第21話 ユリアと母の過去
ユリアに案内され、灯りの落ちた薄暗い屋内へと案内された。
2階に上がり、窓から光の差し込む部屋へと入ると、ユリアの母がいた。
「お母さん、ただいま。お客様がきてるよ。」
「う...ん...、お客様...?お帰り、ユリア。えっ!?ケント殿下!?やだ、私ったら...ゴホッ、ゴホッ」
「横になったままで構いません。」
「ゴホッ、ゴホッ...ありがとうございます。それよりどうしてこんなところへ...?」
ボクはユリアと出会った経緯と、共鳴したことを話した。
「まあ、ユリアが...。娘を助けていただいて本当にありがとうございます。私はユリアの母のソニアと申します。病に侵されている身ですが、お礼は必ず致します。なんでもお申し付けください。」
「じゃあ、その病を治そうか!」
「えっ!?」
ソニアさんは訳が分からないといった表情だ。
「ボクが聖属性を持っているのは知ってるよね?聖属性の中級魔法ならたぶん治せるはずだよ。」
「本当ですか!?しかし、私どもには何も差し出せるものはありません...!」
「いや、別に何もいらないけど...。」
「そういうわけにはいきませんわ。殿下の聖属性魔法は世界にただ一つのものでしょう。私一人の病気にはもったいなく感じてしまいます。」
なんだろう、この違和感。この人は平民だよな...?なんでそんな貴族みたいな考え方するんだ?口調も北西弁らしいところはないし...。
それはいったん置いておいて、とりあえず何か対価をもらわないとこの人は納得しないだろう。
うーん、どうするか。そうだ!これで行けるかな...?
「なら城で2人とも働かない?ユリアは2人目の”運命の人”だから、できれば傍にいてほしいんだ。ソニアさんの病を治したら、2人には皇族...ボクたちのために城で働いてもらう。どうかな?あ、もしかしてこのパン屋は思い入れのある場所だったりする?」
「ようやく流れ着いた安住の地で細々と開いた店です。近所の方々にはよくしてもらいました。」
”ようやく流れ着いた”?どういうことだ?2人はもともとこの国に住んでいたんじゃないのか?
「流れ着いたっていうのはどういうこと?嫌じゃなければ教えてほしい。」
ソニアさんは迷っていたが、話してくれることになった。
「いつかはユリアに話さなければならないと思っていたの。丁度いい機会だからよく聞きなさい。」
「うん、わかった。」
そしてソニアさんはゆっくりと話し始めた。
「私が生まれたのは、中央大陸の東にあるヒモト大陸の北側のオウガ共和国です。当時オウガ共和国と南のラン国は停戦状態にありました。そして私の家はラン国との国境を守る将軍家でした。......
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「お父様!おかえりなさい!」
「ただいま、ソニア。今日は君に会ってほしい人がいるんだ。」
その時私は16歳。停戦状態は14年目でした。
そしてこの時お父様が連れてきたのがユリアの父であるアストロです。
私の2つ年上のアストロは鬼人族で、軍の中では次期将軍との呼び声も高い強者で、私も名前は知っていました。
「アストロ君との縁談の話が来ている。ソニアにはぜひ受けてほしい。」
「あの、お会いしてから決めてはダメですか?」
「もちろんいいに決まっている。ソニアの気持ちが優先だからね。」
そこで初めてアストロと出会いました。
忘れもしません。中庭で待つ私のもとに彼は歩いてきました。
その後、順調に愛をはぐくんだ私たちは20歳の時に結婚しました。
鬼人族と魔人族というあまり見ない組み合わせと、次期将軍と現将軍の娘の結婚は話題になったそうです。
しかしなかなか子供を授かることができませんでした。
結婚して5年がたち、ようやく授かったのがユリアです。
そして悲劇も...その時に起こりました。
今、オウガ共和国の南西部には一部分、削られたような国境があります。
その場所は父が守る砦があった場所でした。
あの日...春の日差しが降り注ぐ暖かな日でした。
中庭で大きくなったお腹を夫と共に眺めていたのを覚えています。
突然の出来事でした。
砦の門が爆発し、悲鳴と轟音が響き渡ります。
「敵襲~!!敵襲!!!」
そんな声が聞こえてきたのはそのあとすぐのことです。
ラン国が停戦条約を破り、攻めてきたのです。
最初に狙われたのが私たちのいた砦でした。
次々に爆発音が響き渡り、砦のあちこちから煙が上がっていました。
私たちは大混乱に陥り、なにも考えられなくなっていました。
「ソニア、俺は戦いに行く。義父上も戦いに出た。君は他の非戦闘員と共に背後のアーロン川から船で逃げろ。」
「いやよ、アストロ!行かないで...!」
「俺は次期将軍だ。ここで戦う。大丈夫、必ず生きて戻る。お腹の子を頼む。」
「約束よ。ご武運を、わが夫よ。」
夫と抱き合い、唇を重ねて送り出しました。
そしてこれが夫との最後の会話でした。
その後直ちに非戦闘員は背後に流れるアーロン川に浮かんだ船へ乗り込みました。
その多くは兵士の妻や子供たちでした。
ただ、何人かの青年たちは船に乗らず、砦に残りました。
そして私たちはヒモト大陸一の大河を渡ろうとしました。
しかし非力な女子供たちばかりで、船を操ることができません。
私たちはどんどん流されていき、ついには海の上まで出てしまいました。
さらに不幸なことに海流に流されて陸からも遠ざかってしまいました。
漂流が長引くにつれ、私たちは絶望し、泣いていました。
そんな時に生まれたのがユリアです。
夫と決めていた、男の子ならアスファ、女の子ならユリアという名前。
私の心がどんなに救われたことか...!
船の一室で生まれた小さな命は私たちに希望を与えてくれました。
その後、幸運なことにオウガのある港へ流れ着くことができました。
しかし私たちに待っていたのは、絶望の知らせ...そして数多の口撃でした。
”オウガの領土を奪われた軟弱者どもが”
”よくのこのこと逃げ帰ってこれたものだな!”
”自害するべきだ!”
砦は陥落。父も夫も兵士たちもみな殺されました。
砦のあった範囲は全てラン国の領土となり、オウガとラン国は全面戦争状態に突入したのです。
私は絶望しました。何度も命を絶つことを考えました。
しかし私が生きていられたのはユリアのおかげです。
”この国を出よう”そう決心し、夫との形見であるピアス以外の装飾品はすべて売ってお金を工面しました。
そして年に一度出る、神聖国への船に乗り、中央大陸へ。
最初に滞在していた神聖国では”人族ではない”という理由で白い目で見られていました。
私はまた次の国へ...多民族国家であるオルフェウス帝国へ入りました。
この国の人々は私たちを差別することなく、迎え入れてくれました。
それから2年、ユリアが3歳の時に、この帝都へ移り住んだのです。
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.....帝都に来てからは何事もなく暮らして来れましたが3年前、この病を患い、満足に動けなくなりました。それまで営んでいたパン屋も先の見えない休業となりました。ここ1か月ほどは起き上がることもできず、寝たままで生活しております。この1か月、ユリアの育ってゆく姿を見たいと願っていました...。」
ソニアさんは人生の物語を語り終えた。
ボクもユリアも、そしてボクの護衛としてついてきていた騎士も皆、涙を流していた。
「治そう。ユリアが成長していくところを見せるよ。」
「っ!ですが私たちには何もありません...!先程おっしゃられた仕事も、体力のない私とまだ子供のユリアには難しいでしょう。」
「それなら体力が戻るまでは簡単な仕事だけでいい。ユリアには見習いとして働いてもらうというのはどう?」
ソニアさんはまだ悩んでいるようだった。
しかしボクたちの話を聞いて居たユリアがソニアさんを決断させた。
「お母さん!ケント様の提案受けようよ!私、お母さんのためならつらいことだって耐えられる!だからお願い...死なないで...!」
「ユリア...!わかったわ。殿下、ご厄介になってもよろしいでしょうか?」
「もちろん。元からユリアは何らかの形で傍にいてもらおうと思っていたからね。」
「そうですか...。ユリア。」
「はいっ、なに?お母さん」
「絶対に殿下から離れるようなことはしないで。あなたの運命の方なのだから。私たちがオルフェウスへたどり着いたのも運命に導かれたのかもしれないわ。だから約束よ、いい?」
「うん。わかった。」
「じゃあ、魔法をかけるよ。」
「お願いいたします。」
ボクはソニアさんの背中に手を当てて、魔法を発動した。
「”悪しきものを取り除け 聖なる光”!!」
まばゆい白い光がソニアさんを包んだ。
光が収まると、ソニアさんは顔色がよくなり荒かった息も整っていた。
「本当に...本当に楽になりました...!ああ!苦しくない!!」
「お母さん!」
ソニアさんにユリアが抱き着く。
「ああ、ユリア!ごめんね、ごめんねぇ。」
2人は抱き合い、涙を流している。
「今日は2人で過ごしてね。明日以降に医師と共に迎えを送るよ。」
「殿下、本当にありがとうございます」
「グスっ、ケント様、ありがとうございます...!」
2人を残し、護衛騎士と共に城へと戻った。
そして父様に今回のことを詳しく報告した。
「なるほど。オウガ共和国から...。確か今はまた停戦状態だったな。まあ、よく国民を守ったとほめておこう。まさか7歳でマッドベアを倒すとは。エファより早いな。」
「エファ姉様はいつなんですか?」
「学院の1年目だったな。実習中に現れたマッドベアを圧倒したと聞いている。」
エファ姉様...。8歳でってほぼ同じじゃないか...。
「それにしてもこんなに早く2人目と出会うとはな。その娘は将来の側室だな。」
「まだ何も考えていませんが...。それはユリアの意思を第一に考えて決めようと思います。」
「そうか、好きにしなさい。とりあえず次のメイドの募集は減らさねばならんな。アルフレッド。」
「はい、お話は聞いておりました。そのように手配いたします。」
だから、急に後ろに現れないでくれよ!毎回驚かされるんだけど!?
「頼んだ。2人には使用人寮の1室に住んでもらおう。」
そして次の日、馬車に乗って2人が城にやってきた。
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