第78話 可愛い可愛い×公園
「あ……や、やっぱり、そうなった……んだね」
たった一言だったけど、井野さんはそれだけで何があったのかを理解してくれたみたいだ。まあ、恐らく僕の家族に次いで美穂との絡みが多い人になるだろうし……あ、上川先生もそうだけど……それはさて置き。
ちょうどワンフロア上にあるホームに、高尾行の快速電車が滑り込んできたみたいだ。僕は電車のモーター音を聞いて、井野さんのもとから離れ、
「じゃ、じゃあ僕、美穂探さないとだから」
そう言い、エスカレーターを上ろうとした。けど、
「……わっ、私も一緒に探すよっ」
踵を返した井野さんも、僕の後をついてきた。
「え? ……で、でも……」
「……そもそも、八色くんの家に行くつもりだったけど、八色くんはここにいるし、美穂ちゃんもいないってなるんだったら、もう予定ないみたいなものだし……」
「あ、ああ……まあ、それは……」
確かに……そうだね……。
「それに……遅かれ早かれ、美穂ちゃんにはいつか話さないとって……思ってたし……いい機会かもしれないかなって……」
「…………」
「そっ、それにっ、ひとりで探すよりふたりで探したほうがいいって、思うしっ」
「……わ、わかった。お、お願いします……」
井野さんのその発言に反論する、合理的な理由を僕は見つけることができなかった。
発車ベルが鳴り終わるタイミングで、電車に飛び乗った僕らは、息をついてドア横の手すりに向かい合って立った。
「それで……最初はどこ探すの?」
「……八王子。美穂が西の方角で行きそうなところなんて、そこくらいしか思いつかない。あとは、実家まで帰るかどうかってところだろうけど」
「……上川先生のところだね」
「でも、先生のところには連絡入れているから、もし美穂が来たら教えてもらうようにはしている。……もし全然関係ない駅で降りていたら、もうお手上げだよ」
「そうじゃないことを祈るだけだね……。あ、実家には連絡したの?」
「…………。……まだ」
「い、一応伝えておいたほうがいいんじゃないかな……。美穂ちゃんが行く先の候補にはなるんだよね?」
正論は正論だ。ただ、あまりが気が進まない……のだけど、そういう場合でもないし、今回は僕が悪いしな……。
「……電車のなかだし、親にラインだけしておくよ」
「そうだね……」
父親にすると、怒涛の勢いで電話がかかってくるだろうから、母親にしておこう。……いや、割と冗談抜きであのドタコン父親は東京まで探しに行きそうだ。仕事ほっぽりだして。
沈んだ気持ちで母親にポチポチ文面を整えて、送信ボタンを押す。今回は前の美穂の女の子の日と違ってすぐに既読がついて、そして──
「父 着信」
って結局父親から電話かかってくんのかい。
申し訳ないけど電車のなかだから、電話を拒否してその旨は送っておく。すると、今度は鬼のように父親からラインの山が届いてきた。怒ったクマのスタンプ爆撃に一文字ずつ送られてくるメッセージ。もはや怪文書を通り越してホラーだ。内容としては、「俺の可愛い可愛い天使みたいな娘に何してくれているんだこの人でなし」とのことで。
……僕も息子だよね? 一応。
続けてメッセージが送られてきたと思うと、「まあ大体の理由は察しがつくからいいよ。ちょうど仕事が終わるから、甲府駅で美穂が降りないか見ておくよ」と。
「……実家周りは親が見てくれるみたいなんで、心おきなく僕らは東京を探していいと思います」
「よかったね」
「……う、うん」
そうこうやり取りをしているうちに、電車は着実に西へと向かっていて、気がついた頃には、降りる予定の八王子駅に到着していた。
駅改札を出て、僕と井野さんは二手に分かれて、美穂を探すことに。
「じゃあ、僕は駅から離れたところを」
「私は駅の近くを探すね」
と、言ったタイミングで、僕のスマホがブルブルと震えたのを感じた。すぐにロック画面を見ると、
「……あ」
上川先生の奥さんが、公園にいる美穂を見つけた、っていう連絡が入ってきていた。
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