第6話 魔王は城ごとぶった斬るもの

 大陸中央にその魔王城はあった。

 六基の大魔晶石を備えた結界柱が生み出す、何者の侵入も攻撃も防ぐ大結界。

 城壁自体も至る所に魔護刻印が施してあり、かつ、足を踏み入れた者は大陸選りすぐりの魔物兵たちと、守護霊たちによる無限の自律攻撃魔法に晒される。

 それらの守りを支えるマナは、大陸全土の地脈を接続し無尽蔵同然。

 世界で最も安全な城の玉座に、その王は在った。

 わずか数日でにはもたらされるであろう、勝利の報を確信し、

『陛下! 急報にございます!』

『どうした、騒々しい』

『この城の結界柱に何者かが攻撃を――!』

 伝令の言葉に一瞬、魔王は己が理解を疑った。

 ここは自らの勢力圏内、その上に精鋭を集めた魔物兵の護る堅牢堅固の城。

 それが、何重もの警戒網をかいくぐり、突然結界柱に攻撃を仕掛けるなど。

 ……反乱か? しかし――。

 心当たりのある将軍は遠く離れた人間掃討作戦に向かわせた。

 実力主義の野心家の多い部下たちだと理解はしているが、忠義に厚い四天王はみな城内におり、それより外様の幹部が突然魔王の椅子を狙って挙兵するとも考えにくい。

『すぐに討ち取れ。どこの愚か者か知らんが――』

 魔王が言葉を告げ終わる前に、岩が崩れるような轟音と地響き。

 感覚を研ぎ澄ませば、確かに結界柱が失われていた。しかも、六本同時に。

 あまりにも信じがたい。だが、

『まさか――』

 その外に、魔王は、あまりにも馬鹿げたマナの収束と、一直線のを感じた。

 直後、王として、ここまで勝ち抜いてきた戦術家としての直感が、その言葉を叫ばせた。

『側におる者は、ここに来い!』



 レティアが放った全力の一撃は、確かに大陸最大の要塞たる魔王城を打ち砕いた。

 “封印王女イルフェリア”、“神槍の戦乙女ブリジット”、“鉄夜の魔女の末裔ゲバルト”の三名による六点同時攻撃にて結界を叩き割り、即座にレティアが神威剣の一撃をぶち込んだのだが、

「んー、六十五点……?」

 城内の魔物兵と守護霊を残らず蒸発させ、莫大なマナにて堅固な城をたたき壊した本人であるレティアは、手応えにいまいち納得いっていなかった。

 例えるなら、ゆで卵を食べたら殻を取り切れてなかったとか、貝を食べたら砂が混じってたとか、そういう類いの。

「なにその微妙な点数」

 結界柱を二つまとめてへし折ったブリジットがレティアに合流。イルフェリアとゲバルトも一緒だ。

「魔王様の気配が消えてない。手応えちょっと固めだったし、一戦やらないとダメかな……」

『レティアの言うとおりだ。来るぞ』

 社長の言葉と同時に、瓦礫を突き破って魔王らしき巨大な影が立ち上がった。

 人間の五倍はある人型の魔物。圧倒的な巨大さゆえの存在感を持つ魔王。

 その脇には、四天王らしき大小四つの影もある。

「うっへ四天王まで無事なんて……なまったかな」

「相手がそんだけ強いんでしょ。アホ言ってないで、個別にきっちり潰しましょ」

「へーい」

 生返事のままレティアが気を取り直して剣を構えると、


『――我が城をこうまで好きにしてくれた貴様ら、人間風情にしては有り余る力、何者だ』


 魔王が念話にて意志を発する。驚くべきことに、自慢の城を吹き飛ばした相手と言葉を交わす意志があるようだった。

 その問いに、レティアは自然に王女様イルフェリアを見た。こういうエラいヒトとの相手は、自分のようなおちゃらけた人間がやるべきではないと弁えている。ブリジットとゲバルトも同じだった。

 当の王女様はと言うと、自分への視線を察すると、ごく自然に前に立ち、スカートの端をつまんで優雅に一礼。

「――失礼。ご挨拶が遅くなりました。わたくしたちは、勇者派遣会社“ブレイヴス”より、人類唯一の王国の元首ムドノ王の代理としてご挨拶に参りました。偉大なる魔王陛下が、我らが王国の城下町にて絢爛豪華な舞踏会を催していただいたものですから、是非ともそのお礼にと伺った次第でございます」

『人間どもの命運など、もはや風前の灯火に過ぎん。貴様らのような存在がいたならば、もっと早くに気づいていたはずだ。今までどこに隠れていた』

「三千世界の彼方より。招待状を受け取るのが遅くなりましたので、こうして舞踏会に間に合ってほっとしております」

 王女様の言葉に、魔王はしばし無言。

 どこか呆気にとられた様な雰囲気を醸し出した後、

『くく……ハハハハハ!』

 ……はい?

 いきなり笑い出した。意味がわからずレティアが首をかしげていると、魔王が満足そうに言葉を続ける。

『そうか――やはり、ここよりも他、異なる世界があるというのか。ここで果てではなく、我が覇道が進む先があるというのだな』

「いいえ。――陛下のその武勇と智慧の進む先は、ここより永遠の夢の中のみ」

『笑止。なればますます止まることはできぬ。手始めに貴様らを打ち倒し、この世界を掌握した後は、その果ての三千世界とやらも全てこの掌中に収めて見せよう!』



 あーあ、とブリジットは魔王のはしゃぎっぷりに若干引く。

 レティアも同じようで、

「ねえリズ、あの魔王ヒトなんかめっちゃテンションあがってるんですけど」

「意識高い系だねアレ。壁が高いと逆に燃えるタイプなんかな」

 言いつつも、ブリジットは気を緩めることはしない。ただの勘だが、アレは自信はあるが油断はしないタイプだ。壁を越えられると確信はしているが、壁の高さは見誤らないタイプ。

「すみません、すこし挑発してみたら、なんだか変な方向にご機嫌になられてしまって」

 王女様は挑発がうまくいかなかったのか心なしかしょんぼりしている。

 だがまあ、ブリジットたちからすれば、

「気にしないで。どうせ戦うのは一緒だし――で」

 魔王の前に歩み出してきたのは、四つの影。

 全身を漆黒の金属鎧で覆った騎士。

 紫色の肌でコウモリの羽根を背負った女悪魔。

 黒いローブで身を包み、透明なドクロを無数に先端に付けた杖を持つ闇魔導士。

 四つ腕で、自らの筋肉を誇るように半裸で緑の肌を晒す一つ目の巨人。

 おそらく彼らが四天王。

「暗黒騎士と悪魔女子と闇魔導士と筋肉ダルマね。どうする? 四対四だし、それぞれサシで潰す?」

「五対四ですよ、ブリジットさま」

「……なるほどね」

 イルフェリアは言う。四天王戦で、魔王が介入してくる可能性を排除するなと。

 ……そうなると、確かにこっちが数的に不利か。

「社長、ヘルプは?」

『城下町の掃討もメドが見えてきた。必要なら、首刈りバカか格闘バカなら都合が付く』

 どっちもバカか。と思うも、頭のいいのこそ向こうに必要だ。こっちは力とマナで押し切れればいいのだから、バカでいい。

「ヤバくなったら頼むね」

『魔王の解析と並行してモニタはしてる。頼まれなくても危険そうならこっちの判断で放り込む』

「助かる……ってことで、とりあえず行き当たりばったりで行ってみようか」

「――であれば、まずはわたくしが。決闘などは、あまり長じておりませんので」

 わずかにマナの燐火を纏うイルフェリア。確かに、小回りはブリジットたちの方が圧倒的にきく。はじめに派手に花火を上げ、向こうの動きを見るのはアリだ。

「……そういうことね。みんな?」

 ブリジットが振り返れば、ほか二人も異論なし。

 であれば、

「どうぞ、王女様。存分に」

「お心遣い、痛み入ります。それではしばし舞台をお借りいたしますね」

 一礼とともに、“封印王女”は静かに一歩を踏み出す。



「目覚め、舞い踊れ。我が内に眠る七首の火龍――」

 イルフェリアが言葉とともに意志を向ければ、その背から、足下から現れるのは業火の龍。

 天界からのマナを得て、莫大な力を得て顕現させるのは、まず

 四天王それぞれに一つ首ごと、火焔の龍を差し向ける。

 速度を持ちながらも、その莫大な力を持つ巨大さゆえの緩慢さゆえに、黒騎士とコウモリ羽根には軽々とかわされる。

 だが、イルフェリアもそうなることは承知の上。深追いはさせず二つ首は直進させる。

 闇魔導士が一つ目の大男を強化し影に隠れる。そこへまず二首を正面から叩き込む。

 そして、残り二人を取り逃した二つ首が左右から合流して食い掛かる。

『ぬうう……これは――』

 うめき声をあげながら耐える一つ目の大男。

 興味本位でイルフェリアが相手方のステータスを見れば、じりじりと二人のMPが減っている。

 ひとまず、自動回復を超える圧迫はかけられているようだ。この状態でも、紅茶とスコーンでもつまみながら待っていれば、向こうはじきにたおれるはず。

 だから、

「――猛り、立ち昇れ」

 一つ目の大男と、闇魔導士の背後からが、地を割り、立ち昇った。

 これで、ティーセットを用意する程度の時間で二人は片付く。イルフェリアがそう確信した瞬間、

『させぬ――!』

 そこに、魔王が割り込んだ。

 七首全ての火焔をその大柄な身で引き受け、その身を包む漆黒のマントで一つ目の大男と、闇魔導士を身の下に隠す。

『『魔王様!?』』

『貴様らでは防ぎきれまい……! この者は我が引き受ける。貴様らは他の敵を討て……!』

「あら……あらあら。本当に陛下が直々においでになるなんて」

 なるほど、確かにステータス不明の魔王に来られては、こちらもどの程度余力を持てるのかわからなくなる。口振りからすると、当然手下より強いと見積もるべきだろう。

「でしたら、七つ首の全力でもって討ちに参りましょう。ゲバルトさま。守りは任せました」

 側に控えていてくれた鉄夜の魔女の末裔ゲバルトに告げる。守りは捨てる、と。

「……オーライ王女様。ご随意に」

 ゲバルトが手にした鋼鉄の杖を地に刺しマナの奔流をそこへ流す。

「我ら鉄の夜の一統アイゼナハト。鉄と血の嵐でもって、夜を紅に変える者――」

 彼の詠唱は、その身の出自を謳うもの。始祖たる鉄夜の魔女を謳い、始祖より受け継いだ脈々と魂に刻まれた呪式回路レコードを喚び覚ます。

 同時に、血色の魔法陣が瞬時に足下に展開し、

「我らを抱け。昏き紅の揺り籠ヒドゥン・クレイドル

 結びの句とともに、鉄壁の守りが完成したことを感じる。

 ならば、あとは腰を据えた削り合いとなる。そこは自らの本領だ。

「それでは、しばしお付き合いくださいませ。陛下」



「やっぱ魔王さま出てきちゃったかー」

 王女様イルフェリアと削り合いを始めた魔王を見て、レティアはため息交じりに神威剣を構える。

 自らの獲物として見やるのは王女様の炎の龍をかわしたコウモリ羽根と黒騎士。さらにその後ろの魔王の懐から這い出した一つ目の筋肉ダルマと闇魔導士。

 こちらからすれば、王女様と魔女男子ゲバルトを魔王に押さえ込まれた状況だ。残りの四天王の掃除は必然的に二人に丸々任されることとなる。

「正直ちょっとやりにくいね。あの魔王、いい勘をしてる」

 ブリジットも雷龍槍を構えながら四天王を見やる。

「リズはどっちにする?」

 レティアが問えば、ブリジットは即答。

「羽根つきと鎧」

「だと思った」

「レティは闇魔導士と筋肉ダルマね。魔王が王女様とにらみ合ってくれてるうちに片付けるよ」

「おっけー」

 と言いつつ、とりあえずレティアはブリジットが仕掛けるのを待つ。

 ブリジットよりもトロい自分が変に前に出ても邪魔になるだけだからだ。

『獲った!』

 と、コウモリ女の構えた剣先が蛇のようににゅるん、と伸びた。

 ……おお。

 突き出された剣の先端は五つに分かれ、王女様へ二本と、魔女男子、ブリジット、レティアへ一本ずつ伸びる。

 すごいと言えばすごい。だけれど、

「――分かたれよディヴァイディ

 言葉とともに、ブリジットが動いた。



 ブリジットは見た。女幹部がわずかに前、黒騎士が後ろ。

 見た目通りの動きだ。協力する気はあるが、連携まで頭が回っていない。

 ……それはゴリ押し上等のこっちも同じだけど。

 教え子たちにそのへんを口酸っぱく言ってたので妙に気になる。

 ……ま、いっか。

 全く別々の方向から襲いかかる五本の剣先を、五人のブリジットが同時に槍で打ち弾いた。

『やる……!』

 必殺を期したのであろう一撃があえなく弾かれたところを見て、顔を歪める女幹部。

 ……ああ。

 その程度か、とブリジットはわずかに落胆。

 久々の強敵かと気を引き締めたのに、自分の背後に、既にがいることにも気づかないなんて。

『マルーヌ! 避けろ!』

『あ――?』

 黒騎士からの警告も空しく、は、一拍の躊躇もおかず、コウモリ女の背後から雷龍槍を一突き。

 鮮やかな赤紫の血をぶちまけて槍の穂先がコウモリ女の胸を心臓ごとぶち抜く。間髪いれず、引き抜く勢いで背に袈裟懸けの一閃。右羽根を穂先で断ち斬った。

『よくも――!』

 仇討ちか、剣に黒いマナを纏わせ黒騎士が斬りかかる。だが、

「アンタはアンタで相手してあげるから」「焦ったらすぐ死ぬよ?」

 追加でを牽制で黒騎士にぶつける。

『なッ――子供だましの分身ごとき!』

 その間にがコウモリ女へ殺到。それぞれの穂先にて首、胴、左羽根、左足、右腕を断ち斬った。

 ボロボロとちぎれ落ちた女幹部の肉体。

 だが、間もなく断面から無数の触手が伸び、互いに結び合い引き合って即座に融け合うように合一していく。

『この程度――まだ……!』

 再生しながら言葉が首から発されるのを見て、ブリジットは一つ舌打ち。

「ち――生きてる」

 どうやら有翼人型の魔族――などという単純な生き物ではないらしい。

 スキルにも即死無効、聖特効無効、自己修復を保持している。その結果、残りHPは現時点で二割残っており、凄まじい速度で回復している。

 肉体的な急所はなく、シンプルにしかないということらしい。

 ……わかりやすいというかめんどくさいというか。

「じゃ、じっくり息の根を止めてあげましょうか。ゾンビ女」

 残飯処理のような気分で、ブリジットは人型を取り戻したコウモリ女に槍を構え直した。



 レティアは、魔王の影からこそこそと飛び出してきた、筋肉ダルマと闇魔導士にターゲットを絞る。

 二人は魔王と押し合いをしている王女様を叩きたいようだが、 

 ……どっちから先に潰そっか。

 軽く神威剣を構える。筋肉ダルマの方が当てやすそうなので、とりあえずそっちかなーとマナを込め、

『させぬ!』

 めざとく気がついた筋肉ダルマの口から黒き呪いの奔流ビームが飛んできた。

「わったぁ!?」

 脳天直撃コースだったのでレティアは全力でのけぞって回避。危なかった。

 というか、

「その見た目でビームって何それ! その筋肉なんに使ってんの!」

『愚かなり! 戦闘では遠近全ての領域を支配できてこその強者! 見た目で我が力を侮った己の未熟を恥じるがいい!』

「うっわなにその正論腹立つ……!」

 だが、隙がないことがすなわち強さであることはある一面で正しい。

 ……要するに、動きは遅いけど、それをカバーした攻防優れる砲台付きの要塞ってこと。

 ステータスを見てみれば、魔法防御と物理防御のどちらもカンストに近い。防具なしの魔法生物としての限界近い値だ。

『我が魔呪砲をもって貴様の剣をへし折ってくれる!』

 砲撃は正確かつ発動スパンが短い。

 どうしよう、と考えているところに二撃目。えーっと、と思っていれば三撃目。

 たぶん十秒に一回ぐらい。地味に忙しい。

 さらには、

 ……後ろも面倒なんだよなぁ。

 ドクロの闇魔導士がめっちゃ闇系のデバフと呪いと状態異常かけてきている。防具“精霊鎧装エイル・ヨーフェ”が都度全部解呪してくれているが、その分マナを消費させられていてフルパワーでの攻撃が難しそうな状況。

 と、あちらもあまり意味がないことに気づいたのか、デバフが止まる。

 詠唱は継続中。ならば次の一手はわかりやすい。盾があるなら、その影から砲撃がセオリーだろう。

『――サンダーストーム!』

 奥義クラスの大技。マナの動きから見て全域の雷撃魔法だ。ブリジットほどすばしっこくないレティアには回避は不可能だろう。

 逃げ場はない。ならば、

「あーもう!」

 観念してレティアも足を止める。

 正面に筋肉ダルマ。その影にドクロの闇魔導士。クジラ一頭分ほどの距離を開け、神威剣を上段で突きの構え。

 大きく息を吸い腹に力を込め、マナを一時的に加護に回す。直後にレティアごと周辺全域に雷魔法が降り注いだ。

 直撃。神威剣と精霊鎧装の加護でおおよそ防ぎきったが、微妙にピリピリする。気持ち悪い。

「我が剣は陽光のしるべ――」

『足を止めたか! バカめ!』

 当然、重ねて魔呪砲が放たれる。足を止めた以上こちらも直撃だが、

「ふっ――」

 詠唱を始め、マナを収束させた神威剣の先端を、その先端に合わせ静かに突きだす。

 すると、パッと剣先から花が咲くように、魔呪の奔流が四散した。

『なっ――!?』

 ……おっ。ラッキー。

 こちらも直撃覚悟だったが、思いのほか上手く逸らせたことにレティアの口角が上がる。

 ならば、もう憂いはない。力の限りまっすぐ突くだけ。

「我らが道を塞ぐもの、いかなる門も壁をも突き穿つ」

 闇魔導士が次の詠唱を始め、宙に闇のゲートらしきなにかが開きかけているが、もう遅い。

城門破る槌となれ、我が神威の剣エムトヴルフ・シュトゥルムボック!」

 踏み込みとともに地が割れ、突き出された切っ先が衝撃波とともにマナの奔流となる。

 眩いばかりの陽光の破城槌は過たず筋肉ダルマに直撃。

『あ――あ゛あ゛あ゛あ゛!?』

 最強に等しい防御は、神威剣の絶大な加護を得たレティアの一撃にて鮮やかにブチ抜かれ、光の渦に呑まれるように粒子となって消えていった。



 ……おー、相変わらず派手だなぁ。

 ゲバルトはレティアの大立ち回りを見ながら、のんきな感想を抱く。

 見れば、筋肉ダルマが突きの一撃で消し飛んだ瞬間、命からがら直撃を免れたらしい闇魔導士が攻撃を中断し、逃走の魔術を展開。

 ……少しばかり手伝おうか。

 現在は魔王からの水・氷系魔法の発動を徹底的に妨害し、その他暗黒系の魔法などを片っ端から防御しており、正直いっぱいいっぱいだが、

「――くるりこ、くるりこ、すってんてん。三回回ってしりもちついた――」

 まじないにも近い初級魔術であれば、そんなに手はかからない。

 だが、初級魔術とて、展開中の逃走魔術の一節に正確にれば、複雑な術式で構築された転移魔術などは、瞬時に効果を失う。

 ゲバルトの狙い通りの効果に、何事か、と狼狽えた闇魔導士を、レティアが逃がすはずはない。

「縫い止めよ、潔き精霊の短剣エイル・ディムルト!」

 レティアは懐から抜いた短剣を投擲。瞬時に短剣が光を得て、闇魔導士へ吸い込まれるように宙を飛ぶ。

 闇魔導士は間一髪で防御魔術を展開。短剣も防御魔術を破ろうと食い込むが、わずかに及ばず力を失い宙に弾かれる。

 だが、短剣の仕事はそれで十分。その間に、持ち主レティアは距離を詰め切っていた。

「天剣――」

 闇魔導士の頭上で輝く神威剣を大上段に振り上げ、

「縦一閃!」

 落下の勢いを乗せ、防御魔術ごと闇魔導士を叩き斬った。

 一撃の余波は爆轟のごとく周辺の瓦礫を巻き上げ、闇魔導士のHPは即座に全損。存在の残滓は丸ごとマナとしてレティアのマナストーンに吸い込まれていった。

 ……あんなん食らったら僕でも無理だよなぁ。

 だいたいが勇者ニンゲンモドキの中でも、範囲魔法とは言え極大クラスの雷魔法をまともに食らってほぼノーダメージで動けるヤツがどれほどいるのかという話である。

 ゲバルトも現世や派遣業で何度か修羅場を経験したが、魔王でもそんなのはそうそういない。

『貴様ら――』

 四天王二人を失った様を見て、魔王はわずかに表情を歪めた(ように見えた)。

『その能力値ステータス、偽りの物か』

「おや、お気づきになられたのですか」

 悪びれるそぶりもなく、魔王の防御オーラに火龍に食らいつかせている王女様はさらりと言い放つ。

『たわけ。貴様のその力、取り巻き共のあの力。など、タチの悪い冗談でしかない』

 まあ、これだけ大暴れをかましておいて、信じてもらえるようなステータスではないのは確かだ。

「陛下には挑ませていただいている身。少しばかり慎ましやかに申告させていただいているまでのこと」

 正直に高ステータスを開示していれば初手から警戒されるだけだし、防御系のスキルなどは提示すれば攻略法を考えてくださいと言うようなものだ。

 味方への情報共有ならまだしも、バカ正直に敵に晒すなどゲバルトとしては理解に苦しむ。

「……かくいう陛下も、ずいぶんと厳重にお隠しでは?」

『ふん。こんなもの、式典でもなければ見せびらかすようなものでもない』

「同感ですね。わたくしもお恥ずかしい限りで。――四天王の皆様は、ずいぶん堂々とされていらっしゃいますが」

『隠すほどの敵に遭わなかっただけよ。この世界は実に退屈な世界に成り果てた』

 だからこそ、と魔王は言葉を続ける。

『暗黒神に感謝しよう。――貴様らは我が討つに相応しい敵だ』



「なるほどね」

 ブリジットはコウモリ女の首を右手で掴み締め上げていた。

 呼吸を止める目的ではない。雷龍グウェイラの加護を得た小手で体内を循環するマナの流れを阻害し、吸い上げているのだ。

 彼女の全身では神経痛にも似た全身の激痛と、強烈な目眩を得ていることだろう。

「頭を砕かれ、胴を両断され、心臓を貫いても即座に再生する。人型をしながら、その実体は不定形の肉塊に等しい」

「げ――が――」

 白目を剝いて泡を吹くコウモリ女。身体の末端はブリジットの言葉通り、手足の形状を失い、赤紫の肉腫へ変化している。

「下手な装甲はいらず、身軽さと翼で蝶のように舞い蜂のように刺す。少々どころか、だいたいの物理ダメージは無視できる。頭の悪そうなセクシー衣装で出てくるわけだ」

 もっとも、

「――それも。だから、直で吸い取らせてもらうよ。貴女の全てを」

『人間……風情、が――』

私のことを人間って呼んでくれるんだ。嬉しいな」

 大抵、ビックリ人間ショーを披露してギタギタにした後は、バケモノにバケモノ呼ばわりされるものだが。

 死を目前としながら、まだ人間として見下そうとする、そのプライドの高さは賞賛に値する。

「――うん。そうだね」

 ……雷龍と人間のハーフである自分だけれど。

「人間らしく、魔物討伐をやらせてもらうよ。これからもね」

 そうして、しばらくの時間をかけて気高き彼女の全てを吸い尽くし、マナストーンに納めると、残りの分身の方に意識を向ける。

「さてと」

 分身二人で時間稼ぎをしていた黒騎士にレティアがちょっかいをかけてきている。

「レティ、こっちは終わったよ。どうする?」

「リズにあげるよ。私はノルマ達成したもんね」

「わかった。じゃあ、そっちも本気で行こう」

 言葉とともにブリジットも跳躍。

 レティアに気を取られていた黒騎士の背後から、己の分身二人を突っかけ振り払わせる。

 そうしてこじ開けた僅かな間、黒騎士の鎧の左太股、僅かな隙間を狙い、ブリジットは踏み込んだ。

「紫電――」

 槍に込めた雷の力とともに、

「一の型!」

 突きの一撃。

 衝撃波とともに黒騎士の左脚が吹き飛ぶ。

 瓦礫の上を黒騎士の本体が転がり、

『ぐ――貴様――ァ!』

 黒騎士が吹き飛び、転倒しながらも剣を振れば暗黒のマナの奔流が走る。

 破れかぶれの一撃だが、四天王を名乗るだけあって威力も効果範囲も広い。

 残像を置いてかわしながら、ブリジットは吹き飛んだ黒騎士を追い、とどめの一撃を狙う。

 だが一歩足りない。瞬く間に黒騎士の左脚の鎧が再構成されてゆき、黒騎士は再び剣を構える。

「しぶとい!」

 再び立ち上がった黒騎士の剣と、ブリジットの雷龍槍が打ち合う。

『既に死した身、片足などくれてやる……!』

「……中身はなくても動くってこと!」

 もしくはあったところで、ただの腐肉の塊か。重要なのは、鎧さえ無事なら動くということだ。

 ……どうする、ブリジット。

 幾度も槍と剣を交えながらブリジットは自らに問う。

 漆黒の鎧は強靱な耐物理・耐マナ防御を持ち、高い自己修復機能をも備える。生半可な攻撃は通じない。

 マナで強化された彼の剣と身体能力は、雷龍槍と打ち合うに足る技術と強度を持つ。

 決して弱くはない。決め手には相応のものが必要だ。

 ……コウモリ女は回りくどいことしたけど、残り一匹なら。

 黒騎士の残HPは七割弱というところ。おそらく左脚は完全に修復しきったわけではない。打ち合いの手応えでも、黒騎士の身体は僅かに左に傾いている。

 自己再生の速度はコウモリ女ほどではない。なら、一発で抜ける見込みは十分にある。

 ならば、

 ……ここは派手に行こう!

 黒騎士の防御能力の全てを貫き通すべく、手にした槍に呼びかける。その全力を見せてみろと。

「地より出で、天より還る生命の源――」

 詠唱とともに、分身が一人、二人と消え、代わりにブリジットの槍が蒼雷の光を帯びる目を覚ます

『させぬ――!』

 黒騎士も異様な力の収束を察したのだろう。ブリジットの技の機先を制しようと斬りかかる。

 だが、焦りと、左脚のバランスを僅かに失していたために、それは致命的な隙となった。

「恵みを告げ、悪しきを討つ始祖の咆哮こえに代わり――」

 詠唱の中、ブリジットは半身で斬撃をかわすと、その回転のまま踏み込みをかけ、石突を黒騎士にぶち込む。

『しまッ――』

 黒騎士が転倒したところで、ブリジットは踏み込みとともにマナをかけて大跳躍。

 人間の脚力の限界を大きく超えた高さより、逆手に槍を投擲の構え。

「――撃ち貫け、我が始祖たる雷龍の現し身アン・グウェイラ!」

 雷の龍と化した槍を、天上から撃ち放った。



『全てを食い破れ、闇転の刻ブラック・アウト――!!』

 暗黒騎士デフェンドは、渾身の一撃で天より襲い来る雷の龍を迎え撃った。

 魔王より己に託されたマナの限りを黒き剣気として蒼雷の顎に叩き付ける。

『この……ッ!』

 絞り出せる限りの全力だ。己を支えるマナすら吐き出し、既に死した肉体が悲鳴を上げる。

 だが、足りない。

 じわり、じわりと食われていき、静かに天より降り来たる龍に圧し潰されてゆく。

 漆黒の魔鎧がその形状を失うほどのマナを吐き出しながら、なおも届かない。

 パワーも、スピードも、技すらも。

 大陸に数多存在する魔族の中から、選ばれし精鋭中の精鋭たる四人が。

 その長たる自分が。

 手も足も出ないまま。

 敬愛する王に報いることもできず、

『おああああああああ!!』

 肉体の口からもしゃがれた音を撒き散らしながら、

 黒騎士は雷龍に食い潰された。

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