第75話
「いらっしゃいませー」
そんなお決まりの挨拶を店員がする。僕たちは案内された席に行き、向かい合いながら座った。髪型が先ほどナンパされていた時と同じになっている。可愛い顔がよく見える。
早速メニュー表を開く氷室さん。立てているメニュー表から目元だけをのぞかせて、じっと僕の目を見つめる。
「何が食べたいですか? なんでも言ってください! ご馳走します!」
「あ、えーっと、じゃあこのハンバーグセットかな……」
「他にはありますか?」
「へ? 他に?」
「はい! いっぱい注文していいですよ!」
困るなぁ。別にそんなに食べるつもりはないし、長く一緒にいるつもりもない。用が済んだら家に帰るつもりだった。でも彼女は、よほどお礼をしたいのかもっともっと注文するように言ってくる。仕方なく、デザートでも頼んだ。
常備されているボタンを押せば、すぐに店員が駆けつけてくる。慣れているのか、スラスラと所望のメニューを頼んだ。
「あのー、氷室さんなんだよね?」
「はい、そうですけど?」
「すごく雰囲気が違うんだね。いつもの氷室さんとは正反対っていうか、違って可愛いというか……」
「え……」
彼女はシュンとしてしまった。
「いつもの私は……可愛くないんですか……?」
「いやぁ、ごめん! そういうんじゃなくて! その、いつもが可愛くないというわけではないよ! あの、いつも可愛い! いつも可愛いから!」
「ホント……ですか……?」
「う、うん! 僕は前から君のこと、実は可愛い子だって思ってるから!」
「ふぇ……」
あ、やばい。なんか僕、すごいこと言ってる気がする。
「松風さん……」
「は、はい!」
「本当ですか?」
「な、何が?」
「さっき言ってたこと、本当なんですかぁ?」
ニヤニヤしている氷室さんを初めて見た。な、なんだこのお姉さん感は! すごく癒される! そして可愛い!
「ほ、本当! 本当だよ!」
「ふふふ、ありがとうございます。嬉しいです!」
満面の笑み。彼女は本当に嬉しそうだった。へえ、こんなふうに笑うんだなぁ。すごく可愛い女の子だなぁ。
それにしても、やはり僕は何か引っかかることがあった。僕はこの顔がどこかで見覚えがあったのだ。でも、どこで? いつ? そこまでは思い出せない。
「ところで、氷室さんはあそこで何してたの?」
「お店に入ろうかな、と思っていたんです。ほら、駅の中にあるお弁当屋さん、美味しいじゃないですか」
「ああ、あれね。そこに入ろうとしていたら、絡まれたと」
「……」
氷室さんは黙ってしまった。嫌な記憶が蘇っているのだろうか。なんとかしなくちゃ。
「ごめん。嫌な気分にしちゃったね……」
「いえ、いいんです。だって松風さんが助けてくれたじゃないですか。だからこうやって一緒に食事をしているんです」
「まだ料理は来てないけどね」
「ふふ、そうですね!」
何故か感じる安心感に、心が安らぎながら会話を続けた。もしやこれは、氷室さんの母性というものなのでは? とても心地が良かった。
****
「あ、料理が来たようですね」
「ホントだ」
プレートの上で、大きく湯気が出ているのは僕のハンバーグセットである。その横にあるのは氷室さんの頼んだオムライス。ちなみに大きさは小さい。氷室さんは、あまり食べない人だと分かった。ハンバーグセットに対して、こちらは少しだけふわふわと湯気が出ているくらいである。
「美味しそうだね」
「そうですね。では、早速いただきましょうか!」
ボタンの隣に存在する食器入れからスプーンを取り出した。僕はフォークを一緒に取り出す。
氷室さんは、パクっと一口食べてみた。
「お、美味しい〜」
な、なんだこの色っぽい女の子は! そして、それを目の前で見せられている僕は一体なんなんだ! 僕一人がそれを独占しているみたいで、すごい優越感だ! 向かい合ってよかった、と思った。
「なんです?」
「あ、いや、なんでもないよ……!」
「そうですか……。ずっと私の方を見ていたものですから、見惚れていたのかと思いましたよ」
「ブハッ!」
僕は水を吹き出してしまった。何この子、見抜く力がバケモノなんだけど。
「氷室さんはさ、どうしていつもの感じじゃなかったの?」
「んー。どうしてって言われても……元々私の素の姿がこれなんですよね」
「あ、そうなんだ」
「はい。私が引っ越して来る前は、ずっとこれですね。今は目立たないようにしてますけど」
「引っ越し? 氷室さんって引っ越して来たの?」
「そうなんです。中学二年生の時にこちらに移住してきました」
「へー。そうだったんだぁー」
中二か。僕の家庭で色々とあった時期だな。それに、僕が色々と起こしてしまう時期でもある。
「ちょっと家の事情があったので、急遽こちらに、と言った感じですかね」
「家の事情、僕もあったよそういうの」
「お互い大変ですね」
「そうだね」
僕は水を飲んだ。
「引っ越してからも大変でしたよ。いろんな人にナンパされちゃいますし。でも、ちゃんと松風さんみたいに助けてくれる人もいたんですよ」
「前にもあったんだ、こういうの」
「はい。同じく駅でですね」
以前も、さっきみたいに絡まれたことがあったのか。しかも駅で。この子も大変だなぁ。
「僕も駅でちょっとしたトラブルを起こしちゃったことがあるんだよ。不良と喧嘩したんだ」
「駅で、不良と……。あ、あの! それって、いつ頃の出来事なんですか?」
「同じく中学二年の時かな。そうそう! その時も女の子が数人に囲まれててね……」
「数人、と言いますと具体的にどれくらいだったんですか?」
「三人だったよ。三人の不良が、女の子に絡んでて、僕が間に入って、まあトラブったという感じ」
氷室さんは、下を向いて少し考えていた。険しい顔になったり、首を傾げたり、僕の方をチラッと見たりと、落ち着きがなく忙しなかった。
バッと顔を上げると、一旦立ち上がってからトタトタと向かい側である僕のところに来た。少々長い椅子のため、まだ一人が座るくらいのスペースがある。氷室さんはそこに座るのかと思いきや、顔を僕の方に近づけてくる。
「あ、あの! 髪を上げて、お顔を確認させてもらえないでしょうか……!」
「え? あ、うん」
前髪を手で上げた。氷室さんの顔が近かった。
「あっ……! あぁっ……!」
ゆっくりと離れる氷室さん。よく見てみると、その目からは涙が溢れていた。
「あなたは……。あの時の……」
氷室さんがそう言った。僕の中にある引っかかるような違和感は、そこで消え失せた。全てに納得がいったからだった。
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氷室さん参戦。そして衝撃の事実発覚。
あと余談ですが、もうすぐで二十万字になりそうです。段々と近づいております。そして、終わりにも近づいていく……。
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