第21話 ハンバーグ×赤飯
「ねっ?」
膝の上に座ったまま、こちらを振り向いて顔を近づけてくる美穂。鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づいている。
「……う、うん、そうだね、うん。わかった、わかったから」
ここで違うよなんて言おうものなら大泣きして駄々をこねることは確定事項なので、やや引きつりそうな顔を堪えて僕は妹の頭をよしよしと撫でてあげる。そうすれば、
「くふふ……お兄ちゃんのなでなで気持ちいい……」
すぐにこうやって機嫌を直してくれる。
「え、えっと……じゃ、じゃあ私はそろそろ帰っても……?」
ようやく鼻血の処理が終わったのか、山のようにできた血を吸ったティッシュをゴミ箱に捨てた井野さんは、立ち上がって玄関に向かおうとする。
「あ、う、うん。ありがとう、今日はわざわざ……」
ひょいと膝の上に座っていた美穂を一度床に置いて、井野さんの見送りをする。
トントンと、ぺたんこのスニーカーを履き直した井野さんは、最後、
「……あ、八色くん。あと、妹さん、そろそろ、ちゃんと下着買ってあげたほうがいいかなって……」
美穂には聞こえないくらいの大きさでそっと僕に耳打ちをする。
「……やっぱり?」
「は、はい。でないと、シャツにぽつんって……なっちゃうかもしれないんで」
まあ、そうだよね……。大人の階段を上ったってことは、つまりはそういうことにもなりますよね……。
でも、美穂と一緒に下着売り場を歩くのはハードルが高い……。
「…………」
やや遠い目をして虚空を見上げた僕を見て、
「き、気まずいようでしたらっ、わ、私が一緒に行きますけどっ……」
慌ててそうフォローを入れてくれる。
「……そうしていただけると、僕はとても気が楽です……」
「いっ、いえっ。バイト紹介していただいたし、家までおぶってもらいましたし……」
「重ね重ね、ほんとにありがとうございます……」
「いやっ、そ、そんな私なんかに頭下げなくてもっ……う、うう……」
ナチュラルに自虐を放り込んでくるのはさすがです、井野さん。
「とりあえず、そこらへんはこっちで色々相談しておくんで、詳しいこと決まったら、また連絡します……」
「は、はい……それじゃ、お邪魔しました……」
そうして、井野さんはおどおどとしつつも僕の家を後にしていった。それとほぼ同じタイミングで、僕のスマホから着信音が鳴り響いた。
「……もしもし、お母さん?」
「あ、太地? どうしたの急に。何? お金? お金が必要になったとか?」
「……息子をなんだと思っているの。いや、違くて……美穂に、生理が来て、それで」
とりあえず、もう解決したんですけどね。……ちょっと遅いよ返事くれるの……。
「あら! そうなのねえ、で、大丈夫だったの?」
「……とりあえず、なんとかはなりました」
「そう、それはよかったわ。で、美穂は?」
「変わらずぴんぴんしてます」
今も、床に体育座りしたまま僕が部屋に戻るのをじっと待っているし。あれは、電話終わったらすぐにじゃれつく準備をしていると見た。
「それならいいけど……。体調が不安定になりやすいかもしれないから、気をつけてあげるのよ。あと、今日は美穂の好きなものを夕飯にしてあげて。それじゃあ、また」
「は、はい……わかりました……」
電話が切れると、予想通り、待てを解除された飼い犬みたいにとことことエサ(もとい僕)に駆け寄る美穂。
「……美穂、今晩は何が食べたい? 好きなもの言ってみなよ」
「えっ? いいの? じゃあじゃあ、ハンバーグっ!」
言われた通り、食べたいものを聞くと、年相応にはしゃいだ声で答えてくれる。……まあ、言ってもまだ十歳なわけで。そこらへんはまだ子供か。
「ハンバーグね、オッケー。……じゃあ、ひき肉とか買いに行かないとな……」
「買い物行くのっ? 私も行くっ!」
「それじゃ、出かける準備してね」
とまあ、色々あったこの休日は、そんなふうにして終わりを告げていった。
ちなみに、後日、実家の父から美穂宛てにもち米と小豆が届けられた。恐らく、これで赤飯を作ってね、ってことなんだろうけど……。
「……私、赤飯あまり好きじゃないんだよね」
と、バッサリと切り捨てられていた。
頂いたもち米は、おこわにして使ったり、小豆はぜんざいにして美味しく食べました。……お父さん、美穂からの好感度は上がらずに、逆に僕の料理のスキルだけが上がってしまいました。ごめんなさい。
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