第47話 察しのいい妹×キラーパス

 その後も松浦先生のため息は尽きることがなく、なんとなく将来こんな大人にはなりたくないな、という決意を心の片隅にしまって僕は家に帰った。

 ……二つ返事で映画はいいよってしたけど。


「……あの誘い文句的に、僕と井野さん、ふたりでって意味合いなんだろうなあ……」

 僕の部屋の前の玄関、鍵穴の目の前に鍵を差し出したまま、そんなひとりごとを口にする。


 でもなあ、美穂は絶対ついていくって言うだろうし、またバイトって嘘をつくのは心が痛むからもうしないって決めたばっかりだし……。

 どうするんだろう……これ……。

 僕が玄関前でうじうじと考えていると、インターホンも鳴らしていないのに、目の前のドアが開いた。


「うおっ」

「あ、やっぱりお兄ちゃんだ。おかえりー」

「た、ただいま……」

 まさか、僕の気配を察して美穂は玄関を開けたのか……? 恐るべし、僕の妹。


「玄関前で立ち止まって、何か考えごとでもしていたの? お兄ちゃん」

 きょとんと首を捻って僕に尋ねる美穂。

「……ま、まあ……そんなところだけど……」


 連なって部屋に戻って、とりあえず勉強机に向かって座ってはホッと一息つく。肩首をコキっと鳴らして今晩何を作ろうか思案しだすと、制服のズボンにしまったままのスマホがピロリンと音を鳴らした。

「……ん? あ、井野さんか……」


いの まどか:そっ、そのっ、八色くんはいつだったら都合いいかな?


 用件は、どうやら早速映画の日程調整のようだ。まあ、この手の連絡は早くするに越したことはない。越したことはないのだけど。

 美穂をどうしようかなあ……。


八色 太地:僕はいつでもいいんだけど

八色 太地:……美穂、ついてくるかもしれないのは、大丈夫そう?


 ひとりで悩んでも仕方がないので、僕はさっさと懸案事項をラインで打って井野さんに伝えてしまう。というか、井野さんだって美穂に色々と辱めを受けているから、わかっていないことはないはず。下着のこととか、おけけのこととか。


いの まどか:み、美穂ちゃんのことだったら、心配しなくてもいいよ?

いの まどか:こっちで、考えがあるので


 井野さんからの返事は秒で返ってきた。意外と(と言ったら失礼だけど)美穂対策は取っているようで、そこらへんはスムーズに行きそうだ。……普段の鼻血を垂れ流したり原稿用紙を風に飛ばす井野さんのイメージからして、用意周到だとバックに誰かついているんじゃないかって勘繰りたくもなるけど……。まあ、考えるだけ無駄か。別に命を狙われているわけでもないし。


いの まどか:じゃ、じゃあ、今度の日曜日とかで、いいかな?

いの まどか:午前十時に、新宿で


 なるほど、スピード志向だね。別に、美穂の件に考えがあるなら、僕は構わないけど。

 というわけで、井野さんに承諾の返事を送った瞬間、今度は美穂のスマホがラインの通知音を鳴らした。


 ……え? タイミング重なり過ぎでは……?

「誰だろ……あ、この間お兄ちゃんの先生と一緒にいたお姉さんからだ」

 少ししてとてとてと僕のもとに駆け寄ってきた美穂は、


「ねえねえ、池田さんから、今度の日曜日、一緒にスイーツバイキングに行かないって誘われたんだけど、行ってもいい?」

 今にもよだれを零しそうなくらいうっとりとした顔つきでそう言った。


 ……バックについているの、池田さんか。間違いないね。

「え? あっ、う、うん。いいんじゃない?」

 ……まあ、上川先生の知り合いだし、多少茶目っ気がある人だけど、危ない人ではないだろうから、美穂を任せても大丈夫そうではあるし……。


「それに、お兄ちゃんの先生たちも一緒だって」

 池田さん、井野さんのアシストと、上川先生夫婦のアシスト同時にこなすおつもりですか? 受け手すら殺しそうなキラーパスを出そうとしているんですね……。


「う、うん。先生が一緒なら、いいんじゃないかなあ……」

 とうとう生徒抜きで生徒の家族と先生が会うことになったよ……。いいんだけどさ。

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