第48話 妹の嫉妬×万が一
その日の晩ご飯もそこそこに済ませ、例によって美穂と一緒にお風呂に入る。もはや修行僧なのではないかと思うくらい無心で身体を洗い洗われて、ようやく一息ついて、膝の上に美穂を抱えながら湯船に沈むと、
「ところで、最近お兄ちゃん、なんかお出かけすること増えたね?」
美穂は、鼻と鼻がくっつきそうな距離でそう尋ねる。
「……そ、そうかな?」
いや、これは尋ねている、というより尋問するつもりなのだろうか……? おかしい、漢字は同じはずなのに、意味が桁違いに変わってくる。
「……もしかして、井野さんと遊ぶことが増えたから? そうなの?」
あれれ? なんか表情が普通に真顔だぞ……?
「……ま、まあ、えっと、確かに、井野さんとは仲良くなったけど──」
少し慌てつつ、しどろもどろになりながら答えると、美穂はくるっとまた僕に背中を向けては丸まらせて、
「……そっか、お兄ちゃんは、私よりも、あのおっぱいが大きい井野さんのほうを選ぶんだね」
などと、シュンとした素振りでそう呟いた。
「っっっちょ、ちょちょ待って。別におっぱいの大きさは関係ないだろ?」
「でも、友達が貸してくれた漫画にはそういうふうに書いてあったよ?」
ねえ、お兄ちゃんに一度そのお友達と会わせてくれないかなあ? いささか小学四年生が見るにはあれがあれでああな漫画を読んでいる恐れが微粒子レベルで存在しそうだから。
「……はあ。私はお兄ちゃんのこと大好きなのに、お兄ちゃんは私のこと嫌いなんだね」
「まままま待て待て待てウェイウェイ」
お友達のことは一度置いておこう。今は美穂をどうにかしないと。このままだと、このままだと、
「……私、家出しようかなあ……」
「まっ、まじで落ち着いてっ、お兄ちゃんも美穂のこと大好きだぞ? そうに決まってるだろ?」
……美穂を溺愛する馬鹿親父に僕が殺される。
ただでさえ(表面上は)美穂を僕に取られて僕のことが嫌いなんだ。その上美穂が家出なんてしてみろ。
その日のうちに東京に飛んできて、息が止まるまでぼっこぼこに殴られる自信がある。間違いないね。
僕が必死に膝の上に座って背を向けている美穂をなだめると、お風呂場にいるせいかそれとも本当なのか、はたまた演技か知らないけど、
「……なら、井野さんとお兄ちゃんは、そんなに仲良くないってことなんだよね? お付き合いもしないんだよね?」
両目から何かを流して、じっと僕の顔を振り返った。
うっ……。兄バカかもしれないが、可愛く育った十歳の妹に、涙目でしかも上目遣いで何かを訴えられると、心がギシギシと痛む。
「……そっ、そりゃそうだよ、あははは……。それに、井野さんが僕のことを好きになるはずなんてないじゃないか、あはは、だから美穂は安心していいよ、あははは……」
ここでもし、違うなんて言おうものなら、多分美穂は泣きながら浴室を飛び出して、髪もちゃんと乾かさないまま家を出てしまう。……そんなことになったら。
色んな意味で僕の体がもたない。
なので、半分引きつっているかもしれない笑みを浮かべてみせては、美穂を安心させるために、僕は答えた。
「そっか、そうだよねっ。お兄ちゃんと私はずっと一緒だよねっ、くふふ」
思惑通り……というか、願い通り美穂は満足そうに笑っては半身になって僕の首元に肌をこすりつける。
「うぐっ……」
その際、まあ美穂は? 僕の膝の上に座っているわけなので? 僕の僕と美穂のおしりのあたりが当たるわけで?
「美穂っ……少しだけ、五ミリでいいからちょっと離れて……」
事故を起こさないためにも、茹で上がった声で、文字通り僕は音を上げた。
「はぁ……とりあえずなんとか凌いだ……」
お風呂を上がって、美穂が髪を乾かす間に僕は一足先に部屋に戻る。勉強机の上に置いたスマホが勝手に光って、ラインの通知を僕に知らせる。
いの まどか:にっ、日曜日はよろしくお願いしますっm(__)m
「……いや、さすがにあり得ないよな……?」
僕はああ言ったけど、松浦先生の指摘もあるし……。
……万が一のことがあったときは、まあ、そのときはそのときだ。全力で美穂をなだめる方法でも考えよう。
……あまり、考えたくはないけど、ね。
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