第11話 友達ゼロ×先生
〇
「……と、友だち……はふ」
その日の夜。ひとりで湯船に浸かりながら私は鼻の高さまでお湯につかります。ぶくぶくと泡が入浴剤を溶かしたお風呂に立ちますが、それにも気づかないふりをして、ただただ持ち込んだスマホ、ラインのホーム画面を見てボーっとしていました。
生まれつきというか、もともと人と話すことが苦手で、小さいときから絵本とか児童小説を読んでばかりでした。友達と遊ぶ経験なんてほとんどなくて、幼いころは必ずと言っていいほどあったクラスメイトの誕生会にも、参加したことがありません。もちろん、自分の会も開いたことはないです。
……オタク気質なのも恐らく遺伝だと思うんです。お父さんもお母さんも、ふたりともオタクで、家にはその手のグッズがたくさんあるから。
気がついたら、高校二年生になるまで、友達ゼロ人っていう悲しすぎる記録を作ってしまいましたが、それも今日で、とりあえずは終わり、ってことでいいのかな……?
さすがに息が苦しくなってきたので、一旦お湯から顔を上げて、大きく息を吸ってはまじまじと浴室の曇りかけの鏡を見つめます。
鏡には、見慣れた冴えない地味な自分の顔と、お風呂に入るためにほどいた長い髪が映っています。眼鏡は外しているので、ぼんやりとしか見えないけれども……。
「……や、八色くん、わ、私のこと……可愛いところあるって……」
……いえ、多分お世辞というか、気を使ってくれただけだと思うんです……。
「わ、私なんか……」
そもそも、ひったくりを捕まえてくれるような人ですし……。私だったら、怖いし、何があるかわからないから、スルーしちゃうところなのに……。
それに……私のオタク趣味も黙っていてくれるし……。
漫画、描いているのも、黙ってくれるみたいだし……。
図書室で八色くんに原稿用紙を見られるのは、本当にうっかりだったというか。……一応、図書室で八色くんが誰かに話さないか、見張っているつもりだったのに、あの日はちょっと遅くまで……い、色々していたので、寝不足で……。つい。
「……ポテトとジュース代も返してくれたし……バイトも紹介してくれたし……」
優しい人……だなあって……。
「円―、いつまでお風呂入っているのー? のぼせちゃうわよー?」
なんて、長いこと考えごとをしていたからでしょうか、脱衣所のほうからお母さんのそんな声が聞こえてきました。
「ひゃっ、ひゃいっ! も、もうちょっとで上がるからっ!」
その拍子に私は湯船から立ち上がり、慌てて浴室の椅子に座って体を洗い始めます。お風呂に浸かっていないときでも、心臓のあたりが、ちょっとだけ熱くなって、速くなっているような気がしていたのは、なぜなんでしょう……。
〇
井野さんと放課後メックに寄ってから数日。バイトを紹介してからというもの、井野さんはちょくちょく僕が図書当番の日に限っては、図書室にやって来るようになった。監視のためなのか、それとも別の理由なのかは知らないけど。
おかげで何が起きたかというと、
「……ねえ、ほんとにあの子と何にもないの? ねえねえねえ、先生に話してごらん?」
……毎回毎回、司書の松浦先生に突っかかられるという始末。御年二十七歳、とある情報筋によると、彼氏はいないとかなんとか。……さらに同期の上川先生は既婚、ということで、なんか色々積もるものがあるらしい。一般生徒にはこんな口利かないんだけどね。図書局員しか知らない、松浦先生の裏の顔みたいなものだ。
「……何もないですし、仮にあるって言ったら先生どうされるんですか」
「……また年下に追い抜かれたんだなあって悲しく思います」
「……リアルかつ切実な本音を生徒にぶちまけないでください」
「私も十年前にこんなこと考える日が来るなんて思いもしなかったよ……」
「僕も高校で先生からこんな話聞く日が来るなんて思わなかったですよ」
およそ司書室で繰り広げる会話ではないものの、そんなアホみたいなことを話していると、図書室のやや重たい扉が開かれる音がした。
「……あ、上川先生」
(僕の頭のなかで)噂をすればなんとやら。担任の上川先生がやって来た。左手の薬指には、きっちりと結婚指輪がされている。それを見た松浦先生は、なんか悲しそうな目をしているし……。
「ああ、八色君。……井野さん、来てない?」
「井野さんですか? 閲覧室にいますけど……」
「オッケー、ありがとう」
ちょっと真面目な顔つきをした先生は、図書室奥の閲覧席にいる井野さんの元へと向かっていく。そういえば、井野さんの同好会の顧問だとも言っていたっけ……。
それの関連で、何か話でもあるのかな……?
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