第14話 昼休憩×お小遣い
単発の交通量調査のバイトは、集まったらすぐにぬるっと始まった。この手のバイト特有の雰囲気か、バイト同士で特に何かを話すといったことはほとんどない。まあ、初対面ばっかりだしね。午前から夕方までの時程で、ひたすら山手通りを通過する車の数を計測する作業だ。
ふたり一組、井野さんとペアになって、僕は普通車、井野さんは二輪、みたいな感じに分担してカウントをしていって、一定の感覚で休憩をとって、という流れなんだけども……。
こりゃ、まあどこのバイトも手を焼くよな……っていうような仕事ぶりだった。
見てカウンターをカチカチして、台帳に記入するだけなんだけど、それさえも色々ドジる。カウントする対象を間違えたり、記入の列をずらしたり。もう色々。
本人は一生懸命なんだけどね……ははは……。
僕が間違いを指摘するたびに、井野さんは「うう……す、すみましぇん……」と小さくなっていく。段々とその数が増えてきて、もはや人じゃなくて怯える子犬なんじゃないかってサイズ感になっていた。
「……さっきから手間ばかり取らせてすみません……こんなことすら満足にできない私って……うう……」
最初の休憩時間。用意されていた車の後部座席にふたり並んで座って、持ってきたお昼ご飯を食べつつ、井野さんはそう漏らす。僕はコンビニのおにぎり、井野さんは家で作ってきたらしきサンドイッチだ。
「……そ、そんなに落ち込まなくても平気だって。なんとかなるレベルのミスだったし、誰だって初めてはそんなものだよ……」
いや、半分くらいは慰めも混ざっている。さすがにここまでやらかす人は初めて見た。……っていうか、こういう仕事って誰にでもできるから、採用も緩いはずなのに……。倍率は別として。
「……そ、そうですか?」
ただ、そんな慰めのひとつやふたつ言わないと、もはや泣き出してしまうんじゃないかってくらいの顔色だったので、僕はひたすら井野さんへのフォローを続ける。
「う、うん……だから、そんなに気にすることないって」
まあ、彼女がここまで落ち込むってことは、要するに真面目に仕事はしようとしている証左ではあるわけで。
きっとこれまでのバイトでもこういうの繰り返して、やがてほんとについていけなくなったか、精神的に参ったかの二択で辞めるをループしてって、そんなところなのだろう。
「……ひゃ、ひゃい……ありがとうございます……」
小さくまとまった井野さんは、リスみたいにサンドイッチにかじりつきながら、僕にペコリと頭を下げた。
「た、多分もうそろそろ慣れてくると思うから、そうすればスムーズに行くようになると思うよ……」
僕は食べ終わったおにぎりの包装をビニール袋に突っ込んで、ギュッと口を縛る。同じく買っておいた、コンビニのプライベートブランドの安いお茶をクイっと一口含んだ。
「こんなバイトを月に一、二回すれば、多分井野さんのお小遣いを合わせて回ると思うけど、どう?」
そして、なんとなく話す話題がなくなったので、僕は本来の目的について話を振る。
井野さんも最後のサンドイッチを食べきっては、いそいそとお弁当の容器を片付けてカバンにしまう。
「なんとかなる、と思います……。とりあえず、普段使う分はこれで問題なくなるんじゃないかなって……」
「そっか、ならよかったよ。……ここの系列、結構頻繁にこういうバイト紹介してくれるから、お金なくなったときとか、便利だと思う。使うといいよ」
「は、はい……」
僕は腕時計をチラッと確認する。そろそろ休憩も終わりかな……。
「や、八色くんは、どうしてバイトしているんですか……? お、お小遣いじゃ足りないから、ですか……?」
そんな間際、井野さんがふと何気なくそんなことを、様子を窺うように尋ねた。
「…………」
まあ、色々あるんだけどね。バイトする理由は。
「……そんなところかな。お小遣いじゃ足りないもの買うために、貯めてるっていうか」
そもそもお小遣いじゃなくて、仕送りなんだけど、今それを彼女に言う必要はないし、言うと実家を出て妹とふたり暮らししていることも話さないといけなくなる。
……なんとなくだけど、喧伝するようなことだとは思っていないし、知られないならそれはそれでいいかなって……。
「そ、そうなんですね……」
僕の答えにある程度納得はしたようで、井野さんはコクリと頷く。
「……さ、そろそろ休憩も終わりだし、戻ろっか」
隣の彼女に言い、車を降りようとした、そのとき。
「ひゃっ、ひゃぅ!」
後ろから、そんな悲鳴が放たれた。
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