第10話 バイト×連絡先
「いやっ、そんなに財政難なら、今日の分は自分で出すから」
あまりにも井野さんの表情がブルーを通り越してグレーだったので、僕は財布を取り出して五百円玉を彼女に渡そうとする。しかし、井野さんは乾いた笑みで首を横に振ってから、
「いえ……基本的にいつもお金ないので……大したことじゃないんです……」
悲壮感漂う声でそう答えた。
「……お、お小遣い制なの? それともバイトを……?」
あれ、なんで井野さんの財政会議に僕が参加しているんだ?
「い、一応……月に五千円お小遣いは貰えるんですけど……。私、毎月一万円くらい、漫画を買うので、足りない分は、バイトで賄ってるんです……ただ」
「ただ?」
「……私、こんななので、全然バイトが長続きしなくて……。どこに行っても、一か月くらいでクビになっちゃって……。それで……お金が貯まらないんです」
ガクリと項垂れて小さくまとまる井野さん。た、確かにこの子の性格だと続くバイトが限られそう……。
「……八色くんはもう知っているので、言っちゃうんですけど……漫画も描いているので色々と道具も必要になって、それを買うのにもお金がかかってってなって……。ほんとにどうしようかなって……」
そして、そう説明する間にも井野さんのお腹の虫は元気に存在を主張する。メックという比較的店内が騒がしくなりやすい空間でも聞こえるくらいだからね。
「……とりあえず、食べていいよ。井野さんがお金出したんだし」
僕は苦笑いを浮かべて、紙容器に入っていたポテトをトレーの上に広げる。
「でっ、でもっ……あぅ……」
再度キュウと可愛らしい鳴き声がして、観念した井野さんは「す、少しだけいただきます……」と恥ずかしそうにポテトを口にする。
いいバイト知っていたら、紹介とかできるんだけど、まだ小学生の美穂が家にいるし、長い間家を空けるわけにはいかない。それに、毎月実家から食費込み込みの仕送りは来るから、僕はそもそも長期のバイトはしていない。たまーに土日とかに単発のバイトに入ったりはするけど。……というか。
「……ちなみに、毎月どれくらいお金足りないの?」
答える金額によっては、無理に長期ではなく、単発にしてしまえば、安定してお金を貯められるのでは……?
「え、えっと……月によってまちまちなんですけど……一万円くらい、です」
それなら単発バイト一回か二回でどうとでもなる金額だ。無理にクビになるっていうしんどい思いを続ける必要はない。
僕は手元にあるジュースを口に含んでから、
「それだったら、僕がたまに働いている単発のバイトやらない? そんなに難しい仕事もないし。今度、交通量調査のバイトがあって、僕それに行くんだけど」
「……へ、へ……?」
「井野さんも、よかったら行かない? 日給でいい値段稼げるよ?」
ひとつの解決策を提示してみた。ポカンと口を開けたままフリーズしてしまった井野さんは、指に掴んだポテトをポロっとトレーの上に落としてしまう。
「い、いいんですか……?」
「まあ、いいんじゃないかな。別に僕が採用するわけではないけど」
「いっ、いきましゅっ!」
少しの間思考が止まったのち、恐らく藁をも掴む気持ちで井野さんは僕の提案に飛び乗った。……ちょっとは悩んだほうがいいと思うよ。もし、僕が悪者だったらどうするの。
「じゃ、じゃあ……応募のURL送っちゃうから、ライン教えてくれない?」
なんでもないように僕がそう尋ねると、再びかちこちと固まる井野さん。あ、あれれ……? 氷たくさん入ってたのかな、ジュースのなかに……。
「ひゃっ、ひゃいっ、ら、らいんでしゅね……わかりまひた……」
さっきから噛み噛みだし……。たどたどしい動きでスマホの画面を開く井野さん。
「そっ、そのっ……。か、家族以外と連絡先交換するの……はっ、初めてで……」
……おう。なるほど、自称ぼっちは誇張とかではなく本当のことなのか。僕が気にすることではないんだけど……。
ひとまず僕は井野さんに普段使っているアルバイトの求人サイトを送って、
「僕が行くの、締め切り近いから応募するなら早めにね。あと、これ今日の分のお金。ポテトとジュースはまた今度でいいよ」
財布から五百円玉だけ取り出して、そっと井野さんの手元に置き、カバンを持って席を立つ。
「えっ、え……?」
「金欠で困っている子に、たかる趣味はないよ。じゃあ、僕そろそろ帰って晩ご飯の支度しないとだから。今日はありがとう、またね」
「あっ、は、はひ……」
ラインの新しい「友だち」の欄に、いのまどか、という名前が追加されたのを見て、ほんの少しだけ、ほっこりとした気分になった。
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