第77話

 食事が終わってからも、氷室さんのお礼は続いた。僕は予定がないためお言葉に甘えて、彼女に連れられて通りを歩いていた。ただお礼というのは少し違う気がする。彼女は僕の言いなりになっている、という他ならないからだ。食事だってそうだ。自分が奢りながらも、僕にまだまだ『私の金を使ってください!』と言ってくる。流石に悪い気がしてきた。


 彼女は僕の手をしっかりと握りながら、スタスタと歩いている。途中立ち止まっては考え、立ち止まっては考えを繰り返してはいたが。


「え、えーっと……。松風さんは、どこか行きたいところはありますか?」

「行きたいところ? そうだなぁ、別にどこへでも。なら、逆に氷室さんはどこに行きたい?」

「わ、私は……。え、映画館とかに……」

「ふーん、映画ねぇ。じゃあそこ行こっか」

「いえ、いいんですよ? 私の意見などどうでもいいので、松風さんが行きたいところに……」

「あー! 急に映画見に行きたくなっちゃったなぁー! すっごく見に行きたいなぁー!」


 自分でも思うが、白白しいなこの演技。


「そ、そうなんですか? わ、分かりました! では行きましょう!」


 彼女は隠すように口を軽く押さえて、笑いながら進み始めた。全然隠しきれてないけど。それにしても可愛いなぁ。


「ふふふ……! 松風さんって、強くてカッコいいし優しい……!」

「え? 何?」

「い、いえ! な、なんでもありません!」


 氷室さんがボソッと言った言葉はうまく聞き取れなかった。だが、微かな笑い声までは分かった。


 相変わらず外は暑い。夏なのだから当然だ。街中にはオシャレのために薄地の長袖をしている人がいるが、絶対に無理してるはずだ。やはり半袖じゃないとやっていけないだろ。横にいる氷室さんだって、とてつもなく可愛らしいワンピース姿だ。外に行くのは嫌だったけど、これが見れたのはラッキーだった。


 可愛らしい氷室さんと二人で並んで歩いていると、突然前から風が吹いた。意外と強風。でも熱風ではなく、少し涼しい風だった。氷室さんはワンピースの下半身の部分がめくれないように、グググと押さえていた。その仕草、というかなんでも可愛いなこの子。


 押さえていたため、彼女の服は乱れていなかった。代わりに髪はクシャクシャになっていた。


「す、すごい風でしたね、松風、さん……」

「ん?」


 ぼーっと僕の方を見てくるが、なぜそうなっていたのかが分からなかった。周りにいる人たちの目を僕に集まっている。何がどうしたのだろう。


「すごーい、美男美女だぁー」

「ねえ、あれ。めっちゃ釣り合ってない?」

「うんうん。お似合いって感じだよねー。男の方もイケメンだし、女の方も美人だし」


 僕たちの横を通りすぎる女性二人の会話が聞こえてきた。もしかして、僕と氷室さんのことか? いや、氷室さんは美人だということは分かるけど、なぜ僕まで……はっ! そこで理解できた。


 今の風で、僕の顔がハッキリと見えてしまっているのだ。人が多くて恥ずかしくなってきた。僕はいつものように髪を直そうとした。


「待ってください!」

「え……?」

「戻さなくていいです! そのままでいてください!」

「で、でも……」

「そのままでお願いします! いいですね?」

「う、うん……」


 その場から逃げるようにして、彼女に引っ張られていった。そして映画館のあるショッピングモールに向かった。



 ****



 映画館か。姫と行って以来だな。現在来ているショッピングモールは、前回行ったところではなくちゃんと近いところである。


「何見よっか」

「うーん……。私は……このホラーを見たいです」

「ホラーか。氷室さんってホラー好きなの?」

「あ、はい。ゾワゾワくる感じがたまらなく好きなんですよ」

「意外。そういう系、怖がりそうなのにね」

「ふふふ……! よく言われます!」


 そんな会話をしてから、僕たちはチケット売り場まで来た。店員に何が見たいのかを教えて、席を指定した。


 僕が財布を出すと、


「あっ! 大丈夫です! 私が出します!」


 と、お金を払おうとするのを止めてきた。


「いいよ、僕が出すから」

「いいえ! 私が出します! 今日はとことんお礼させていただきますので!」

「あー! もう払っちゃったぁー!」

「なっ!」


 氷室さんは悔しそうにしていた。どんだけ自分で払おうとするんだよ。


「あ、あとで代金はお支払いします……」

「いや、いいから……」

「で、でも!」

「昼食も払ってもらったし。流石にもうお金は出して欲しくない。ちゃんと自分で払うからさ」

「なら、私はどうやってお礼をすれば……」

「お礼ねぇ。お礼なら、お金を出すこと以外にもできると思うよ? そうだ! 今日一日、僕とデートしてほしいな!」

「デ、デート!? な、なんでですか!?」

「お礼の代わりだと思ってもらえればな、と」

「な、なるほど……。いいですよ! じゃあ今日はデートしましょう! いっぱい遊びましょうね!」


 納得するのが早くて助かった。というわけで、急遽デートをすることになった僕と氷室さんは、隣同士の席に座った。


 横を見ると、ずっとニコニコしている氷室さんがいた。マズい、映画よりもこっちを見てしまいそうだった。

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