第9話 金欠×ポテト
井野さんにポテトとジュースを奢ってもらう日は、すぐにやって来た。連絡先を交換していなかったので、放課後直接教室にやって来るという、至極目立つ方法でだったけど。
「あれ、八色。またこの間の子来てるじゃん。やっぱり仲良いのか? うらやまけしからん」
「……この間理想は高くとか言ってなかったっけ……?」
掃除のために机を後ろに下げている友人は、教室を出ようとした僕にそう話しかける。……言っていることが右往左往する奴だ……。
「やっぱりな。高校生活に女子がいるだけでなんか華やかになるんだよ。わかるか? 男だけのむさくるしい空間に、女子がひとりいるだけで全てが変わる。ああ、全ての女子は等しく尊重されるべきなんだ」
ほんと、この友人に何があったんだ、今までの間に。博愛主義者にでもなったのかな……?
「……どうしたんだよ、急に」
「……学年で一番可愛いと言われている女子に告白したら、見事撃沈した」
現金にもほどがないか……?
「……そっか。じゃあ僕は帰るよ」
これ以上相手にするのも疲れそうなので、僕は適当に切り上げて、ひょこりとドアの影に映った長い前髪の少女のもとに向かいだす。
「ちょっ、八色。振られた友達に言う言葉がそれだけって、薄情にもほどがないか」
背中からそんな非難の言葉がかけられる。やや冗談交じりでもあるので、怒っているわけではなさそうだ。だから僕も、
「……どうせ、一週間もしたら別の女の子狙っているだろ、お前なら」
軽い調子で、そう言い返してやった。件の友人は「それもそうだな」と納得してしまったので、問題にはならず。……そこは怒るべき場面だぞ、と内心呆れつつも、僕は廊下に出た。
「……ごめん、連絡先教えておけば楽だったね。メック、今日行く?」
すぐ近くに立って待っていた井野さんは、コクコクと首を縦に振って、
「ひゃ、ひゃい……」
と、相槌を打った。そのまま階段へと歩き出し、生徒玄関へと歩みを進めながら、井野さんと話を続ける。
「わかった。どうする? 学校の近くのところにする? 僕はどこでもいいけど」
「……え、えとえと……。が、学校の近くは、知っている人に見られるかもなんで……。や、八色くんって、どちらに住まわれているんですか? てっ、定期の範囲って」
「む、武蔵境だけど……」
「お、同じ路線なんですねっ。わ、私、高円寺で……。高円寺の駅前にメックがあるのでそこにしませんか? そこなら、学校の人に見られること、ないと思うので……」
まあ、放課後に男女が制服でメックに寄っていたら、噂のひとつやふたつも立つだろうし。それを避けたいのなら、学校から遠くにするのはわからなくもない。定期の範囲内だし、余計な交通費かからないなら別にいいか。
「うん、それでいいよ」
「あっ、ありがとうございます……」
学校を出て、最寄り駅から快速で一本。僕と井野さんは、予定通り高円寺駅の近くにあるメックに立ち寄っていた。
約束なので、僕は井野さんにメロンソーダのMサイズとポテトのMを奢ってもらい、先にふたり掛けのテーブル席について待っていた。かれこれ数分すると、やや落ち込んだ足取りの井野さんが、トレーの上にジュース一本だけを載せて僕の前の席に座った。
「……じゅ、ジュースだけでいいんだ、井野さん」
「は、はい……。お腹、空いてないので……」
「ふ、ふうん……そうなんだ……。で、では、ごちになります……」
本人がそう言うのなら、気にせず頂きましょう、そう思ってポテトを一本つまんで口に含もうとすると、
キュウ。
可愛らしいお腹の虫の鳴き声が、ふと目の前から聞こえてきた。僕は動きを止めて、音が鳴った井野さんのお腹をまじまじと見つめる。当の井野さんは、顔を桃色に染め、両手でお腹を押さえて誤魔化そうとしているけど、
「……お腹、空いてないんだよね?」
ばっちり聞こえてしまった以上、尋ねるしかない。
「う、うう……。いっ、いえ。実は、今日お弁当を家に忘れてきちゃって……。お昼ご飯食べてないんです……それで」
「だったら、お腹空いているんじゃ」
「……え、えっと……。こ、今月、漫画買いすぎて……お金が無くて……。今、財布に百円しか、ないんです……」
おう……。それじゃあ購買でパンも買えない。
「お、お金ないなら、言ってくれれば。そんな、奢ってもらわなくても……」
「いっ、いえっ。約束は約束なのでっ。全然……大丈夫です……」
大丈夫なら、そんなに切なそうな目で手元の財布を見ないでくださいって……。
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