第74話

 古本市に参加してから三日が経つ。


 久しぶりに部屋の掃除をした。本棚にある大量の漫画や、サッカーの雑誌の断捨離をしていたのだ。中には小説や父さんがいつも読んでいる週刊誌が存在している。もうだいぶ古いものだから、捨てちゃってもいいかな。


「ん? これ……」


 ある一冊の漫画を見つけた。パラパラとめくって内容を確認すると、それは有名なサッカーの漫画であった。自分でも、こんなのを持っていたのか分からなかった。だって読んだ覚えはあるけど、買った覚えはなかったからだ。


 違和感を感じながら、裏表紙を見てみた。そこには『宵坂』という名前が書かれていた。


 僕は借りていたのだ。宵坂から。しかも、これはおそらく中学に借りていたものだ。僕の記憶が正しければ、そのくらいだと思う。


「ヤバいなぁー……。返しに行こう……」



 ****



「すみませんでした! 読んだ後にスッキリ綺麗に記憶から抹消されていました! ちゃっかりパクってました!」

「あー。別にいいぞ? もう読まないだろうし。てか、やるよそれ」

「え!? じゃあ僕ここに来た意味ないじゃん!」

「いや、ある。拓、今日暇だろ? どっか行こうぜ」

「たとえばどこに?」

「海とか」

「絶対やだ。暑い」

「じゃあ他にどこがあるってんだよ!」

「どこも行かない。それが一番いいんだ。じゃーな」


 前にも来たことがあるため、宵坂の家の場所は知っていた。部活動をしていない僕は、夏休み中は大抵暇なことがバレている。宵坂は『チェッ……』というなんか子どもみたいな舌打ちをした。遊びたすぎだろ、お前。どうせお前は課題が絶対に終わってないはずなんだから、それを先に済ませてから遊べ。


 しかしこの漫画をもらったはいいんだけど、読んだことあるしなぁ。それこそ、これを古本市で売り捌いた方が良かったのかもしれない。惜しいことをしたな。


 宵坂の家からは駅が近かった。時刻は正午、お腹も空いてきた頃だった。駅にある弁当屋さんで、何か買って帰ろうと思った。


「あ……」


 絡まれている女の子がいる。目の前でチャラチャラしてそうな男二人に詰め寄られているのが目に入った。どうしてこう、このようなものを目撃してしまうのだろうか。治安が悪いのではないか?


 とりあえず助けなきゃ。駅を歩く人は、ほとんど見ないふりをしていて、助けようとしていない。横を素通りしているだけだ。


「あっ! お待たせー! ごめんね、電話が長引いちゃってー! さっ、早くデートしよっか!」

「え、ちょっと……!」

「はあ? お前誰だよ?」

「誰って、彼氏ですが?」


 僕は女の子の耳元で『僕に合わせて』と伝える。女の子はコクリと頷いて、僕の後ろにサッと隠れた。その瞬間にパッと見た感じだと、かなり可愛い顔をしている。これはナンパされるのも当然かな。


 それに、この子どこかで……。


「俺ら、その子に用があるんだよ。少しだけ借りるだけなんだよ。邪魔だからどっか行け」

「できないですねぇ、デート中なんで! それじゃ!」


 僕は女の子の手を引いて歩き出した。男どもは惜しそうにして、その場から離れていった。


 女の子の手は震えていた。相当怖かったのだろう。自分よりも体の大きい男に言い寄られて、身の危険を感じて、誰も助けてくれなくて。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……。あの、ありがとうございました……」

「いえ、いいんですよ。困っているのが目に入ったので、助けただけですよ」

「本当に……ありがとうございます……。私、怖くて……」


 女の子は泣いてしまった。恐怖で声が出なくて、助けを呼べなかったというのが分かった。硬直して、どうしたらいいのか分からず、そして今、それがなくなり安心し、涙が溢れたのだ。


「う、うぇーん……!」

「大丈夫、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます……松風、さん……」

「え?」


 今、僕の名前を呼んだ。


「え、なんで僕の名字を……」

「だ、だって松風さんじゃないですか……。西条学園2年B組の松風拓さん。第一中学校出身の……」

「なんでそこまで知ってるの!? 僕達どこかで会いましたか!?」

「あっ……」


 後退りする僕。何かに気づいたような声を発した女の子。女の子は髪の毛を触り始めた。何やら髪型を変えている模様だった。


「あの、これで分かりますよね……?」


 僕は彼女を知っている。クラスメイトの女の子。本が好きで、あまり目立つことはない子である。僕の真後ろの席に座っている彼女は、いつも神木さんにちょっかいをかけられている僕を優しく見守っている。


「氷室さん!? 氷室さんだったの!?」

「はい。氷室です」


 氷室さん。むろしずくは僕の目の前にいた。


「本当にありがとうございます。あの、お礼に何かご飯でもご馳走させてください。もうお昼になりますし」

「いや、いいよ」

「いいえ! お礼させてください! というか、絶対にお礼します!」

「なんでそんなにお礼したがるのかは分からないけど、うん分かったよ」

「ありがとうございます! えへへ!」


 満面の笑みの氷室さんが可愛かった。それよりも、普通に氷室さんは可愛いのだ。目立たない子であるため、あまり注目されないが可愛い子だ。


 先ほどの髪型は、顔を全面的に強調していたのだ。現在は顔が隠れてしまいそうな髪型をしていて、いつもの氷室さんであることが伺える。


「それでは行きましょう!」

「う、うん……」


 僕は彼女に連れられて、ファミリーレストランに入った。




 ———————————————————————




 氷室さん登場。さあ、これからどうなるのでしょうかね。

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