第5話 王都防衛戦

「我が名はガスパール。異界の勇者。召喚に応じ、参上いたしました」

 ガスパールが世界間転移を終えれば、そこは急ごしらえの召喚陣とおぼしき魔法陣の上。

 王や魔術師たちに向け、ガスパールは改めてそれらしくひざまずいた。

 ――今回、代表で召喚の儀に応じたのは“聖騎士”ガスパール。召喚主に安心感を与える見た目でありながら、かつ集団戦闘の状況把握、指揮に長けているためだ。

「おお、ガスパール殿! そなたに来ていただいたのは他でもない――」

「失礼、ムドノ王。状況は把握しております」

 長々と王の挨拶と長話が始まりそうな雰囲気を察し、ガスパールは無礼を承知で王の言葉を遮る。

 王都の城壁が破られるのはもはや時間の問題だ。

 ここで数分でも浪費すれば、この世界の人類の命運がそれだけ危機に傾く。

 ……魔法通信や念話の類いがない世界であれば、状況把握が十分に至らないのはやむなしだが……。

 この期に及んで、ガスパールの無礼に眉をひそめる魔術師たちの表情に、一言嫌みでも残していきたい気分になったが、いまはその時間すら惜しい。

「一刻でも失えばこの国は滅びます。ただちに対処いたしますので、失礼いたします」

「あ……ああ、頼んだぞ、勇者殿……!」

 呆気にとられる王を背後に、ガスパールは駆け出す。適当なテラスを見つけ、飛行魔法で一気に空へ飛び出した。

 ……素人がこの場に呼ばれていたかと思うと、笑えんな。

 ガスパールはかつて、ブレイヴスが結成される前、勇者召喚の儀で喚び出されるのは、素人だったと、社長ユークに聞いたことがある。

 強制世界間転移の被害者に神々が哀れんで祝福を与えていたところ、並外れた能力を手に異世界に出現することで、転移先で救世主として祭り上げられてしまう。それが繰り返され、いつしか“勇者召喚”として定着してしまっていたのだと。

 だが、素人勇者の召喚は、現地の才能のある人間を神が見いだして祝福を授ける天啓型勇者や、天啓型勇者の末裔が覚醒する血筋型勇者よりも戦死率が高い。

 いくら神々の祝福を得たチート持ちであっても、ベースは人間だ。チート能力を得た場合、その後の立ち回りは本人の適性――戦いと生存にどれほど勘が働くか、そして召喚された世界にどこまで適応できるかに大きく左右される。

 この世界に限って言えば、強大な力を付与された素人一人が突然喚ばれてひっくり返せる戦況ではない。

 ガスパールは事前に時間がないことを理解してこの場に臨んだが、ごく常識的な素人であれば、あそこで王と長話をして、取り返しがつかないほど状況が悪化した後に魔王軍と対面しただろう。残された選択肢はチートで勝利し自分一人だけこの世界に生き残るか、もろとも数に圧し潰されて死ぬかの二択だけ。

 ……だからこそ自分たちの存在意義がある。

 素人では救えぬ人々も、一人では倒せぬ軍勢も、自分たちならば。

 空から周囲を見渡せば、天界から見た状況から順当に悪化しつつあった。

 軍勢は既に城壁に取り付いており、二つ目の城門が破られるまでほとんど時間はない――いや、今破られたようだ。

 有翼の悪魔は先行して城下町を好きに襲っており、応戦するのは散発的な弓矢のみでまるで効果は見込めそうにない。

 ……対空魔法も、ペガサスも飛竜もなしに、有翼種とやり合うなど。

 戦いとも呼べない一方的な狩り。ガスパールは思わず舌打ちし、手近な悪魔へ炎魔法を撃ち込んだ。

 相手は空中からの攻撃を想像もしていなかったのか、あっさり数体に直撃。基本魔法であったが、いずれも灰と化した。

 ……あの宮廷魔術師どもは、空戦は無理なのだろうか。

 不意にその可能性に思い至るが、すぐに首を振る。どのみち飛べたとして、あの老いぼれたちがまともに空中戦をやれるとは思わない。

 城壁までたどり着くと、破られた城壁から魔物の波が怒濤のごとく押し寄せている。

 兵や住民たちが城壁の上から矢や投石、煮えた油を注ぐが、数を前にほとんど無意味。

 破られた城下町側も、戦を想定した複雑な形状のためか、迎撃に多少有効なようだが、屍を踏み越えてなおも殺到する魔物の津波に建物ごと圧し潰されようとしていた、

 ……間に合うか。

 外からの流入を断ち、同時に中の掃除をやる。どちらかが失敗しても、弱々しい人類文明の残り火はすぐにかき消えてしまう。

 城壁の上に立ち、剣を突き立てる。念とともに

「次元転送魔法の座標固定。城壁の外にイルフェリア殿下とラオナ嬢を、残りは内側を掃除させる」

『座標確認。すぐに送る』

 社長ユークの応答。動きは炎となってすぐに来た。

 


 城壁に殺到する魔物の群れは、突き壊した城門だけでは飽き足らず、城壁そのものを登ろうとする動きもあった。

 トカゲや猿の亜人や、不定形の魔物などは城壁に取り付き、身軽さを活かし上れば、城壁の上の数少ない兵士を赤子のようにひねり殺す。

 オークのような大型の魔物は、城壁を打ち壊そうと得物を叩き付け、あるいは巨大な蛇型魔物は城壁にもたれかかることで、小型魔物への梯子の代わりとなる。

 そうして、城壁が城壁としての役割を失わんとする、そんなとき。


 城壁の正面に、火焔が立ち上った。


 魔物の群れを巻き込んで天高く立ち上った炎の柱は、直線に走るかと思えば、大きくうねり地を睥睨する。

 その柱の先端を、見るものが見ればすぐに理解するだろう。

 それが、“龍”であると。

 火焔は、火焔であると同時に、明確に龍の首の形をなしていた。

 それが、二柱、三柱。立て続けに城壁の前に立ち上る。

 炎の龍が七つ首を数えたところで、

 その中心に人影が現れた。

 紅と白の生地に、色とりどりの魔石で彩られた、軍服の意匠を取り入れたドレスを身に纏った少女。

 自らの纏う炎と同じ、朱き髪と紅き瞳。

 彼女こそ。

「まずは場を弁えぬ闖入ちんにゅうをお詫び申し上げます。されど、これが我らが存在意義ゆえ」

 ――“封印王女”イルフェリア。

「お手をこちらに。しばしわたくしの龍たちと、舞いをお楽しみくださいませ」

 業火の邪龍の呪いにより、長く幽閉の身であった王女。

 その忌まわしき呪いを、勇者ユークの外法にて魔を喰らう火焔の顎へと変えた、七つ首の火龍の使い手。

「――業火の龍と地獄の舞いをロンド・オブ・フレイムドラゴン

 王女の言葉とともに、火龍が一斉に周囲を呑み込み暴れ回る。

 むやみな暴走ではない。

 その七首は、王女の確たる意志と指揮の下、城壁の中央から左右に伸び、押し寄せる魔物の波を灰燼に帰しながら遮る。

 それは、城壁に取り付こうと、打ち破ろうとする魔物の波を明確に制していた。

 やがて、勇敢な魔物たちのことごとくが暴龍に呑まれ、臆病な者がわずかに足を止め、

 城壁の前に残火と灰と屍で埋められた明確な空間が生じたことを見て、

「――橋頭堡はここに。なれば今こそ騎士たちが槍を構えるとき」

 “封印王女”は、次なる役者の登壇をたおやかに告げる。

「さあ、おいでませ。“万騎の長”」

 城壁の上に、少女がいた。

 草原のごときみずみずしい緑の髪。

 胸に熊のぬいぐるみを抱いた、いたけき少女。

 しかして彼女は、

「“万騎の長”ラオナ・ミルティオスが命じます」

 自らの名とともに、

「我が愛しき偶像たちよ。マナと数を以て、我が槍と盾の戦列となれ」

 自身が預かる兵団の名を謳い上げる。

「――くまさんの衛兵団ウルシース・カルチェリス

 宣言とともに巨大な召喚陣が五つ、地に描かれる。

 そこから、ゆっくりと姿を見せるのは、


 くまさん。


 その大きさは城壁のゆうに二倍を超す。

 鎧甲冑を着込み、ランスを構えた五体のくまのぬいぐるみがゆっくりと姿を見せる。

 知性ある魔物の一部を、そのデタラメさと底知れなさに唖然とさせながら、

 冗談のようなそれが現界するのを待って、ラオナは小さく告げる。

「……まずは敵大将。やって」

 五体の衛兵は、微動だにしないまま、鼈甲べっこうの瞳から赤きマナの光を発した。

 瞬間。遠く軍勢の最奥に閃光が走り、土煙が立ち上る。

 一拍遅れて轟雷のような地響きと、衝撃波が真後ろから魔物の軍団を襲った。

 その一撃で、遠く本陣が跡形なく吹き飛んだと、後に彼らは理解することとなる。

 遠征軍の統制を取っていただろう闇の魔導士だか将軍だかは、途方もなく馬鹿げた出力の魔力熱光ビーム照射になすすべもなく爆炎の中に消えた。

「いいよ。……次、なぎはらって」

 二度目、横一線に爆炎が走った。

 轟音と衝撃波、土砂と魔物の肉片と装備の残骸が舞い、生き残った者たちの上に降り注ぐ。

「うん。おおぐまさんはそのまま続けて。――こぐまさん、起立」

 魔力熱光の轟爆が軍団に降り注ぐ中、次なる司令が下される。

 城壁前の横一線に、大量の小型召喚魔法陣が展開。そこから姿を現したのは、人間の半分ほどの背丈の小ぶりなくまのぬいぐるみ。

 マスケット銃兵を模した装いで、クルミ材の銃身に金細工があしらわれた優美な銃を手にしていた。

 彼らの来訪を待って、ラオナは命ずる。

「構え」

 ずらりと横一線に並び立つ二千のこぐまさんは、主命とともに一糸乱れぬ動きでマスケット銃を構え、

「撃て」

 言葉とともに光の嵐が産まれた。

 一斉射。天界からの無尽蔵の魔力を得て、マスケット銃から魔力光弾が軍勢の正面に叩き付けられた。

 インプやゴブリンなど軽装の魔物はことごとくが撃ち抜かれ斃れていく。

 だが、数が数だけに、さすがにおおぐまさんほど馬鹿げた出力ではない。耐魔力の加護を得た盾などを持つオークは、光弾を防ぐこともできると悟ると、仲間を集め背後に隠す。そして、逆転の突撃を仕掛けんとしたところで、

「一網打尽にいたしましょう」 

 王女の火龍が足下より立ち昇り、一団ごと丸呑みにして灰に還すのであった。

 軍団の中央から後方へは、おおぐまさんの目からの魔力砲撃も継続。

 指揮官を失い、潰走しようとする魔物を、その高さからの射程を活かし、退路を断つように砲撃。

 こうして戻ることも進むこともできなくなった万を超える軍勢は、火龍とくまさんのおもちゃとなっていった。



 外の轟爆と時を同じくして、内側の城壁の上、新たに召喚されたのは二人の男女。

「中の有象無象は、勇者が勇者らしく片付けるとするぞ。メアリー」

 軽装の皮鎧に鋼鉄製の手甲を装備した金髪の男。“拳聖勇者”リオネル。

「アタシは勇者じゃないけど。というか、正面戦闘に引っ張り出さないでって何度も言ってるのに」

 隣には灰色の長い髪をなびかせ、黒衣の上に“拳聖勇者”リオネル同様に皮鎧を身につけた少女。

 “冷血王の隠し刀筆頭”メアリー。両手のナイフは、自身のマナを練り込んだ唯一無二の得物だ。

 王女の火龍やくまの衛兵は、見た目の派手さの通り細かい制御が効かない。

 敵と味方が入り乱れる戦況で、正しく敵を排除できるには近接戦闘における相応の技術が必要だ。

 だから、

「お前の技が必要なんだよ。アテにしてるからな」

「知ってる。……だから、やることはやるよ。スマートに」

 リオネルの言葉に、メアリーもため息交じりに応える。

 かつて返り血に塗れながら一つの世界を救った相棒同士、互いの呼吸は熟知している。

 だから、あとは結果をこの場に導き出すだけ。

「女神に奉るは我が武勇。我が拳は魔を清めし聖手甲――」

 口上とともに、リオネルはマナを自らの両腕に収束する。

 その腕は暗黒竜の鱗すらも打ち砕く聖者の秘蹟。

 纏う武装は、聖教会の清き修道士が鍛え、リオネル自身が築いた伝説により聖具と化した手甲。

 それら両の拳打ち合わせれば、天秤の乙女の紋章が淡く浮かぶ。

「行くぞ魔物ども。――祝福されし聖手甲マルコスアーム!」

 瞬間、兵士に襲いかかっていたリザードマンの背後から一撃。瞬間に光の粒となり消える。

 続けて農民兵に覆い被さっていたゴブリンの腹につま先を引っかけ、魔物の群れに蹴り飛ばす。

「ここは俺たちが抑える。後ろに下がって体勢を整えろ――!」

 王国の兵や住民たちに声を張り上げながら魔物をぶん殴り、前線を引っかき回すことでその侵攻を一時的にも押しとどめるリオネル。

 大物だろうが軍勢だろうが関係なく、人間に襲いかかっている魔物を狙いピンポイントで潰していく。

 リスキーな動きをしながら、されどリオネルは背後を意にも介さない。

 なぜなら、

「影の千手の千刃にて――」

 突撃一辺倒のリオネルの背後を取ろうとした魔物は、たちどころに黒い嵐に斬り刻まれ絶命していく。

 それは宙にばらまかれた漆黒のナイフの群れ。マナで生成された黒刃たちが、まるで自ら意志を持つように宙を舞い、群がる魔物の急所という急所を突き、全身を斬り刻んでゆく。

 その黒き嵐の中心、影のようにリオネルの後ろを走る黒衣の少女は指し謳う。

「――万雷の死を奏でませ」

 自らのナイフを、指揮棒のようにもてあそびながら。

千刃楽団ナイヴズ・オーケストラ

 拳の勇者はただ救うために走り、背後から迫る手は黒き千刃が斬り刻む。一人でも多くの人間を救うために。



拳聖勇者リオネル”と“冷血王の隠し刀筆頭メアリー”が最前線を駆け回る背後。

 本隊と分断されたとはいえ、城内になだれ込んだ魔物の数は膨大。

 城壁内へ突入したはいいものの、狭く複雑な城下町に大量の兵が押し寄せれば、どうしても攻め手側の後方は敵と交戦できないの兵が生じてしまう。

 攻める側の数の優位を殺す構造もまた、城下町の想定される役割の一つであり、その意味で、この城下町も正しく役割を果たしていた。

 そうして、城下町に阻まれ未だ人間に出会えず手持ち無沙汰にしていた、城門を抜けたばかりの魔物たちが、立て続けにした。

 はじけ飛び、緑や紫の体液が混じり降り注ぐ雨の中。

「頭イテェ……」

 炸裂の中心に、銀の鎧に身を包んだ男の騎士がいた。

 粗末な数打ちの剣を手に、左手で頭を抱えた紫髪の騎士は、

「ウジ虫みてぇにウジャウジャと……!」

 その視線で、周囲を睥睨した瞬間、

 騎士に襲いかかろうとした魔物が立て続けに胴体から

 同時に数百の魔物が臓物とともに赤、紫、あるいは緑の花を咲かせる。

 未知の攻撃だ。それを理解した知性ある魔物は遠距離からの攻撃を、知性なき魔物はただ敵の出現にまっすぐ突っ込む。

「うるッせぇんだよ……弾け飛べ!」

 だが、かっ飛んできた矢も、毒液も、魔狼も、すべて騎士には届かない。

 流れ矢や毒液は宙で制止した次の瞬間には別の魔物へぶちまけられる。 

 五体の命知らずの魔狼は、その牙が届く遙か遠くで雑巾のように胴を捻り千切られ絶命した。

 ――サイコキネシス。魔法とは違う形で現出するマナの奇跡。

 通常の防御はまったく意味をなさず、身体・内臓そのものに物理的に作用する力場は、あらゆる生命体を即死させる。

 不可視の力を振るうヴァルターは、勇者の称号の陰で“亡霊憑き”とあだ名され、かつての故郷を追われた。

 そんな“亡霊”の力は、この状況では絶対の打撃力となる。

「っち……めんどくせえ……」

 死肉と体液の海を広げながら、中央から北側に向かい、近寄る魔物のことごとくを悪態とともに踏み潰していった。



 ヴァルターの背後。中央から反対の南に向かって歩みを始める影があった。

 透き通るような純白の聖衣に眩い金の長髪。

 柔らかな細腕に不相応な巨大な血染めの大斧。

 彼女こそ、対面したあらゆる存在から畏怖される神々の代理人。

「祈りなさい。懺悔なさい。されば神々は赦されます」

 あらゆる魔物へ死をもって救済と為す、神の使い。

「祈りなき、懺悔なき罪は――」

 あるいは、死神にして狂信者。

神の正義を下す首断ち斧アッシュ・ド・ジュスティスが、神々の祝福とともに汝の罪を赦します」

 “首刈り聖女”アルテミシア。

 その名を、その狂気を知らぬ魔物は、弱々しげな獲物を目に、一斉に飛びかかる。

 繰り言を語り、手にした武器を振る仕草すら見せず、ただ悠々と歩くだけの女を、喰い散らかさんと。

「神々はあなた方を赦します」

 ――魔物の首を断つには、研ぎ澄まされた信仰があればよい。

 幾千もの魔物の血を吸い、伝説を積み重ねた血染めの聖斧は、もはや振るわれることすら必要としない。

 聖女の祈りをもって、あるべき様を世界に刻む。

 だから、アルテミシアに襲いかかった八体の魔物は、ただ祈りと聖句のみをもってその首と魂を断たれた。

 弾けるように散った鮮やかな赤紫に純白の聖衣が汚れるが、アルテミシアは意にも介さず祝福を告げる。

「さあ、八つの魂が神の国へ導かれました。迷える子羊よ、悪魔より出でた子よ。祝福とともに神の国へ参りましょう」

 アルテミシアはなおも語る。神の愛を、祝福を。

 その得体の知れない不気味さに、知性ある魔物たちは遠巻きに矢を放ち、あるいは風や土の魔法を撃つものも現れる。

 だが、彼女を護る浄化結界は、それら悪意の一切を遮断する。

「怯えることはありません。これは救いです。あなた方の魂は、罪なる悪魔より解き放たれるときが来たのです」

 アルテミシアは、彼らの恐怖に哀れみを感じ、自ら救済を望まない姿に小さく胸を痛め――これまで細腕に下げていた首断ち斧を静かに振り上げる。

「罪に赦しを。魂に祝福を。――在るべきように、在れエル・メリエ

 空を切って一振り。

 それをもって、彼女が救済すべきと見定めた魔物たちの、首という首が斬り落とされる。

 首を持たぬ魔物はその物理的急所に致命傷を負い、実体なき不死の魔物は魂そのものを現世から断ち斬られ、その存在を霧消させた。

「汝らに、神々の導きがあらんことを」

 慈愛に満ちた笑顔で、血染めの聖女は次の迷える子羊へ歩みを進めていく。



「……なんとか、一山は超えたか」

 会議室で、ユークは待機組と状況の推移を見守っていた。

 城壁外は“封印王女イルフェリア”と“万騎の長ラオナ”が、圧倒的な殲滅力で城壁内への新たな敵兵力の侵入を完全に阻止。

 城壁内に侵入を許した敵集団は、四名がそれぞれの特性を活かし、王国の兵力を保護しつつの殲滅戦へ移行した。

 王国兵と民間人の保護は、“拳聖勇者リオネル”と“冷血王の隠し刀筆頭メアリー”が前線を引っかき回すことでどうにか達成し、残りの敵集団は“亡霊憑きヴァルター”と“首刈り聖女アルテミシア”がズタズタに叩きのめしており、飛行戦力も“聖騎士ガスパール”の魔法と“万騎の長”のくまさんたちが残らず撃ち墜とした。

 出足の遅さを、火力と速度で辛うじて挽回しきった形だ。

「どうにか作戦通りね。――こっちもウズウズしてきたんだけど、そろそろ出ていい?」

 と、会議室でユークとともに戦況を見守っていたブリジット。

「そうだな。座標もおおよそ特定できた」

 後は、魔王が事態を把握する前に本丸を潰す必要がある。

「ガスパール。当初プラン通り本丸に殴り込む。王女殿下は動かせるか」

『ええ。あとはラオナだけで問題ないでしょう。お二人とも?』

『……問題ないよ』

『ええ。ユークさまの御心のままに』

 ラオナ・イルフェリア双方の応答も良好。疲れた様子はない。さすがだ。

「よし。これより作戦を第二段階に移行」

 一息。

「魔王を討伐する」

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