神木玲奈の場合
翌日、学校へは走って行った。彼女に会いたかったからだった。僕は、早く彼女に会って、今までずっと気づいていた気持ちを伝えたかったのだ。速く、速く、全速力で走った。
教室に着いてから周りを見渡すが、そこに彼女の姿はない。というかだいたい、僕と同じ規則正しい時間には来ないのだ。遅刻はそこまで多くはないが、始業ギリギリにいつも来ている。その姿を何度も見ている。
つまりは朝イチに彼女と話すことはほとんど不可能ということになる。となれば、どこかの空き時間で伝えなければならない。
数分経ってから、彼女は僕の後ろから抱きついてきた。
「おはよ、松風ー!」
背中に衝撃がくるが、痛いというのは全くない。むしろ優しく包み込んでくれて、柔らかくて気持ちがいい。それは彼女の豊満な胸が接触しているからである。クラスの人が見てるし恥ずかしいけど、好きな子にこんなことをされて嫌がるやつなどいるわけがない。
首元からスンスンという、何かを嗅いでいるような鼻の音がした。ずっとくっついている。担任が教室に入ってくると、彼女はすぐにそれをやめた。
ホームルームで担任はペチャクチャと喋っているが、僕はどうやって告白するかを考えていたため完全に聞かなかった。それは隣の席に座っている子も同じ。彼女の場合は、別に考え事なんてしてなさそうだ。
とにかく、いつ告白しようかと考えている。やはり空き時間だな。昼休みとかで、どこかに呼び出そう。
すでに僕は緊張していた。
****
チャイムが鳴り、四時間目が終わった。授業中、ずっとちょっかいをしてくる彼女は、いつも通りの可愛さだった。えいえい、という掛け声で僕の脇腹をつっついてくる彼女。楽しそうな笑顔、可愛らしい仕草。そんな何気ない日常で、僕は君のことを好きになった。
伝えるべきだ。
「か、神木さん……!」
「んー? 何、松風ー?」
「ちょっと……来てくれないかな……? もう昼休みに入るし……」
「う、うん。どこに行くの?」
「とりあえず着いてきて……」
「うん」
戸惑いながらも僕に応じる彼女は、震えて歩く僕に続いて、スタスタと後ろを歩いている。
「ここって……」
着いた場所は見覚えがあるはずだった。彼女に好意を示された初めての場所が、ここの階段の踊り場だからである。
彼女に抱きつかれた場所。僕に好意を示してくれた場所。
だから僕も、ここで好意を示したかった。君が好きだという気持ちを、伝えたかった。その前に、神木さんが僕に聞いてきた。
「ねえ、松風? 正直に答えてね? アタシに、惚れた?」
「うん」
即答した。そして伝えた。
「神木さん……。僕は……君が、好きなんだ……」
****
高校を卒業してから、僕は家から通える近くの大学に進学した。普通のどこにでもあるような大学で、何も特殊なことはないところだった。彼女は、金銭的な事情と学力的な事情で、同じ大学に進学することはできなかった。でも一生懸命に働いて、弟くんのためにお金を稼いでいた。
その姿に刺激された僕は、新卒で一般商社に就職した。
「キッツ……」
横にいる同僚の
「大丈夫か? てか、なんかお前だけ書類が多くないか?」
「近隣企業の情報だよ。俺ばっかりが受け持つことになっててよ、もう頭パンクしそうなんだわ……」
椅子にもたれかかり、三島は上を見ている。流石にこれを一人でやるとなると、かなりしんどいだろうな。仕方ない、僕が手伝ってあげよう。
「その書類貸してくれ。僕もやってあげるから」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、バッと高速で渡してきた。
「いや、全部じゃねーよ。お前もやるんだよ」
「ちょっとだけ休憩する。俺死ぬかもしれないから」
「死なないから安心しろ」
結局、僕がほとんどのことをしてやった。疲れた体を、ゆっくりと椅子から離れさせて帰る準備をした。残業をするつもりはない。
電車に乗り、一駅二駅と進んでいく。駅を出て、少し歩くと家に到着した。もう今まで住んでいた家ではない。小さなマンションのようなアパートである。そこに四人で暮らしている。
玄関に立ってドアノブを回そうとしたら、急にドアが開いた。
「やばーい! 人参買うの忘れてたー! 今から買ってくるから、お母さんたち待って……」
「あ……」
神木さんが左手に財布を持ちながら出てきた。僕たちは目を合わせる。
「た、ただいま……」
僕がそう言うと、神木さんはガバッと抱きついてきた。まるで高校時代に戻ったかのように。僕も彼女を抱きしめる。
「あのー……。朝もこれやった気がするんだけど……」
「んぅー!」
「人参買いに行くんじゃないの?」
「んぅー!」
「一緒に行く?」
「うん!」
元気な返事だ。いつになっても甘えん坊で可愛いなぁこの子。本当に結婚したいくらいだ。まあ、もうすぐするんだけどね。
「姉ちゃーん! ついでにジャガイモとかも、って玄関でイチャイチャしてるー!」
「どうしたの玲太? あら……」
お義母さんと玲太くんが玄関の光景を目の当たりにする。嬉しそうなお義母さんは、玲太くんをそそくさとリビングへ連れて行った。
「ずっとこうしているつもり?」
「スーパーが閉店する時間までずっと……」
「じゃあ食材買えないじゃん」
「いいじゃん! 家だとお母さん達いるから、夜中エッチできないし……」
「た、たしかに……」
「えへへ!」
後から『買ってこい!』と怒鳴られるまで、僕たちは玄関で、ずっとずっと抱き合っていた。
数年後、子供にも恵まれ、幸せな家庭を築きあげたのだった。
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あと三人書きます。
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