第80話
それからの数日はあっという間だった。夏休みは少女たちに、半ば強制的に予定をぶち込まれてしまい、本当にあっという間だった。
宵坂や黒乃と行った海も、ばったりと神木さんに会ってしまって、黒乃とありとあらゆることで喧嘩を繰り広げていた。たまに二人きりでビーチで過ごしたが、いかがわしいことを企んでいるとすぐに分かったため、途中退散した。そのあとは、ブチギレ気味の黒乃がいるにもかかわらず、宵坂にはイジられるし。アイツ、もう会えないかもしれないな。
その翌週に行われた夏祭りでは、白乃と回ることを約束したが、そこでなんと氷室さんに会ってしまった。しかもその時の氷室さんは、いつもの地味目な感じではなく、僕とデートした時と同じような、曝け出した感じだった。可愛さを助長するようにしてきっちりと着飾っていた浴衣に、僕は見惚れてしまっていた。白乃には睨まれちゃった。
それでも僕は、最初に約束していた白乃と祭りを回った。氷室さんは友達と来ていたし、純粋に僕は白乃と回りたかったからだ。白乃のリクエストにより、僕は髪で顔が隠れないようにした。白乃や神木さん、姫がカッコいいと言ってくれたこの顔を、全面的に出すようにしたのだ。白乃はとても満足げに祭りを楽しんでくれていた。
「意外と、充実した夏休みだったなぁ……。明日で終わるのが惜しいなぁ……」
「いや、マジでそれな。もっとあと二週間は欲しいくらいだぜ。そうでなきゃ、この残りの課題が終わらねーんだもん」
「終わらせろ。てか、あと二週間も必要なら諦めろ。今やってんだったら、そんなことをほざくよりも手を動かせよ」
「なんだと! じゃあ拓はどうなんだよ! 終わってんのかよ!」
「終わってるからここで宵坂の課題を手伝ってやってんだよ」
「クソォ! この真面目がぁ!」
「お前がコツコツやらないのが悪いんだろ? とっとと終わらせるぞ」
「終わらせてまた海行くぞ!」
「またかよ……」
結局その日中には終わることができなかった。宵坂には悪いが、残りは全て自分の力でやるんだな。最終日、僕は予定が入っている。しかも、それは絶対に外せないのだ。いや、まあ家にいるけど……。それでも外せないことがある。僕は義妹を迎えないといけないのだ。
「予定ってなんだよー!」
「言えない。絶対にな」
「マジでなんなんだよ。気になるなぁー!」
「とにかく外せない予定が入ってるから、手伝うのは無理だ。悪いな」
「もしかして女か?」
「まあ、そんな感じ」
「あのギャルみたいな子か? 可愛かったしなぁー!」
「違う。それだけは言っておく」
ジト目でこちらを見てきた。女絡み多いな、なんて思ってるな違いない。
「明日はとりあえず……俺死ぬかも……!」
「死なないから大丈夫、心配すんな。じゃあな」
その言葉を言い残して、僕は家に帰った。
****
ソワソワする。姫がもう一度帰ってくるのか。おそらく撮影でクタクタになって帰ってくるだろうから、しっかりと休めるように準備をしておこう。お風呂の用意をして、さらに姫の寝床もセットした。
玄関の方からガチャリと音が聞こえた。帰ってきたのだ。
「……」
「おかえり、姫。ん? どうしたの?」
何がどうしたのだろうか。姫はジーッと僕を見て固まっている。おかしなところでもあるのか、と思っていたが、目の前にいる人物が自分の大好きな人だと分かり、一気にパァッと輝きが戻った。
「お兄ちゃん!」
ガバッと抱きついてくる。これは恒例のことだ。
「はいストップ。靴を脱ぎましょうねー」
「んー! お兄ちゃん、脱がせてよー!」
「やだよ、なんで僕が。自分で……」
「姫疲れたー! お願いー!」
「はあ……。分かったよ……」
姫は玄関のところに座り込んだ。僕は跪くようにして待機する。小さな足を持って、洒落ているスニーカーをスポンと脱がせた。もう片方も同様に脱がせた。
「ありがとうお兄ちゃん!」
「自分で脱げないとダメだよ? 分かった?」
「うん! えへへ!」
本当に疲れてんのか疑わしいぞ。いつもの姫じゃないか。
姫はソファに寝転がっていた。肩から提げていたバッグもそのままにして横になっていた。僕はそれを丁寧に取っていく。
「ん!」
「何? なんのアピール、それは?」
いきなり両手を広げてきたため、そういう質問をした。
「もう仕事やだー! 疲れたー! ん!」
「だからなんなのさ? 言わないと分からないよ?」
「んー! 分かってるくせに! イジワル!」
なーんだ、察しがいいじゃないか。前に姫がバラエティ番組でトークしていた際の話だ。仕事のことで喚いていると兄がギュッとしてくれる、と言っていた。それに両手を広げている時点で、すでにそれを求めていることが分かる。
「早くしてよ、お兄ちゃん! ん!」
「だから言わなきゃ分からないってば……。それで? なんなのさ?」
「ぐぬぬ……! は、早く! ギュ、ギュッとしてくださいぃ……!」
そういうことを可愛い顔で言われると、僕は困ってしまう。なんか懇願しているようで、すごく何かがそそられるのだ。
そんなに早くして欲しかったのか。なら、やってやろう。僕は言われた瞬間に姫の体を包み込んだ。
『ガバッ』
「きゃっ! も、もぉ〜!」
「姫、おつかれ……。そして、お帰り……」
「うん、ただいま! えへへ!」
姫の感触を自分の体全体で感じ取りながら、僕は改めて姫のことをどう思っているのか、どんな存在なのかを確かめていた。
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