第4話 第七十八世界異常アリ
「みんなに集まってもらったのは他でもない」
勇者派遣会社ブレイヴス。本社二階の会議室。
普段各世界に散っているメンツのほとんどを呼び集め、ユークとイルフェリアはその前に立っていた。
「連絡したとおり、緊急で、しかも社員総出の対応が必要な案件が飛び込んできた」
休暇中のメンツを全員喚び出した上に、その他の業務も極力中断してきてもらっての招集だ。
弟子たちを置いてきたブリジットや、敵軍とのにらみ合いを放棄させたメアリー、アルテミシアなどは、その呼び出しの理由がどれほどのものか、いぶかしげな表情だ。
残念ながら、その期待に応えざるを得ない状況であるのだが。
「ではまず、今回救うべき世界の現状から説明する。――王女殿下」
会議室正面の壁に、術式にて並行世界・観測通番第七十八世界のおおよその状況を映し出す。
イルフェリアに目配せをすれば、彼女は一つうなずき、指し棒を伸ばして説明を始める。
「今回の救援対象は未観測世界――以降は観測通番の第七十八世界と呼称しますが――この世界に残存する人類を対象とします」
言葉とともに、イルフェリアは正面モニタの大陸全体の図を指す。地図のおおよそ九割が真っ黒に塗りつぶされ、大陸西端のわずかな半島に、赤い色が付いているのみ。
「残存と言っても、人類の勢力圏はこの赤の部分のみ。その他、世界の大半はすでに魔王の支配下となっております。さらには今、魔王軍の軍勢が人類最後の王国首都に向けて進軍中の状況です」
もちろん、進軍中と言っても、そこまで弱った人類王国が事前に魔王軍の動きを事前に察知できているはずもなく、既に交戦間近の状況だ。
「魔王軍の数は四万。魔物の種族や装備は種々雑多に入り交じっておりますが統制は取れており、軍団として運用が可能と考えられます。おそらく最低でも標準的な人類軍の二~三倍の能力を持つと考えられるでしょう」
「人間側は何人? そこまでギタギタの状態で、そもそもまだ戦えるの?」
そこで挟まれるのはブリジットの当然の質問。
対し、イルフェリアは即座に答える。
「辛うじて三千はいますが、実質は五百にも届かないとみてください」
「……四万対、五百ね」
「いえ、敵の能力は概算で三倍ですので――」
「それもう計算する気も起きない」
ブリジットがうんざりと言った口調で手を振る。
勝負にもならない。誰がどう見ても明らかな状況だった。
「そもそも全世界の人口が残り一万ちょっとの状況ですので、使える兵士や城塞が残っているだけでも幸運と言うべき状態でして……」
「……わかったって。そりゃ、みんな揃って呼び出しになるわけね」
実際のところ、三千の大半は農民や町人。皮鎧が被さっていれば上等な部類だろう。男性の大半は既に戦死したのか、女性が半数近く。もちろん農民・町人出身者は戦闘の経験など皆無だろう。
イルフェリアが五百と数えたのは王城の近衛兵たちだが、その大半は以前に負傷兵として後方に下がった者たちでもある。
負傷兵と素人の寄せ集めで、十倍以上の数の魔物を迎え撃つ。よほどの奇策がなくては、人類の滅亡まであと数日と言ったところだろう。
「しかし、勇者召喚の術があったなら、なぜ事態が悪化する前に勇者召喚をしなかったのでしょうか。それに、コールがなくとも危険な世界には営業をかけていたと聞いていますが」
次いでガスパールが疑問を投げる。いくら何でも状況を放置しすぎたのではないか、と。
その問いには、イルフェリアが応える前に女神ミラナリアスが声を降ろした。
『かの世界と天界とのつながりが薄く、十分に観測できておりませんでした。申し訳ありません。今回の要請も波長はごく弱く、たまたまわたくしが気づき、こちらから呼びかけることで成立したもので……』
女神ミラナリアスが、気持ちしょんぼりした声で謝罪する。
「であれば、やむを得ませんか……」
女神のあまりの悲しげな声に、ガスパールもそれ以上の追求はせず、静かにうなずく。
「以上が、世界情勢概略となります。次に――」
イルフェリアからの目配せを得て、後ろに控えていたユークが交代で前に立つ。
「今回の作戦の概略を説明する」
術式インターフェースからモニタを切り替える。まずは王城付近の状況を表示。
「まず第一段階。目的は王国首都および人類を死守しつつ、魔王軍四万を殲滅する。大陸全土において人類が支配圏をほぼ失っている以上、民間人を逃がす場所もない。王国首都は、民間人ごとなんとしても死守しなければならない」
王国首都の概略図を画面に映す。東側には魔王軍四万。
対して、
「王国首都は、西に出っ張った半島にあり、西側に海と絶壁で自然の防壁を、東側に二重の城壁を構えることで、強固な守りを得ている。守り手は少ないが、この真っ当な要塞が残存していたことだけが救いだろう」
二重の城壁に対し、ユークは指し棒で外側の城壁を指す。
「広域探知の結果、海側からの水棲系魔物の侵攻はない。であれば、護る場所はここだけでいい」
大型の水棲魔物と大軍に挟み撃ちされることを想定した場合、かなり厳しい状況であったが、その可能性を排除できるとなれば、要員の配置はぐっと楽になる。
とはいえ、魔王側の判断が甘い訳ではないだろう。ユークたちの存在を除けば、四万の陸上戦力でさえ、過剰と言える状況だ。
「外縁城壁を第一防衛線とし、王女殿下と“
だが、時間的な猶予はほとんどない。到着時には城壁が突破されている可能性もある。
「城壁内に敵の侵入を許した場合、白兵戦部隊が人類側の民間人と兵士を救助しながらの掃討戦となる。この場合、“
「民間人はともかく、兵士も逃がすって……戦わせないってこと?」
問いを発したのはメアリー。その疑問はある意味当然だが、
「現地の兵隊は、おおむね鍬を持った農民だ。魔物と顔を合わせた瞬間に死ぬ。そう思っておけ」
「……りょーかい」
そういえば最初にそんな話をしていたな、と言わんばかりに、メアリーはうんざりした顔でうなずいた。
「王国首都を護りきれるメドが立った時点で、第二段階として対魔王戦に特化した四名を魔王城の至近へ直接送り込み、魔王を直接叩く」
メンバーは、レティアを中心としたエースたち。いずれも並の世界の魔王であれば、単独で渡り合える実力者たちだ。
「今回の魔王は支配地域の広さからもわかるとおり、おそらく格が違う。――正直なところ、十分にデータは取れていない。わかっているのは、魔族系の大型種族であることと、魔王城内の総保有マナ値が、各世界の魔王に比して群を抜いている点だ。出力マナ量で拮抗に持って行かれた場合、かなり厳しい持久戦となるだろう」
個々の魔物との戦いでは、決着が戦技に依るところも大きいが、大型の魔法生物や魔王との戦いとなれば、より大きなマナ量で相手を圧し潰すと言う状況に持って行かざるを得ない。
その際、重要となるのはマナの保有量と出力量となる。
水に例えるならば、マナの保有量とは、個人が保有する貯水タンクの大きさであり、出力量とは、そのタンクについた蛇口である。
保有量が大きければ、それだけ長く、大量の水を吐き出せる。
だが、保有量が大きくとも出力量が小さければ、少量の水しか吐き出せない。互いに水量での押し合いとなった場合、大量の水をタンクに溜めていても押し負ける事態が起こりうるのだ。
ユークたち“ブレイヴス”の社員たちは、天界からマナをほぼ無尽蔵に使用することができ、今回の敵魔王側もほぼ同義。となれば、出力量の勝負となる。
だからこそユークも、蛇口の大きい四人を揃え、一気に押し切る構えだが――。
「もちろん、並行して魔王の解析は進める。ステータス原理の存在する世界だから、クラッキングが可能なはずだ」
ステータス原理。本人の物理的能力だけでなく、マナによる
この能力付与が行われた場合、能力を数値化・概念文章化して比較・参照することが容易となるだけでなく、一定以上の数値に到達したり、スキルを得れば魔法を行使せずとも、物理法則をマナを用いて容易かつ恒常的に操作できるようになる。
魔王なる存在が現れやすいのは、ユークの経験上、ステータス原理が存在する世界が多い。それは、個の能力により世界に干渉できる可能性が高く、魔王の名を冠するほどの魔物個体が出現しやすいからとユークは考えている。それを証明する手段はどこにもないが。
ともあれ、この世界でもユークの能力は切り札となるはず。
「だが、魔王のステータスもかなり大がかりな隠蔽術式か何かを使っている。地道な解析作業になる。手は付けているがかなり面倒だ。おそらく時間がかかるだろう。……そして、王都の状況を見ていれば、その時間を待つ余裕はない」
「結局ぶっつけ本番ってこと?」
レティアの、雑だが本質を突いた言葉。
調査は不十分。だから、準備を万全に全力で殴るのみ。それができる人選をしたつもりではある。
「そうなるな。相手の数値が読めない上に、強敵と予想される以上、最大戦力でぶつかるしかない」
「りょ-かい」
レティアの言葉を最後に、ぐるりと見回せば、他に質問はない。
ユークは一呼吸置いて、
「いま動いて魔王を倒したところで、この世界はもう手遅れかもしれない」
開戦まであとわずか。魔王軍を根絶やしにしても、人間が生きるための、都市インフラや十分な生産力を守り切ることができないかもしれない。
「だが、この状況を知ってしまった以上、助けを求められた以上、見殺しにはできない」
一様にうなずき、あるいは無言の同意を返す。
人間に対して、各人の考えは様々だろう。思うところがあるだけの仕打ちを受けた者もいる。
けれども、それでもここに集まった者たちは、理由はどうあれ、戦う意志がある。
かつて勇者と呼ばれ、今もその残り火を胸に宿す者たちがここにいる。
「今動ける全員で電撃戦を挑む。人類が滅ぼされる前に、俺たちの全力を以て魔王軍を壊滅させるぞ!」
「「「おう!!」」」
かくして、今後長きにわたってブレイヴスの社員飲み会で語り継がれることになる、〈第七十八世界防衛戦〉の火蓋が切って落とされた。
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