第6話 お風呂×図書室

「くふふ~、お兄ちゃんの指やっぱり気持ちいい~」

「……そ、そろそろいいかな、やり過ぎもよくないと思うんだけど……」

「ええ~、もうちょっと、もうちょっとだけっ」

「そう言われても……結構この体勢、疲れるというか……」

「運動不足なんじゃない? お兄ちゃん」

「くっ……そんなこと言うなら、もう終わりにしちゃうぞ」


 僕はそう言って、右手をグッと差し出して、シャワーからお湯を出し始めた。

「きゃぁ! もうっ、お兄ちゃん急にシャワー流さないでよー、目に入っちゃう」

 ……夜の九時。晩ご飯も終わって僕はお風呂に入っていた。小学四年生の妹と一緒に。


 ……ギリギリセーフだよね? 小四なら。まだ。でもそろそろアウトなんじゃないかって思ったりもしている。もうひとりでお風呂に入るべき年齢なんだろうけど、美穂は決まって僕と一緒にお風呂に入ることを要求する。断るとぐずるので、もう諦めている。


 ただ一緒に入るだけならまだしも、洗いっこまでしてくるので、毎日毎日僕の精神はすり減らされているってわけ。

 ということで、いつものように美穂の真っすぐと伸びた綺麗な髪に、僕はシャンプーをしてあげていた。……目はどこか遠くさせつつ。


「……はい、シャンプー終わり。お風呂入って、ゆっくりしよう」

 泡も全て流しきって、僕は立膝の体勢から湯船へと体を沈めた。それにならうように、美穂も僕の上に乗っかる形でお風呂に入る。

「ちゃんと百数えないと上がったら駄目だよ? お兄ちゃんっ」


 無邪気な笑みでそう言ってみせた美穂は、鼻歌を小さく奏でつつ、お風呂のなかで小さく体を左右に揺らせる。

「う、うん……そうだね……」

 妹の柔らかい身体を色々と感じつつ、早く百秒経ってくれと願い、僕は温かいお湯にぶくぶくと鼻まで潜って時間が過ぎるのを待っていた。


「はぁ……」

「どうしたの? 八色君。やけに深いため息ついちゃって」

 翌日の放課後。僕は図書局の当番で図書カウンターに座って頬杖をついていた。その様子を隣のデスクから見ていた、司書教諭の松浦先生に心配そうに声を掛けられる。


「……いえ、別に大したことじゃないんですけど……」

 先生は新刊で図書室に入荷させた本にラミネート加工をしている途中で、今しがた加工を終えた本の調子を確かめながら、


「なになに~? もしかして、恋のお悩みとかかな?」

 ややおどけた雰囲気を見せ始める。もはや学生ですと言っても通じそうな空気だ。

「……そんなわけないじゃないですか」


 そしてこの松浦先生、偶然なのか運命なのか、担任の上川先生と同じ二十七歳だ。松浦先生も上川先生と同様、生徒からの人気は厚く、先生が司書教諭に着任してから最初の一年は、図書室の利用率が大幅に上昇したとか。……主に男子の。今は落ち着いているみたいだけど。

 それに……さっきからなんだけど……。


「……じー……」

 図書室の隅の閲覧席から、カウンターにずーっと飛んでいる視線がひとつ。


「そういえば、あそこの席の子、八色君が当番の日は必ず来ているね。もしかして、八色君のこと、狙っているとか?」

 視線の主は、言うまでもなく井野さんなのだけど、僕の顔の近くに松浦先生が体を寄せるから、ほのかに香る香水の匂いが心臓を跳ねさせる。


「いっ、いやっ……ないと思いますよ、それは……」

「あれれ? なんか言葉詰まったけど、どうかしたの?」

 大人の余裕というか、ニコっと小さく笑ってみせる松浦先生。……多分、こういうところが生徒の人気を集めるのだろうか。


「……いえ、どうもしてないですよ」

 まさか、井野さんが来ているのが、自分のBL趣味を僕がバラさないかどうかの監視のためだなんて、言えるはずないし……。


 ……っていうか、井野さんここで何しているんだ? 手元でなんか動かしている様子はあるから、ただ僕を監視しているだけってことはないんだろうけど……。


 その後も、何人かの生徒が本を借りたり、返しにカウンターに来たりしたけど、その間も閲覧席から井野さんの視線は飛び続けていて、多少の居心地の悪さを感じていた。


「じゃあ、そろそろ閉室の時間だから……あの女の子に、声かけてきてくれるかな、八色君」

 午後五時。そろそろ下校の時間になり、図書室を閉めないといけなくなった。


 僕は松浦先生に言われ、まだ閲覧席に残っている井野さんに、もう閉めるよと言いにカウンターを出た、のだけど……。


「……ね、寝てる……し、こ、これって……」

 椅子に座ったままうたた寝している井野さんの目の前にあったのは、漫画の原稿用紙。

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