第23話 会報×出してもいいもの
「……え、えっと……何かまずいこと聞いた……?」
顔を青ざめさせた井野さんは、ガクガクブルブルと震えながらもプリントの文面を目で追っては、どこか遠いところを見始める。天井の先、というか、もはや見えない何かを。
「……い、いえ。……去年の学校祭では、何もやっていないです、よ……?」
ふうん……。個人的な偏見だけど、こういう大会とかがない類いの文化系の部活や同好会って、学校祭がある種最大のイベントなんじゃないのかなとかって勝手に思っちゃうんだけど……どうなんだろ。
「じゃ、じゃあ……この同好会って、何するところなの……?」
それをざっくりとまとめたわかりやしひとつの言葉にして、僕は尋ねた。
「ひうっっっ!」
それが、遠い目を浮かべている漫画研究会の会長(なんだよね? 知らないけど)にクリティカルヒットしたのは間違いない。バタン、とその場に崩れ落ちてしまった。
「……え、もしかして真面目に何もしてなかったの……?」
「は、はい……」
「えー……」
さすがにこれは僕でも若干言葉を濁さざるを得ない。
「……それがどうやらまずいみたいで……今年は学校祭で何かやらないといけないんです……うう……」
なるほど……いつか図書室で上川先生と話していたのはこのこと、なのかな……?
「それで、今年は何をすることにしたの?」
「……一番シンプルに、会報を刷って販売することに……」
「へえ……。まあ、いいんじゃないでしょうか」
僕の図書局も似たようなことするし。図書局の場合は、あれか。毎月発行している図書だよりの拡大号、みたいな扱いになるけど。だから、部誌とかそれくらいボリュームのあるものではない。
「でっ、でもでもっ、そっ、そんな私ひとりで何ページも紙面埋められる気がっ……」
「え、何ページの部誌にするの?」
「……先生が言うには、に、二十ページくらいの……」
「井野さん、漫画描いているんだよね? それ載せれば、大分ページ埋まるんじゃ……」
というか、それが自然な気もするんだけど……。漫画研究会があとすることと言えば、漫画のレビューとか? でも彼女、なんか濃ゆーい漫画を嗜好している節があるから……怪しそう。
「……そそそそ、そんなのできるわけないじゃないですかっ!」
すると、顔を真っ赤にして涙目になった井野さんに、そう怒られた。怒っている、というか、むしろ狼狽しているというのが適切かなあ……。
「……? 井野さん、漫画上手いし、別に人に見てもらっても──」
「そっ、そういう問題じゃないんですっ! ……あっ」
「あっ?」
続けた言葉尻に、何か墓穴を掘った効果音が彼女の口から聞こえた。
「……いっ、いえっ、な、なんでもないです、ひゃい……なんでも……」
慌てて井野さんは掘った墓穴を埋めようとする。ただ……。
……もしかしてだけど、この子、描いている漫画も怪しかったりする……?
いやまさか、そんなこと……。
と、興味本位でぐるっと井野さんがさっきまで向かっていた机の上を覗きこむと、
「あっ、みっ、見ちゃだめっ」
原稿用紙には、それはそれはまあ、なんか? ベッドの上でくんずほぐれつしている男と男が? いらっしゃるわけで。
僕が見たところはまだきっと行為前だったけど、おそらーく彼女がさっき隠して後ろ手に持っているページにはがっつりすることしているのかなーとか思うと、なんか、ね?
「……オーケー、言いたいことはわかったよ。二十ページ埋めるの大変だね。うん」
さすがにこれを校内で販売したら問題にもなるだろう。つまり、上手い下手とか、そういう問題じゃない、っていうわけだ。
「……う、うう……上川先生にも、苦笑いで、漫画載せるなら、もうちょい柔らかいのにしてねって、言われていて」
僕に漫画の中身まで見られてしまい、しなしなに萎れている井野さん。
上川先生この漫画のことを把握しているの? あれ? 意外とあの先生適当だったりするの? それとももしかして上川先生もそっち側……っていうか、オタクだったりする? そんな素振り、おくびにも出していないけど……。
「……どうやって会報を埋めようか、それで今、悩んでいて……」
か細い声で、最後にそう言って締めた。
「は、はあ……なるほど……」
と言っても、こればっかりはどうこうできることでもない。
僕はスマホで時間をチラッと確認。まあまあいい時間になっていたので、
「そ、それじゃ、僕はもう帰るね……なんか、色々と、ごめん……」
部室にお邪魔したことをそうお詫びして、帰宅することにした。
悩みが尽きない子だな……井野さんって……。
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