氷室雫の場合

 決める、と言っておきながら、僕は君だけには告白が未だにできていない。もう二ヶ月経っているというのに、僕は君が好きであることを自覚しているはずなのに、チャンスがあるはずの場面で緊張して声が出ないのだ。


 季節は秋の終わり頃。これからどんどん寒くなってくる。夏服はとっくに使用しなくなり、クラスメイトみんながブレザーを着るようになった。きちんと彼女も着ている。


 彼女はイメチェンしてから初めて着たらしく、僕に『可愛い』と言わせるためにグイグイと『どうですか? どうですか?』と聞いてくる。好きな子に言い寄られると、やっぱり嬉しくなってしまい、ついつい顔が赤くなってしまう。


 一緒に昼食を食べている。ちなみに教室。そんな中でのやりとりだ。


「ふふふ……! 私の冬服姿はどうですか? 松風さんの感想を聞かせて欲しいです……! あ、ちゃんと正直に言ってくださいね?」

「一度も嘘なんてついた覚えないけど……」

「いいから早く感想を! どうなんですか?」

「え、えーっと……」

「もう……! 仕方ないですね、それでは二択にしましょう! 可愛いか、可愛くないかでお願いしますね!」

「え? その二択なら、そりゃあ……」

「はい!」


 元気な声の返事。決まった答えが返ってくると思っているのか、ニコニコで優しく僕に微笑んでくれた。


「か、可愛いに決まってるじゃないか……」

「ふふふ……! ありがとうございます!」


 この子、本当に可愛すぎる。普段はおとなしいのに、僕とお話しする時間になると、魚が水を得たかのように、ぱぁっと輝くのだから。それが本当に可愛いのだ。


 流石に僕も、この気持ちを伝えないと……。



 ****



 一緒に帰ろうと、彼女を誘った。快く了承してくれた彼女は、学校が終わってからすぐに僕の手を取ってくれた。それほど待ち遠しかったのだろう。早歩きで校門を出て、おしゃべりをしながらスタスタと駅の方へと向かっていく。あれ? もしかしてこの子、自分の家にあがらせようとしてないか? この前あがったはずなんだけど……。


「どこに連れて行くの? 僕は駅までのつもりだったんだけど……」


 駅までのつもりであった。そして僕はそこで告白をしようと思っていたのだ。


「もう一度、私の家に行くんです! そしてこの前みたいにイチャイチャしましょう!」

「その前に、駅に寄っていいかな? 駅中に色々と用があるんだ」

「もう……! 分かりましたぁ……」


 僕は彼女を手を引いて歩いた。


「あれ? 松風さん、ここって駅中じゃないですよ? ここは……私と松風さんが……初めて会った場所です……」

「そう……。僕が絡まれてる氷室さんを見つけて、止めに入った場所だよ。それも、夏のを合わせると二回」

「たしかにそうですね……。二回も松風さんに助けられてしまいました……」

「君は言ってたよね。中学時代に助けられた時から、僕のことが好きだって……」

「はい……言いました……」

「僕は氷室さんに告白されているのに、僕はチャンスがあったのに、緊張して君に告白ができなかったんだ」

「え……? それって……!」


 彼女の瞳に潤いが増す。顔は赤くなり、口と鼻を手で覆った。


「だから僕は、今ここで言うよ……」






「氷室雫さん……。僕は、あなたが好きです……」


 彼女は大粒の涙をこぼした。



 ****



 数年後。


「松風先生? 数学のまる付けは終わりましたか?」

「うん、今終わったところだよ。雫は?」

「……」

「え? 何?」

「先生をつけてくださいね? それと苗字でお願いします。さらにはタメ口ではなく敬語を使ってください」

「ごめん、いつもの癖で……」

「えぇ? いつもの癖ですかぁ? 何のことでしょうかねぇ? 周りを見てください、ここは職場ですよ?」

「す、すみません氷室先生……」


 怒られてしまった。職員室は、当然だけど他の先生がいるため、完全にガン見されている。


 高校を卒業後、僕は彼女と同じ大学に進学した。教育に興味を持った僕は、その勉強に力を入れている大学を受験した。合格が発表されてからは、色々と彼女と、そして彼女の親と相談して、同棲することとなった。お互いにバイトと勉強の両立を行い、見事に教員試験を合格した。二人とも中学校の国語を取得し、他の教科も取得した。彼女は社会を、僕は数学を。やはり本好きであるため、圧倒的な文系であることがうかがえる。


 教育実習を終え、初めての勤務先は違う学校であった。でも今年、奇跡的に同じ中学校に勤務することができて本当に良かった。それが分かった時の夜はお酒を飲んで、久しぶりにエッチなことをした。


 近々結婚しようと思っているが、なかなかプロポーズができない。これは完全に僕がヘタレであるからである。いや、オッケーをもらえるはずなんだけど、緊張するしなんかできないんだよ。バカにされても何も言い返せない。いつになったら伝えようかな。


 すると、同じく今年入ってきた一つ年下の近藤こんどうが、僕たちに話しかけてきた。


「もうそろそろ皆さんに伝えた方がいいんじゃないっすか? 松風先生、敬語使うの無理っぽいっすもん」

「ならどう伝えたらいいと思います?」

「え、俺? そうっすね、もう大声でハッキリと言っちゃえばいいと思うっす!」

「「論外」」

「さーせん……」



 ****



 もう外は暗くなり、帰る時間になった。僕たちは同じ車に乗り込む。


「……ねぇ、拓さん?」

「たくさん? 何がそんなに大量なの?」

「松風拓さん! あなたの名前を呼んだの!」

「あ、そっちか」

「自分の名前を忘れたんですか? びっくりしましたよ……」

「敬語。二人だけの時はタメ口って決めたはずだよ?」

「あ、ホントだ。ごめんね、拓さん」

「いいよ」


 ただそれだけのやり取りが、とても幸せに感じる。


「それで? 何がどうしたの?」

「私たちが車に乗ると、やっぱり皆さんが見てきてるの。これって、もうバレてるんじゃ……」

「そうかもね。なら、明日報告する? 結婚しますって」

「うん、そうしよっか……。……って、えっ!?」

「あ、口がすべった」


 なんか自分でも変なこと言ったなって思った。でもそのおかげで緊張しなかった。もうこの際伝えよう。


 僕はしっかりとした眼差しで、助手席に乗る雫を見つめる。


「雫……僕と、結婚してほしい……」

「うぅぅ……」


 雫は泣いた。呼吸を整えてから、最高の笑顔で、


「はい……!」


 と、元気な返事をしてくれた。タイミングが分からなくてずっとカバンに入っている指輪を取り出して、彼女の左手の薬指にはめてあげた。


 そして、自然な流れで、僕と雫はキスをした。


 家に着いてからは、体を清潔にした後、ベッドで愛を確かめ合ったのだった。




———————————————————————




 姫ルート書きます。それでラストです。

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