亜城木姫の場合

 翌朝。


 起きてすぐにご飯を作った。当然二人分である。作り終えたら、僕のベッドで寝ている姫を起こしに行き、テーブルまで手を引き、椅子に座らせた。ゴシゴシと目を擦っている姫に、朝ごはんを食べるよう言うと、コクリとうなづいてから箸を持った。


 モソモソと咀嚼する姫。まだ寝ぼけているのか、目は半開きである。すると、姫が微動だにしなくなった。硬直状態がずっと続いたため、席を離れて近くで体を揺すりながら声をかけてみる。


「おーい、姫ー? 起きてるー?」

「んにゃ……。あ、お兄ちゃん……おはよ……」

「さっきその挨拶してもらったばっかりなんだけど? 寝ぼけてないでご飯を食べなよ」

「んぅ……」

「何? どうしたの?」


 そして、気になって僕が顔を近づけた瞬間、姫が急に動き出し、ガバッと抱きついてきた。寝ぼけているのは演技であった。寝ている間も何度もされたこの行動。布団の中で繰り広げられていた、僕の理性の調整。


 やっぱり……僕は……。


「お兄ちゃん、また学校なの……? もっとずっと姫と一緒にいようよぉ……。お仕事の時だって、姫はお兄ちゃんのことばかり考えてるんだよ? お兄ちゃんのことが好きすぎて、姫はいつも夜中に一人で……」


 耳元で囁いている。甘い声で、甘い言葉を。


「姫、ご飯を食べよう……。食べ終わったら、台所に置いといて。食器は僕が洗ってあげるから……」


 僕はそう言って体を離し、洗面台に向かった。歯を磨くためだった。シュンとした姫は、寂しそうにご飯を口に運んでいく。


 歯を磨いて、うがいをした後に、すぐにトイレに逃げ込んだ。心臓の鼓動がとてつもなく強かったからだ。体中に響いてくるレベルで強かったのだ。強くて速くて、ドクンドクンと血の循環が激しく、苦しいくらいだった。


「はぁ……」


 赤くなっている顔に手を当てると、表面の温度に驚く。かなり熱かった。それもこれも、全部姫のせいなのだ。無意識だろうけど、僕の理性を壊そうとしてきているのがいけないのだ。


 僕だって、姫とエッチはしたい。義理ではあるが、妹という関係上、僕はそのようなことは思ってはいけないと思っていた。好きになってもいけないし、体を重ねるなんてもってのほかだと思っていた。


 でも姫は、いつでもウェルカムである。その気になれば、無理やりベッドで押し倒すことも可能だ。理性がそれを止めていたが、それのロックが破られそうになる時が、昨日の夜から何度かある。なぜそう思ってしまうのかを考えたところ、すぐに結論が出た。


 あの子が好きだからである。



 ****



 心拍数が落ち着くまで、少しだけ待ってみる。先ほどの姫の行動のせいで、焦りと緊張がダブルで襲ってきた。汗が背中をつたってくるのが分かる。パジャマがベタベタになってしまった。


「はぁ……」


 もう一度ため息をついて、トイレの扉を開けた。そのあと、洗面台に入るとシャコシャコと歯を磨く姫がいた。チラッとこちらを上目遣いで見ると、すぐに鏡の下部分に目を移した。


 口内に入っていた唾液を一度吐き出し、水道をコップに注いだのち口に入れる。数秒後、また吐き出した。姫の口から出てくる水分、および粘液を見た瞬間、僕の鼓動はまた速くなってしまう。そして前屈みの姿勢になるため、谷間がチラリと見えた。そのせいでもっと速くなった。顔も熱い。


 リビングに戻る姫。ソファに座り、まったりとしている。だが寂しそうにもしている。僕は平静を装いながら学校に行く準備をしていた。


「じゃあ、僕学校だから……」

「んぅ……」

「どうした?」


 姫は立ち上がり、僕に近寄り、また抱きついてきた。


「嫌だ……。嫌だぁ……! 学校行ってほしくないよぉ……! お兄ちゃん、今日ズル休みしてよぉ……! 姫を選んでよぉ……! 姫と、一緒にいてよぉ……!」


 他の女の子に僕を取られたくないから、学校に行かせたくないのか。またこんなことをされると、僕の理性も崩壊しそうになり、非常にまずい。


「ねぇ……姫なら、お兄ちゃんのやりたいこと、色々してあげられるよ……」


 ヤバい。本当にヤバい。


「姫と……」


 その言葉と同時に、僕の理性は壊れた。我慢していたのに、姫が誘惑してくるため、もう爆発してしまった。


「もう、どうなっても知らないからな……」


 ソファに押し倒し、姫に無理やりキスをした。舌を絡ませ合い、唾液のいやらしい音が聞こえてくるほどに、激しく熱いキスだ。


 もう一度口を離してみると、舌は唾液の糸を引いていた。滴り落ちるほどの唾液量。興奮する。


「姫、好きだ。僕は、姫が好きだ」

「はあはあ……。や、やっと姫を選んでくれたんだね……。嬉しい……」

「なあ姫? 今日、学校休むよ」

「え? な、なら……」

「ああ」




「好きだよ、姫」




 ****



 数年後。


「姫ー? 来月に予定されてる番組のオファーがきたんだけど、姫はどうしたい?」

「それのプロデューサーって誰なの? 教えてよー、お兄ちゃーん!」

「姫にいつも絡んでくるプロデューサー」

「断って」

「了解」


 大学を卒業し、マネージャーの仕事を始めて三年。姫の身の回りのことの世話をするのは、別に嫌なことではない。むしろ姫と一緒にいる時間が多くなって、僕としては最高である。


 姫と同じ芸能事務所に入社した。母さんの紹介もあり、僕はすぐに兄妹である姫のマネージャーとして仕事をすることが決まった。最初は大変な仕事なのかと思っていたが、姫の魅力を自分の知ってる限り教えれば、勝手にポンポンと番組のオファーが入ってくるようになった。


 可愛い。ただそれだけの言葉を熱烈にアピールするだけで、姫という最高の妹であり、彼女であり、愛人であるこの子の知名度が上がるのだ。


 姫は楽屋の椅子に座りながら、収録の時間までスマホをかまっている。


「ねぇ、お兄ちゃーん! 肩が重いよー! この肩こりが治らないと、上手くトーク出来ないかもー! 揉んで揉んでー!」

「はいはい。分かったよ」


 肩に手を置き、姫の肉を揉みほぐす。


「んはぁ……! 気持ちいい……。お兄ちゃん、気持ちいいよぉ……」

「変な声を出すな。楽屋は僕たちだけだが、外は人でいっぱいなんだぞ」

「んっ……! や、やばいぃ……! あっ……! ん、んんぅ……!」

「だからやめろ」

「えへへ……!」


 姫は背後にいる僕の目を見つめてくる。何かを欲しそうな目だった。化粧もしているから、より一層可愛く見える。やべえ、なんだこの美少女は。


「安心して、メイクさんに『口紅はいいです。リップだけで大丈夫です』って言っておいたから」

「おいおい、まさかこれを見越してのことだったのか? 口紅付けてなくて変だと思ったんだよ……」

「つまり! 今ここで、キスができるよ? どうする? したい?」

「いや、でも……」

「姫はー……」


 少し溜めてから、姫は言った。


「したい……」


 僕は自分の唇を、姫の唇にくっつけた。舌も入れて、数秒してから離した。誰かが入ってくるかもしれないからだ。


「ん、今日もお仕事頑張れそう……」

「僕もだよ……」

「おうちに帰ったら、続きはベッドでしようね……。大好きだよぉ……」


 とろん、とした顔をシャキッとさせるには時間がかかった。


 その夜。僕らは家で、これまで何度もしたキスよりも、一番激しいものとなった。


 その後、子供が本気で欲しくなった僕たちは、仕事を休止して子育てを行なった。資金の援助は両親がしてくれた。


 僕たちは幸せな人生を歩んだのだった。

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