第76話

「あなたは……。あの時の……」


 全てに納得がいった。全てを理解した。僕と氷室さんの話から、色々と合致していることがあったからだ。


 中学二年の時に僕の起こした暴力沙汰。そして彼女が引っ越してきたこと。当時は、今目の前にいるような可愛らしい格好であったこと。以前も、駅で同じように絡まれたことがあったということ。全てが合っている。


 僕は暴力沙汰の際、女の子を助けた。それが、氷室さんだったというのか。見たことがある、と感じたのは気のせいなんかじゃなかったのだ。ちょっとだけチラッと見ただけでも、僕はどこか記憶の片隅で覚えていたのだ。


 氷室さんは泣き止まない。そっと僕の腕にしがみついて、ギュッと握って、嗚咽混じりで声を出す。


「わ、私……。あ、あなたに……ずっと、会いたかった……」


 返す言葉が見つからない。横に泣いている女の子がいるというのに、何も言えなかった。


 氷室さんは一旦僕の腕から離れるが、今度は体に抱きついてくる。


「え、あの……」

「あぁっ……。本当に、会いたかった……。ずっと、ずっと……」


 幸い客は少なかった。あまり人に見られずに済んだようだった。それでも僕は、可愛い氷室さんに抱きつかれているということから恥ずかしくなってしまい、やめるよう言おうとした。


 彼女の肩に触れると、僕を抱きしめる力はより一層強くなる。


「まだ、このままでいたいです……。というか、いさせてください……」

「う、うん……」


 それから数分の間、ずっと密着していた。



 ****



「その! す、すみません! 急に抱きついちゃって……。嫌じゃありませんでしたか?」

「全然嫌じゃないよ。むしろもっとやってほし……」


 途中だったが静止する。無理やり止めるために、自分の頬をぶっ叩いてやった。今日はなんか口が勝手に動いてしまって危険だ。これだと氷室さんに引かれてしまう。


 僕は咳払いをしてから、もう一度嫌ではないことを言い黙った。これ以上変なことを言わないようにするためだ。


「あ、あの……えっと……その……」

「あの時のこと?」

「そ、そうです……! あの時は本当にありがとうございました……!」

「あの時の子、氷室さんだったんだね」

「はい! 本当に本当にありがとうございました!」


 ペコペコと上げたり下げたりする氷室さんが、なんだか可愛い。


「松風さんは、この後何か予定がありますか?」

「いや、特に何も……」

「な、なら! あの時のお礼をしたいので、何か欲しいものとかがあればなんでも言ってください!」

「いいよ、何もしなくても……」

「させてください! させてもらえるまで、私はあなたを家に帰らせません!」

「どうしてそこまでするのさ……?」

「私がお礼をしたいからです! それくらい感謝してるんです!」


 店内に氷室さんの声が響く。僕にお礼がしたくて必死な彼女に、少なからずいるお客の目が集中していた。


「はっ!」


 何かに気づいたようだった。氷室さんは自分の頼んだ料理であるオムライスを、僕の方にスススと渡してくる。


「ど、どうぞ……」

「僕のはここにあるよ。だから氷室さんの分は食べないよ」

「いいんです! 私は松風さんに食べて欲しいんです! お腹はもう膨れているので! ほら、どうぞ!」


 僕になんとしてでも渡そうとする氷室さん。絶対膨れてないでしょ。


 僕は頑なに拒否した。


「なら、私が食べさせてあげます!」

「え?」

「それなら食べてくれますよね? これはあの時のお礼でもあるんです!」


 彼女はオムライスを器用にスプーンで掬い上げた。


「はい、あーん……」


 仕方なく合図と同時に口を開けた。


「あ、あー……」


 パクりとスプーンが口の中に入り、乗っていた卵とお米が舌に当たる。うん、美味しい。


 食べさせてもらってから数秒が経ってから、僕は気づいた。今、氷室さんが持っているスプーン、彼女が使った物である、と。


 急激に体と顔が熱くなった。え、やばい。氷室さんと間接的に口を合わせたということになってしまう。考えれば考えるほど熱くなった。


「どうしましたか、松風さん?」

「……」

「分かりました! もっと欲しいんですね!」

「いや、もういいよ!」


 強めに言った。氷室さんはビクッと震えたが、一向に、僕にお礼をしたい、という気持ちは変わらない。


「むぅ……! なんでそんなに嫌がるんですか……!」

「氷室さんが食べなよ。氷室さんの分がなくなっちゃうでしょ?」

「私のはいいんですよ。お腹空いてませんし……」


『ぐぅ〜〜〜』


 いいタイミングで鳴ったな。ありがとう腹の音。


「……あのー」

「言わないでください! 恥ずかしいので!」

「分かったよ。お腹が鳴ったって言わないであげる」

「言ってるじゃないですか! もう!」

「あはは、ごめんごめん……!」


 彼女は、鳴った瞬間に隠した顔をまたあらわにした。すごく赤くなっている。僕と同じだ。


「お腹空いてるんでしょ? ほら、食べなよ」

「うぅ……。わ、分かりましたぁ……」

「か、可愛い……」

「ふぇ!?」

「え? あっ! いや、なんでもないよ!」


 シュンとしている彼女が本当に可愛く思えてしまい、気を抜いていたらボソッと口に出してしまった。


 誤魔化したものの、彼女はハッキリと聞き取れていた。そんなことを僕が言ってしまったため、少々気まずくなるのは当然。そのあとは無言で食事をした。


 気まずさを無くすには、時間がかかった。

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