第84話

「ここのお弁当、すっごく美味しいんですよ。一度、食べてみてはいかがですか? 松風さんは一緒にお食べになってくれますよね? 家に帰る、なんて言いませんよね?」

「それより氷室さん? 僕、これからどうしても外せない用事があって……」

「嘘をつかないでくださいね? 食べるんですか? 食べないんですか?」

「はあ……。分かったよ、食べるよ……。でも、あんまり長居はしないからね? これも妹のためだから」

「妹というよりは義妹ですけどね。血なんて繋がってないんですから」


 何としてでも僕を家に帰らせたくないのが分かる。ずっと腕を引っ張って、逃げられないようにガッチリと固めている。彼女にとっては都合が良いのだろう。僕の行動を制限しつつ、好きな人にくっついていられるというのだから。意図してやっていると思うから、余計に僕は恥ずかしくなる。氷室さんが僕のことを好きだという事実に。


 イチャイチャしている僕たち二人を眺めている子もいる。白乃と神木さん。彼女たちは何度も氷室さんにはその場所の交代を頼むが、ずっとくっついていたいと思っているはずだから、それを素直に従うことはしない。


 掴んでいる腕に頭を預けもしてきた。いよいよ僕の腕は動かなくなった。『えへへ……』という声が聞こえてきた。女の子の照れる声って、どうしてこんなにも可愛いと思うものなんだろう。破壊力は抜群で、攻撃力は最強クラスだ。本当に可愛いな。


「どれにします? ガッツリ系の唐揚げ弁当にしますか? それともこのアジフライ弁当にしますか?」

「というか、ここのお弁当屋さんはテイクアウト限定なんじゃないの? 横にベンチみたいな座ることができるものもないし、どこで食べるの?」

「あ、気づかれましたか……! どうにかしてお弁当を買っていただき、食べるという口実のもと、私の家に招待するという作戦は失敗のようですね」

「……」

「何かおかしな点でも?」


 あたかも誰もがやっているだろう、という顔をしてこちらを見てくる。指を口元に当てながらのそのポーズは、とても魅力的だった。


「氷室さん……僕を家に上がらせたかったの?」

「はい! 松風さんに来て欲しいんです! あ、他の二人は大丈夫です。松風さんがいれば私は大満足ですので!」


 そろそろ二人も我慢の限界だった。


「あの……氷室さん? 流石に勝手が過ぎるんじゃないかしら。これから仲良く一緒にお昼ご飯を食べる? しかも独り占めなんて、ふざけないでくれるかしら?」

「アタシも同意見」

「そ、そんな怖い顔しないでくださいよぉ……。松風さ〜ん! 五十嵐さんと神木さんがすごく睨んできます!」


 そう言って、また腕にしがみついてきた。


「またそうやって、隙あらばイチャイチャして! 松風も松風だよ! もっと嫌がっていいのよ!」

「う、うん……」

「何よその満更でもない顔! 完全にデレデレしてるし! ほら、離れてよ!」


 神木さんは、強引に僕と氷室さんを引き剥がす。すごく怒っているようだった。まあ、それは言動から分かるんだけど。


「氷室さん、ごめんね? 僕は早く帰って……」

「知ってます。でも、それでも一度でいいので……!」

「妹が待ってるから」

「うぅ……」


 下を向く氷室さん。シュンと落ち込んでしまった。


「わ、分かりました……」

「うん」

「ですが条件があります……。私に、何か一言だけ言ってからお帰りください……!」

「一言? 一体何を?」

「そ、その……わ、私の耳元で……えっと『雫……好きだよ……』って言ってくれれば帰るのを許可します……」

「ゴクリ……。う、うん、分かったよ……」


 そして僕は、氷室さんにお願いされた言葉を、耳元でちゃんと言った。彼女はとてつもなく赤くなり、僕の顔をまともに見れない状態だった。いや、僕も同じだな。赤いし、恥ずかしくて顔見れないし。


 二人が見てて、すごく気まずかった。僕は逃げるようにしてそこから走り去った。きちんとお別れの言葉を言い残して……。

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