第13話 男子中学生的ムーブ×人見知り
翌朝。休日ということでまだすやすやと眠っている美穂を置いて、僕は朝からバイトに出かけた。冷蔵庫には、お昼に用意しておいたスパゲッティをしまっている。これで心配はないだろう。
「……じゃ、行ってきまーす……」
美穂を起こさないようにそっとドアを閉めて、まだ少し肌寒い朝の街に、ひとりで駅へと歩き始めた。
今日のバイト先は、同じ路線の東中野駅近く。ひとつ隣の三鷹で各駅停車に乗り換えをして、始発の人が少ない車両に乗り込む。隅っこの座席に座って、到着までの間、持ってきていた学校の図書室で借りた単行本を読んで暇を潰す。
かれこれ二十分くらいで到着し、集合場所に指定された駅前の広場へとのんびりと向かっていく。まだ時間には余裕があるし。
なんてゆったりした気分でいると、ふと視界に不自然な動きを繰り返している女の子がひとり。
「……何しているんだ?」
っていうか、まあ完全に井野さんなんだけど、彼女、集合場所の近くのところで、行ったり来たりを繰り返している。
……なんていうか、その、男子中学生が初めて本屋さんでエロ本を買うときみたい、って言えばよく伝わるだろうか。僕もたまに見かける。レジに行こうとするけど踏ん切りがつかなくて、棚に雑誌を戻したりまた手に取ったりする中学生らしき子。
……僕は買ったことないからね? 買ったところで美穂がいるから読めるはずないし。そもそも家にいるとき四六時中、文字通り四六時中美穂がひっついているんだから、無理に決まっている。……あれ? もしかしなくても、家でひとりの時間を過ごせるのって、トイレのときだけ?
「……なんで、他人の奇行を見て自らの生活にショックを受けないといけないんだ」
そうこう考えている間も、井野さんは、キョロキョロと集合場所の近くをグルグルと歩き回っている。それを後ろから眺める僕。
僕も大概変な人なのか、だとすると。
あまり放置しておくと、そろそろ通報されそうな気がしてきたから、僕は井野さんのもとへと近寄っていく。
「……お、おはよう、井野さん」
「ひっ、ひゃぅっ! すすす、すみましぇん、け、決して怪しい者じゃなくて……ひぇ? や、八色くん……?」
声を掛けられた途端、立ち止まってあわあわと片手を振って怪しい人じゃないよアピールをする井野さん。……ご自身のムーブが不審である自覚はあるんですね。
白色のセーターに少し動きやすい茶色のボトムスを合わせている井野さん。髪型はいつも通りなんだけど、やはり同年代の女子の私服を見るって体験がそうそうないので、そりゃ多少は意識してしまうもので。
「……さっきから何してたの?」
その意識を誤魔化すために、こほんと軽く咳払いをして、僕は尋ねる。すると、今度は途端に顔を赤らめさせた井野さんは、
「みっ、見てたんですね……うう……」
風船がしぼむようにその場にしゃがみ込んでしまう。
「……いや、別にそんなつもりはなかったんだけど、改札前であんな動きしてたら……目を引くというか……なんというか……」
予想していなかったところで井野さんにダメージを与えてしまったようで、慌てて僕はフォローの一言を入れる。
「そ、その……ひ、人見知りあるあるかどうかはわからないんですけど……知らない場所や人に会う前って、どうしても緊張しちゃって……」
のろのろと立ち上がったものの、やはりまだ下を向いている彼女はそう話し始める。
うん、それはまあわかるはわかる。
「まず絶対に遅刻しないようにちょっと早めに集合場所に着くようにはするんですけど……、そこでなかなか踏ん切りがつかないというか……」
それもよく聞くと言えば聞く。
「……ち、近くのコンビニとかで時間使えればいいんですけど、そ、その……知らないお店入るのも怖くて……」
んん?
「わ、私みたいな人間の底辺が皆さんのお手を煩わせてしまってすみませんって気分になって……怖くて知らない場所に入れないんです」
「…………」
コンビニ入るのにそんな覚悟固める? のか? あまりの理論に僕は言葉を失ってしまった。あと、人間の底辺って……自虐が過ぎるというか……。
「……と、とりあえずバイト行こうか。そろそろいい時間だし」
これ以上この話を続けると、僕も井野さんもヒットポイント削られそうだ。早いところ切り上げたほうがいい。
そう判断した僕は、井野さんの手を引いて、やや強引に集合場所へと歩き始めた。……後ろからまた独特な悲鳴が聞こえた気がしたけど、一旦無視することにした。
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