年に一度だけ見える彼女

ネオン

世界で1番幸福な日

 夏の暑い朝、目が覚めて、体を起こすとオレの視界に黒髪ロングの可愛い女の子が映った。オレが起きたことに気づいた彼女は、おはようございます、と言って近づいて来た。

「ん、おはよう、サクラ。」

 名前を呼ぶとサクラはにこりと嬉しそうに微笑んだ。

「お誕生日おめでとうございます!ソウくん。今年の誕生日プレゼントは何が良いですか?」

 サクラはオレにそう問いかけた。この質問は毎年恒例のものだ。いつもサクラは俺が口を開くまで待っていてくれる。これまでは、少し悩んでから、一日中一緒にいてとか、話し相手になってとかお願いしていた。しかし、今年はいつもとは違いもう既にお願いを決めていたので、悩むことは無かった。俺は、今年、最初で最後のお願いをすることにしているのだ。

「今年は、サクラに触れたい。」

 それを聞いたサクラはえっ、と声を漏らし悲しそうな表情になった。まさかこんなことを言われるなんて思っていなかったのだろう。

「なんで、なんで、そんなこと言うんですか。もちろん、わかって言ってますよね、その意味を……。」

 サクラの目からは一筋の涙が溢れた。目を擦ろうとしている手を止めようと、つい、手を伸ばしたが、俺の手がサクラの手に触れることは無かった。俺の手はサクラの手をすり抜けてしまったのだ。わかってはいる、サクラは人間ではないから、存在している世界が違うから、オレはサクラに触れられないことはわかっている。でも、やっぱり、その事実を目の当たりにすると、虚しくて、悲しくて、悔しい。サクラの涙を拭えないなんて。好きな子すら慰められないなんて。自分の無力さを痛感した。

「わかってる。ちゃんと理解して言った。」

「わかってない!」

サクラは珍しく大きな声を出した。

「わかってないですよ。そんなことしたら2度と会えなくなるんですよ。せっかく、アイツを頼んで、年に1回、会えてるのに。前に話した、ワタシがアイツと結んだ契約のこと、覚えてますよね。」

サクラは俺の目を睨むようにジッと見ている。心なしか目が潤んでいるように見える。

「もちろん。覚えてる。」

 忘れるわけがない。だって、その話をされたのは、俺が中学一年生の時。初めて、サクラと手を繋ごうとしたら、スッとすり抜けてしまった時。その時の感覚とはじめてみるあサクラの悲しそうな表情は今でも鮮明に目に焼き付いている。忘れようとしても忘れられるわけがない。

「じゃあ、何で……。ワタシとアイツとの契約の内容は“サクラとソウは年に一回、ソウの誕生日に会うことができる。ただし、言葉は交わせるが、互いに触れ合うことは出来ない。もし、キスをしたら、その日だけサクラは実体を得ることが出来るが、今世では二度と会うことは出来ない。”なんですよ。それでも、良いって言うんですか?ワタシは嫌ですよ、ソウくんに会えなくなっちゃうなんて……。」

 サクラはそう言って泣いてしまった。

 少し考えた後、俺は口を開いた。

「でもさ、“今世では会えない”ってだけで“来世”では会えるじゃん、だから……」

「確かにそうだけど、きっと会えるけど。でも、今回、ソウくんに会えるまで何年かかったと思ってます?ソウくんがワタシのこと思い出すまで何年かかったと思ってます?ワタシは転生に失敗して、こんな姿で100年近くソウくんを待ってて、やっと会えたと思ったら、ソウくんは赤ちゃんだし、成長してもワタシのこと思い出さないし、初めて名前呼んでくれたのだって18の時じゃん、絶対に忘れないって言ったくせに……」

 サクラの悲しみが声から、表情からひしひしと伝わってくる。俺にはサクラの孤独は計り知れない。謝ってもどうしようも無い。だから、俺はサクラの目を見て、今の想いを、しっかりと、伝えることにした。

「それは、ごめん、サクラ。今回は俺が悪い。ねぇ、やり直そうよ。アイツに直談判しに行こう。今回みたいなことが起こらないようにさ。今度は、2人とも同じ年に生まれて、幼なじみとして出会って、記憶があっても無くても側ににいて、一生死ぬまで。いや、死ぬまでじゃないな、死んでも、永遠に一緒にいよう。今度こそ。」

 そして、不意をついて、サクラの唇を奪って、そして、抱きしめた。

「……このバカ。……はあ、いつもいつも突然なんですから。」

 そう言って、サクラはギュッと抱きしめ返してくれた。やっとサクラを抱きしめられた。やっと頭を撫でられた。サクラの体温を感じる。これまでに無いほど幸福感で満たされている。しばらくの間、このまま俺とサクラはくっついていた。



「これからどうする?サクラ。せっかくなら、どこかへ行かないか?転生するのは夜の9時過ぎくらいで良いからさ、それまでこの世界を楽しもうよ。」

「そうですね。……でも、ちゃんと転生できますかね。ワタシ、今、人間じゃないですし……。」

サクラは少し不安そうだ。

「きっと大丈夫だよ。サクラは今、実体を得だんだから、多分人間と同じだと思う。ちゃんと体温もあったし。そうだ、今度は一緒に居られるように、2人の手を赤い糸で紐で結ぼうか。ほら、運命の赤い糸っていうだろ。」

「ふふっ、ソウくんはいつも面白いことを思い付きますね。」

俺は、サクラの笑みを見て、ホッとした。

「ねえ、今日はこれからどこへ行きたい?サクラが行きたいことを教えて。」

「えっと、水族館に行きたいです。1回テレビで見て気になってました。あと、カフェも行きたいです。美味しいもの食べてみたいです。」

 先ほどとは打って変わって、目を子供のようにキラキラと輝かせて、とても楽しそうだ。この顔を見れて良かったと心の底から思う。前はこんな顔なんて見られなかったから。

「はいはい、わかったよ。好きなところに行こうか。準備するからちょっと待ってて。あっ、朝ご飯食べてないから食べてから行こうか。」

 今、とても幸せ過ぎて、ついつい頬が緩んでしまう。


 そして、朝ご飯を食べた後、お揃いのもの買って、美味しいもの食べて、水族館行って、とにかくサクラの行きたいところに行って、デートを楽しんだ。ちなみに、一日中手を繋いでいた。もちろん、恋人繋ぎで。

家に帰ったのは夜9時を過ぎた頃だった。




 「ねえ、サクラ、楽しかった?」


 「うん、楽しかった」


 「良かった…」


今度こそは、親に引き裂かれそうにならず、年に一度だけしか会えないなんてこともなく、2人でずっと一緒にいられますように。2人で一緒に桜の花を見れたらいいな。




 その後、部屋からは既に息絶えた1人の男性が発見された。片方の手首には赤い紐が緩く結んであった。


ちなみに、彼はとても幸せそうな笑顔だったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年に一度だけ見える彼女 ネオン @neon_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ