。
『あああああ!?』
「書き換え前後の能力の落差がデカいと、物理法則側の補正が許容しきれず身体にガタがいく。……自分を強化する時はやっかい極まりないが、敵を弱らせるなら、お得なオマケ効果ってとこだな」
ユークの術式『
魔王のステータスというステータスは“1”に還り、スキルというスキルは空白と化した。
数値はカンスト、多くのスキルで強化された能力からの極大な落差に、魔王の身体はもはや耐えきれず自壊を始めていた。
『このような――終わり方など――!』
「そうだな。俺もまあ、美学や様式美については多少理解がある。だから――」
ユークは振り返る。
自らの後ろに立つ、自社最大最強戦力である社員に。
「レティア。陛下への手向けだ。最後に派手な花火をぶち上げてやれ」
ユークの言葉に、ブリジット、ゲバルト、イルフェリアもレティアに振り向き、静かにうなずく。
四人の視線に、レティアは笑みを得て、
「――はい!」
再び神威剣を構え、天界からのマナを剣に集めてゆく。
「闇を裂き、混沌を祓いて、あまねく生の行く先を示さん――」
視線の先は、崩れゆく魔王。
もはや亡霊にも等しい、弱々しい存在への、明らかに過剰なマナの収束に、魔王は諦めたように、
『――感謝する。人間』
「神威を以て天命が指す道を
輝きが、世界を満たした。
*
そして、時代は巡る。
神々にも連なる伝説を、数多の世界に欠片として残しながら。
天界にあるブレイヴスの会議室。
そこに、久方ぶりに勇者たちが再集結していた。
けれど、今日は作戦会議ではなく。
「今日の新人って、誰が来るんだっけ?」
「ブリジットさまがお育てになられていた子たちですね。パーティーのうちお二人が魔王討伐後にご不幸に遭われて……」
「不幸って……なんだっけ。確か前に聞いた気が」
「卑賤の身の出身だから貴族出身のメンバー以外は手柄は与えられないって殺されかけたんだよ。じゃあお前ら貴族が全部やれよって話だよな」
「あーそうだったそうだった。リズが怒って国滅ぼしかけたヤツね」
「――私は悪くないし」
「マジかよ怖っ。それどうしたんだよ社長」
「レティア呼びだしてひっぱたいてもらった」
「さすが我が社の最終兵器」
「新入りの腕っ節はどうなんだ?」
「勇者の方は聖剣を持参とのことです。ブリジット様に鍛えられ、特に剣技に長けていらっしゃるとか」
「じゃあとりあえずリオネルぶつけてどんな感じか見てみましょう」
「なんだその石にぶつけて剣の強度を見るみたいな。……まあ、模擬戦ならどんとこいだがな! メアリーもやるか!?」
「嫌よめんどくさい。殺す気のない相手と真面目に戦う気しないもの」
「天界だと殺しても死なないから大丈夫だって」
「そういう意味じゃなくて……ああもう面倒くさいわねこの格闘バカ」
「……魔法使いの子は、女の子って聞いた」
「ええ。彼女もなかなかやるようです。ブリジット殿からは山一つは軽く吹き飛ばせるように育てたと聞いておりますが」
「それは才能なのかスパルタなのか……」
「あ、いらっしゃるようですよ」
また二人、不幸な勇者が天界の門を叩く。
「カミル・ディアオニカです。ブリジット師範の元で勇者をやっていました。今日からお世話になります!」
「えっと……エヴィラ・ハルピュイア、です。ま、魔法使いをしていました。よ、よろしくお願いします……」
ここは、勇者派遣会社“ブレイヴス”。
伝説の勇者が、伝説に残らない余生を過ごす、静かで時に賑やかな、小さな安息の場所。
チートすぎて世界から追放された(元)勇者たちは異世界を股にかける勇者派遣業をはじめたようです 夕凪 @yu_nag
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