第15話 たわわな膨らみ×おんぶ
その悲鳴に反応した僕が後ろを振り返ると。何が起きたのか、車から降りようとしていた井野さんが足を挫いて僕のほうへと転びかけていた。
……と、とことんまで間が悪いというか──
なんて考えていた瞬間。
「ぶぎゅっ!」
「うわっ!」
僕の体が、宙に舞って落下する感覚に見舞われた。そのまま地面へと物理法則に従って落ちていっては、駐車場のコンクリートに背中から着地した。
「……いてて……」
頭は守ったけど、背中からもろに落ちたのでそれなりに痛い。……っていうか、本来どっちも守らないといけない場所だよね? 頭と背中って。
そして、意識を背中から前面のほうに向けると。
「……に、にゅーん……」
痛みなのか恥ずかしさなのか、とりあえず井野さんが僕の上で悶えていた。
……それに、僕が受け止める形で転んだから、なんていうか、その……あ、当たっているんですよね……。
ま、前も思ったけど、絶対着痩せしているよね……?
「……だ、大丈夫? 井野さん……。足とか怪我してない?」
このまま井野さんの柔らかい膨らみに(胴体がとは言え)触れ続けるわけにはいかない。そもそも公共の駐車場だしここ。僕はのそのそと起き上がって、転んだままの井野さんの様子を窺う。
「ひっ、ひぅ……す、すみません……わ、私……いっ……」
とりあえず上半身だけは起こしたものの、足を動かそうとすると途端に顔をしかめさせる井野さん。
「……もしかしなくても、捻った?」
「ひゃ、ひゃい……。車から降りるときに、小石を踏んじゃって、それで……ぅぅ……恥ずかしいです……」
どうしたものか……。まあ、ずーっと椅子に座って手だけを動かす仕事だから、足怪我してようが仕事に支障はでないんだけど……。
「あ、歩けそう? もう休憩終わる時間なんだけど……」
「だ、大丈夫です……な、なんとか……」
僕の呼びかけに対し、もはや這うように立ち上がって歩き出す井野さん。……だ、大丈夫じゃなさそうだこれ……。
「と、とりあえずバイト終わったら近くで湿布とか買ってくるから、それまで我慢できそう?」
「な、なんとかです……」
……恐らく、駐車場から仕事をする地点までの五十メートルが、ここまで遠く感じたことは未だかつてなかったと思う。
「な、何から何まですみませんでした……」
勤務時間も終わって、お給料を受け取って解散した後、東中野駅西口にある広場のベンチで、僕は井野さんの左足に近くのドラックストアで買ってきた湿布を貼りつけていた。……よくよく考えたら、女の子の生足を見るのも初めてなんだけど、真っ赤に腫れた痛々しい患部を見ると、そんな事実はどこかに消え去っていた。
「……家まで歩けそう?」
湿布の貼りつけも終わって、井野さんは再び左足に靴下を通し、ペタンコのスニーカーを履き直す。
「た、多分平気です……」
そう話して、左足を引きずりながら改札を通過する井野さんは、とてもまともに歩いて帰れるとは思えない。
……ちょっと家に帰るの遅くなるけど、彼女を放っておくわけにもいかないし……。
美穂には悪いけど……仕方ないか……。
心のなかでひとつ決めごとをして、僕ものろのろと進む井野さんの後を追う。
タイミング良く滑り込んできた三鷹行の各駅停車に乗り込んで、二駅で井野さんの最寄りの高円寺駅に到着する。
「で、では……今日はありがとうございました……」
電車を降りた井野さんが、ドア越しの僕にそう挨拶して、エスカレーターを上ろうとしていくけど、
「……家まで送ってくよ。っていうか、もう足限界だよね? さらに悪化するかもしれないし」
僕も電車からホームに降りていた。すぐにドアが閉まって、真後ろを電車が発車していく。突然のことに井野さんは立ち止まって、僕の顔をまじまじと見つめる。
「え、え……? や、八色くん……?」
そして、困惑する井野さんの前にしゃがみ込んで、提案した。
「……おんぶしてくよ。それなら行けるでしょ?」
「おっ、おんぶ……ひぅっ!」
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