第4話 CP×取引
「……で、なんでこんな状況になってるの?」
ようやく土下座を終え、立ち上がって鼻血を止めている井野さんを横目でチラッと見た上川先生は。そうやって僕らに尋ねた。
「そ、それは……」
なんとなく、これくらいの若い先生に井野さんのBL趣味のことを話すのは避けたほうがいい気が……。
などと考えて答えに詰まっていると、
「井野さんの弱みと言えば……あ、もしかして」
先生は井野さんのもとに近寄って、僕に聞こえないくらいの大きさの声で何か呟いた。その途端、
「ひゃうっ……」
「ははは、やっぱりそうか。なるほどなるほど」
また特徴的な悲鳴があがって、それを聞いた先生が面白そうに笑ってみせる。
「……?」
僕は何のことかいまいちわかっておらず、ただただふたりの様子を不思議そうに眺めるだけ。
「ああ、ごめんごめん。先生、一応井野さんの同好会の顧問していて。それで色々と関わりはあってね。彼女がBL趣味持っているのも知っているんだ。それで」
僕の配慮を返しておくれ……。それなら誤魔化さずにちゃんと話しましたよ……。
「まあまあ。先生からもひとつお願いしておくよ。あまり本人にとっては周りに知られたくないことみたいだから。あ、どうしてもって言うなら、今度の期末テストで出そうと思っている部分、こっそり教えちゃうけど」
「……いえ、取引なしで応じる予定なので、全然大丈夫です……」
というかそっちこそバレたらやばいどころの話じゃないでしょ先生……。
上川先生は僕の返事を聞いてニコリと微笑んでは、
「そっか。ありがとう。それじゃ、この話はこれで終わり。ほら、井野さんもいつまでも鼻血垂らしてないで。昼休み終わっちゃうよ? ふたりとも、お昼食べたの?」
「うわっ、やべっ、僕まだお昼途中だったんだ」
「……かみ×たい……うう、それとも逆かなあ……」
ん? んん? 今なんか聞き馴染みのない用語が彼女の口から発せられた気がしたけど、勘違いかな?
「はいはい、カップリングの妄想もしーなーい。一般人を巻き込まないの。ごめんね、もう行っていいよ、八色君」
「は、はい……」
い、一般人? ……ますます訳がわからん。とりあえず、早く教室戻ってお昼食べないと。
空き教室を出て、自分のクラスに戻って席に戻ると、
「やけに長かったな八色。もしかして、告白でもされたのか?」
もう先にご飯を食べ終えていた友人がひとりでスマホゲームをして暇を潰しているところだった。
「……告白では、なかったかな」
別の意味では告白だったかもしれないけど。
「なんだよー、つまんねーなー。でもまあ、ああいう地味な子に告られても正直困惑は困惑かもだし、いいんじゃね? 無駄に精神すり減らすこともないし」
僕は机の上に置いておいた弁当箱を開けて、急いで掻きこみ始める。
「……精神は無駄にすり減ったけどね」
「は? なんか言ったか?」
「ううん。なんでも。っていうか、そんなこと言っていると、そもそも彼女もできないんじゃないの?」
「バーカ、理想は常に高くもつべきなんだよ。漫画でも言ってただろ。何かを始めるときに、初心者だからって安い道具じゃなくて、いい道具を買って始めろって。そういうことだよ」
「……彼女は果たしてその括りでいいの……?」
友人の論調に若干の疑問を覚えつつ、ただひたすら昼ご飯を食べ進める。
「……あと、多分その論理、彼女そのものではなく、彼女との付き合いかたで例えるべきだと思うけど……」
デートの質とか? そういうものとか?
「……ちっちゃいことは気にするな」
言い返せなかったのか、何年前かに流行ったギャグを言い捨てる。
「いや、結構大きいことだと思うけど……」
「うるせえうるせえ! いいよなあ、八色は図書局でそこそこ女子と関わりあるし、司書の先生も女の先生だし。そういう言葉はな、余裕がある人間だけが言える台詞なんだよ」
な、なんか怒られたし……。ええ……?
他クラスの女の子に土下座されるわ、先生に闇の取引を持ち掛けられるわ、友達に怒られるわ、今日の昼はなかなかに濃かったな……。できれば、こんな日は今日限りにしてもらいたいものだけど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます