第78話
ホラー映画を見ている。映画が始まってから、ずっと悲鳴ばかり聞こえている。心臓に悪いような描写もしっかりとされていて、まさにホラーという感じである。僕はその映画よりも、横にいる氷室さんの方に視線がいってしまう。
これがあの氷室さん。いつも教室で静かに本を読んでいる氷室さん。実は美人な氷室さん。映画に集中したいのに、吸い込まれていくように氷室さんの方を向いてしまう。素の自分を曝け出した姿が、僕としては初めて見た、いや、前に一度見たことがあるが、それでも珍しかったからだった。
楽しそうに映画を楽しむ氷室さんが、なんだか輝いて見えた。
「あ、あのー……。松風さん、私じゃなくて映画を見たいのではなかったのですか?」
「え!? いや、うん……」
あんなに映画に注目していたのに、僕に見つめられていることを分かっていたのか。全然気づかなかった。よく見てみると、氷室さんは少し頬が赤くなっていた。
「もう……。そんなに私のことが見たいんですか?」
「ひ、氷室さんを見ていたわけじゃなくて……!」
「その嘘、苦しいですよ?」
「うぐ……」
図星である。何も言い返せない。氷室さんはチラチラと映画と僕の方を見ていたが、次は完全に僕と目を合わせた。
「どうしてそんなに私を見るんですか?」
「え、えっと……」
「どうなんですか? 理由を教えて欲しいです」
「いや、本当にチラチラって氷室さんを見ていただけだから!」
「じゃあ、なぜ私をチラチラと見ていたんですか? それの理由はあるんですよね?」
「だ、だから……」
「どうしてなんですか?」
ええい! もういい! 正直に言ってしまおう! 恥ずかしいだとか気にするな! 映画館で人に聞こえるくらいの声量で話してんだから、今更恥ずかしがっても意味ないんだよ!
氷室さんには引かれるのは嫌だけど、言わなきゃ彼女はどんどん追求してくるはずだ。今もこうやってグイグイ来てるし、体も近いし!
僕は小声で言った。
「ひ、氷室さんが……可愛いから……だよ……」
「……」
「そ、それが理由だよ……。他にないよ……」
氷室さんはスススと映画の方に視線を戻す。その後にそっぽを向いたりと、僕と顔を合わせないようにしているのが分かった。
あー。引かれたー。マジかよ……。
「ズルイズルイズルイズルイ……! なんでそんなこと平気で言えるの……! あんなのときめくに決まってるじゃん……! 前に助けてくれた時から想っていたのに、もっともっと好きになっちゃうじゃん……!」
氷室さんがボソッと口に出したが、僕には聞こえていなかった。
ただ唯一耳に入ったのは、
「ズルイよぉ……」
という言葉である。何がズルイのだろうか。
****
気まずい。スクリーンに映っているスタッフの名前が上へ上へとあがっていくのを眺めていた。映画の余韻に浸ることはない。氷室さんに嫌われた、という可能性が、そんな余裕のあることをさせるはずなどない。ただ座ってボーッと眺めているだけだ。まもなくしてスクリーンが白色で何も映し出されていないものに変わる。
氷室さんは映画を見る前に買った、持ち込み可能なドリンクを、チューっとストローで飲んでいた。なんでそれだけで可愛いんだろう。やばい目が離せない。結局僕は、映画ではなく氷室さんを見てしまっていたのだ。予想通りの結果だった。
「い、行きましょうか……」
「うん……」
会話も続かない。映画の内容の話もできない。
少し歩くと、氷室さんの足が止まった。
「あ、」
「どうしたの?」
「い、いえ……」
氷室さんの視線は本屋に向いていた。僕はそれを瞬時に察して声をかける。
「僕、本屋に行きたいなぁー」
「もう気を遣うのはやめてください……」
「別に遣ってないよ?」
「白々しいです……。嘘をつくのもやめてください……」
彼女は、僕と顔を合わせようとしない。やはり引かれているのか……。最悪だよ……。
「氷室さん、ごめん……」
「え?」
「その……可愛いとか言って、ごめんね……。これじゃあナンパしてるやつと一緒だよね……」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「だって、僕と顔合わせてくれないし……。嫌われてるんじゃないかなって……」
「嫌いになんてなりません! 恥ずかしかったんです! 想い人に、面と向かって『可愛い』なんて言われて、恥ずかしくなったんです!」
よかった。嫌いじゃないのか……。って、え?
「へ?」
「え、なんですか?」
「い、今、なんて言ったの……?」
「ですから、想い人に面と向かって……あっ!」
もう一度言ったその言葉は、僕がさっき聞いた氷室さんの言葉と同じだった。聞き間違いではなかったのだ。
「ち、ちちちち、違うんですっ! い、いいいい、今のはっ!」
慌てて考える彼女の顔は赤くなっていて、汗も出ていた。明らかに自分の無意識な発言で動揺しているのが見てとれる。
「え、えーっと……んーっと……。そ、そうなんです! 松風さんではなくてですね! 松風さんの奥に座ってらっしゃった方のことなんです!」
その誤魔化しは効かない。なぜなら僕と氷室さんの席の列は、僕たち以外にいなかったからだ。
「いや、その嘘は……」
「ほ、本当なんです!」
めちゃくちゃ誤魔化そうとするな、この子。ぷるぷると真っ赤な顔で震えている。すると氷室さんは、逃げるようにして本屋に入っていった。
「もぉ……! バカバカバカバカ……! 私、何言って……! 告白はもっとちゃんとしたロマンチックなところでしたいのにぃ……! 勝手に口から……! は、恥ずかしすぎる……!」
またもや氷室さんがボソッと言っていたが、本屋に入っていく時だったため、あまりうまく聞き取れなかった。
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予告しときます。氷室さんのお話はエロなしです。
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