第81話

「さーてと! じゃあお兄ちゃん! エッチしよっか! 子作り子作りー!」

「姫……。ダメだ。僕は、まだ決められないんだ。いや、決めきれていない、というのが正しいかな」

「どう言う意味?」


 姫の目つきが変わった。笑顔はスッと隠れ、代わりに疑うような顔になった。どう言う意味だ、と聞いてきてはいるが、質問からして表情からして、もうすでに気づいているはずだ。


 僕は寝転がっている姫の体を起こし、座らせて安定させた。その横に腰を下ろして、少し考えた。白乃、黒乃、神木さん、氷室さん、姫。僕はこの五人と親しいと思ってる。全員を、女性として意識している。好きになりそうだった時も何度もあった。


 そして、この全員が僕に対して好意を抱いている。僕はその気持ちにしっかりと向き合い、自分の答えを出すべきだと感じた。


「白乃や神木さんが、僕のことを好きっていうのは知ってるよね?」

「うん、知ってる」

「他にも、僕に対して好意を抱いている子がいるんだ」

「え……」

「姫の想いにも、白乃にも神木さんにも他の子にも、ちゃんと自分の想いや考えを伝えないといけないと思うんだ。だから、ダメなんだよ」

「ふーん。うん、分かった」


 え、納得したのか? 姫なら強引に自分とくっつけようとするはずだと思っていた。


「その想いや考えっていうのがまとまって、姫のことを選んでくれたら、セックスしてくれるんだよね?」

「なっ! ま、まあ、そういうことになる……」

「なら安心! だってお兄ちゃんは絶対に姫のことを選ぶって信じてるもん! これでもし、他の子に行ったら……」


 今度は姫が僕を抱きしめてきた。いや、抱きしめるのが目的じゃない。僕を押し倒したかったのだ。


「姫、何するか分かんないよ?」


 見たことない姫の笑い顔。正直、ちょっとだけ怖かった。ニヤニヤしているのか、楽しいのか喜んでいるのか、はたまた何かヤバいことでもしてきそうな、そんなのが感じられた。


「……というのを言っておけば、お兄ちゃんは姫を選ぶはず! 釘を刺すってこういうことなのかな?」

「ああ、そうだよ……」

「怖かった? えへへ!」


 いつもの笑顔に戻り、ホッとする僕。疲れている姫はすぐにベッドに向かった。


「ね、ねえ、お兄ちゃん?」

「何?」

「きょ、今日は、一緒に寝よ……。もしかしたら、もうこういうことできなくなるかもしれないわけでしょ?」

「うん、そうだね」


 姫の甘えを、今晩は聞いてあげた。別にいかがわしいことをするわけでもないから大丈夫だ。



 ****



 始業式は午前中で終わるらしい。そのため午後は自由となる。他の高校はどうなのかは知らないけれど、少なくとも西条学園は今日からまた学校が始まるのだ。僕はちゃんと課題をコツコツとやってきたし、準備は万端だ。どこぞの東条学園の友人とは違うのだよ。


 姫ももう起きている。一緒に朝食を取り、僕も出発する時間までくつろいでいた。


 学校に行くと、朝からダルそうな声を上げるクラスメイト達。課題がどうのこうの言ってる人もいて、友達に会うのが楽しくて仕方がない人もいる。ちなみに神木さんは、僕の隣の席でずっとちょっかいかけてくる。いつもの神木さんだった。


 そして、後ろには……。


「おはようございます、松風さん!」

「うん、おはよう。氷室さん、いつもの感じなんだね……」

「なんです? あの時の方がよかったんですか?」

「いや、えっと……」

「んー? どうなんですかー?」


 ニヤニヤしてるけど、腹が立たない! なんとも可愛らしいニヤニヤだ! 目元が髪で隠れているけれど、その隙間のところから少しだけ見える綺麗な瞳は、やはり大きくて可愛い。


 またあの顔が見たいと思い、彼女の前髪をいじってみた。


「なっ! 松風何してんのよ!」

「ちょっと、何するんですかぁ〜!」

「いじるだけいじるだけ……。はい、これでいい」


 僕が目元が見えるようにセットすると、周囲がざわつきだした。


「え!? 氷室さんって、あんなに可愛かったの!?」

「本当だー! 可愛いー!」

「すごーい! 美人さんだねー!」


 ゾロゾロと氷室さんの元に集まってくる陽キャ集団。全員女子。いつもならこの中に神木さんがいるのだが、神木さんは僕へのちょっかいで忙しいだの意味の分からない理由をつけて、いつも自席に着くのだ。


 そんな神木さんも、氷室さんの姿を珍しく感じたのか、グイグイと彼女に迫っていた。


「前髪であんまり目元を見たことがなかったのよねー。こんなに可愛い顔をお披露目したんだから、もっと改良しなくちゃね!」


 神木さんは、氷室さんの髪の毛を触り始めた。それもちょっと乱暴に。前髪を上げたり下げたり、全体的にぐしゃぐしゃにしたりと、もうやりたい放題だ。


「んひゃあ! やめてくださいぃ〜! 助けて松風さーん!」

「神木さん? ダメだよ?」

「いいじゃん! 氷室さんをもっと可愛くしたいんだもん!」

「可愛くしたい、の結果がこれ?」


 ボサボサになってしまった氷室さんを見せた。


「うーん……。うん!」

「それなら君のセンスには問題があるよ。大丈夫、氷室さん?」

「は、はい……!」

「直さなきゃだね」

「い、いえ、いいんですよ! 自分でやりますので……!」

「ここをこうして……」

「いいですって……! ま、松風さん……!」


 何を言っても止まらない僕に堪忍したのか、直しやすいように察して、氷室さんは嬉しそうに止まった。『えへへ……』という照れる声を聞いて、すごく顔が熱くなる。


 それを見ている神木さん。当然嫉妬心は爆発する。僕ら二人の間にチョップで入り、急にやめるよう言ってきた。


「むぅ……! 何でそんなに距離近いのよ!」

「え? 普通に仲がいいからかな? というか、氷室さんの髪を直しにくいんだけど……」

「むむぅ……! しなくていいの! 氷室さんじゃなくてアタシをかまってよ! それとも何? 氷室さんが可愛くて、ついつい親切しちゃう的な? 贔屓だ、贔屓!」

「神木さんは本当に松風さんのことが好きなんですね。仲良いですし」

「は、はあ? 何それ嫌味? 髪とかいじってもらって、見下してるの?」

「今は髪ではなく頭をいじってもらってますけどね。あ、撫でてもらってるの方が正しかったですね!」

「は、はあ!? 松風! 手、どけてよ!」


 あ、気づかずに撫でていた。なんか可愛くて、つい……。氷室さんはずっと『えへへ、えへへ』とデレデレしていた。やはり、僕のことが好きなのか。だからそんなにデレデレしてるのか。


「えへへ……! ありがとうございます、松風さん……! なんだか落ち着きます……!」

「やめて! ホントにやめて!」

「え、そ、そうかな氷室さん……? どういたしまして……」

「松風もデレデレすんな!」


 ヤバい、僕もしちゃってた。というか、やっぱり神木さんは嫉妬しやすいのかな? すごく嫌がってくるんだけど。


「ねえ、なんなのよ! 氷室さんと松風って、そんなに仲良かったの!? もうわけ分かんないんだけど!」

「夏休み中に、一度デートしたんですよ」

「え……」


 神木さんは魂が抜けたように、ぐったりとして椅子に座った。


「じゃ、じゃあ氷室さんって松風のこと……」

「はい、好きですよ。それに告白もしました」


 また神木さんにもダメージが入った。


「そのことに対して、松風はなんて答えたの……?」

「え? まだお返事はいただいておりません。何か決めることがあると言っていました」

「そう、そのことなんだけど……僕は、一つ決めなきゃいけないことがあるんだ。氷室さんの想いにも、神木さんの想いにも、他の子の想いにも……」

「あー……。なるほどね……」


 すぐに神木さんは察した。彼女は他の子、つまり姫や黒乃と顔を合わせているため、僕の言っていることがすぐに理解できたようだ。


「他にも、いるんですか? 私の恋敵となる子が……」


 氷室さんは、僕と神木さんの仲をずっと後ろの席で見ていたため、彼女の想いを把握していたはずだ。でも、他の三人のことは分からないだろう。


「うん、あと三人。だけど一人は、あんまり名前は出せないかな……」

「そ、そうなんですか……。なら、もっとアピールしなきゃですね!」

「え?」

「えい!」


 突然、氷室さんは僕の顔を自分の顔に近づけた。え、何するの? もしかして、キスとかじゃないよね?


「い、いきなり口はダメだと思うので、ほっぺたで許してあげます」

「へ?」

「ひ、氷室さん何言ってんのよ! 松風も、何で抵抗しないのよ!」


 なんかできないんだよ。顔が近くて、可愛い子が目の前にいる。目が離せないんだよ。


 すると、


「はーい、みんな席付けー」


 ガラガラ、という扉の音とともに担任が入ってきた。マズいと思い、離れようとしたが……。


「ちゅっ……」


 頬に軽く押されたような感覚がした。僕は氷室さんにチューされたのだ。ほっぺたにな。急激に顔が熱くなった。絶対に赤くなってる。それくらい分かる。


 僕はホームルーム中、氷室さんのことしか考えられなかった。

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