第5話 ブラコン×妹
「……ただいま……」
学校から電車で三十分くらいあるところにある、自宅のアパートの鍵を開けて、僕は家に帰った。ちょっとくたびれた様子で、コトンとカバンと家に帰る途中に寄ったスーパーのレジ袋を置く。ほどなくして、
「お帰りー、お兄ちゃんっ!」
春から四年生になった、妹の
ポニーテールの髪をフリフリと揺らして、まるで飼い主の言葉を待つ犬みたいな表情を下から見上げつつ僕に見せる。
「……ただいま、美穂」
「今日はこの間みたいに、遅くないんだねっ」
桜が咲いたように表情をきらめかせる美穂は、嬉々として床に置いたレジ袋を持って台所へと運んでいく。
「お兄ちゃん、今日の晩ご飯はなあに?」
「……なんか疲れたから、今日はカレーで。美穂が好きな、甘口と中辛半々に混ぜるのにするから」
「やったっ! カレーなんだねっ」
レジ袋からジャガイモとかニンジン、豚小間とかを取り出していく。
……先に言っておこうと思う。この家には、僕と美穂しか住んでいない。別に何か悲劇的なことがあったとか、そういったことではない。いや、この場合、むしろ喜劇と表現すべきだろうか。……僕目線で言えば。
実家には両親ともに健在で暮らしている。……ただ、ただ。ひとつ問題があるとしたら僕の家族の関係性というか、性質について語らないといけなくなる。
長くなるから、今は手短に済ませる。
ついさっきの場面でわかった人もいるかもしれない。美穂は、極度のブラコンだ。僕に懐き過ぎている。それは、追々もっと理解できるシーンが来ると思う。……ざっと、五時間くらい経ったら。
そして、僕の父親も、それに負けないくらいのドタコンだ。……え? ドタコン? ……ああ、一般名詞ではないか。僕があまりに慣れすぎているから、つい……。
父は、美穂のことを愛しすぎている。溺愛している。……それで、ドーターコンプレックス、略してドタコンと僕は呼んでいる。
前提はこれくらい。僕が高校進学するにあたって、美穂が好きすぎる父親は、美穂が僕にべったりなのを悔しく思って、高校からはひとりで暮らせと言ってきた。僕はそれに応じたら、美穂も一緒についてきてしまった。そんな感じ。
「お米研いじゃうねっー」
美穂は台所の納戸にしまっている米びつからお釜に、二合お米をすくって水を入れる。慣れた手つきで米を研いでは、あっという間に炊飯器にセットし、スイッチを押す。
……とまあ、端から見れば、家事も手伝ってくれるし、仲も良好なので問題がないように見えるんだけど……。
「てへへー」
……定期的に、僕にそれなりにスキンシップを取ろうとしてくるから、なかなか胃に悪い。いや、妹なんだけど。ちゃんと血が繋がった妹なんだけど。
僕の体にすり寄っては、頬をお腹のあたりにこする美穂。何のきなしに行ってくるから僕はおちおちなかなか気が休まらない。
「こーら、今僕包丁使ってるから、体触らない」
ニンジンを切っている途中だったので、ひとまず形ばかりの注意はしておく。
「はーい」
すぐに言うことは聞いてくれるから助かりはするんだけど……。
小学四年生って、そろそろ反抗期だよなあとか思って……。僕に懐いているのは嬉しいんだけど、ちょっと度が過ぎると不安にもなるというか……。
このまま年を取ったら、どうなるんだろう、とか。
そんな一抹の不安を抱えながら、僕は黙々とカレーに入れる野菜の下ごしらえを進めていった。ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、……あと、中途半端に使って残ってしまった大根の切れ端も突っ込んでおこう。意外とカレーと大根は合う、と僕は思ってはいる。わざわざ用意はしないけどね。残っていたらいれる、くらいの感覚だけど。
野菜のカットはすぐに終わり、あとは炒めて水を入れてルーを溶かすだけ。特別なことは何もしなくていい。
「……美穂、ちょっと制服着替えてくるから、その間お鍋見ておいて」
「うん、わかったっ」
制服から部屋着に着替えた後、すぐにお鍋はコトコトと音を立て始めた。カレーのルーを溶かす頃には、炊飯器からチャイムが鳴り響いた。
「……ちょうどいいね。美穂、先にテーブルにお皿とか並べてくれない?」
「はーい」
これは、あくまで僕の家でも日常の一コマに過ぎない。他にも色々あるんだけど、こういうふうにして、僕の家での時間は過ぎていく。
例え学校でカオスなことを経験しようが、決まった日常のように、これは続いていく。
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