第72話
休憩が長かった。その後も仕事はあった。古本市が終わり、みんながテントや出店のためのテーブルを片付けていた。僕も黒乃も、そして宵坂も、全員が協力してしまえば、この片付けも早く終わることだろう。
正午ほどではないが、残ったようなジメジメした暑さがあった。ギラギラとしていた太陽は、徐々に落ち着きを取り戻し、オレンジ色の夕陽に変わる。そこに肌を攻撃してくるような、強くて痛い日差しはない。やはり予定の時間よりも、少しだけ早く終わってしまった。
「拓、暇ならどっかのグラウンドでサッカーでもしようぜ。お前からボールを取れるかもしれないからな」
「おいおい、僕を甘く見るなよ? これでもまだ感覚は残ってるんだ。学校の球技大会の時以来だけどな」
「ほー。言ってくれるなー。絶対負けねぇからなー!」
「宵坂先輩だって、時々部活サボってるじゃないですか……。変わらないと思いますよ」
「それでも現役勢と引退勢では力に差があるはずだ! 上手さで言えば完全に拓の方だけど、俺も上達してんだよ! おら行くぞ!」
「分かったよ」
僕たちは、出身の第一中学に来た。そこのグラウンドでするらしい。まだ部活をしている最中だった。そのため中学生がボールを蹴り合っている。懐かしいな。
「ねえ、使っちゃいけないと思いますよ?」
「大丈夫だって! OBってことで、練習参加すれば良いってことよ!」
「通用しますかね?」
黒乃は首を傾げて、一度ため息をついた。というわけで、中学の部活動に乱入することができた。お世話になった監督からの許可も得ることができた。
「えっ!? お前、松風か!?」
「あ、はい。そうですけど」
「はぁー、変わったなー。おーい! 集合ー! お前らの先輩が来てんぞー!」
監督は部員を大きな声で呼んだ。すると瞬く間に周りに集まってきた。二年前に卒業したため、知っている顔が少なからずいる。それは三年生だけだった。
まだ引退していないということは、大会が残っているということか。僕たちが卒業してからの第一中学は強いのだろうか。おそらく強いはずだ。だって僕が指導したんだもん。そう信じざるを得ないのだ。
キャプテンらしき少年が一人、前に出て挨拶をした。
「お久しぶりです。宵坂先輩」
「おう、久しぶりー! 頑張ってるかー?」
「はい! 五十嵐さんも、卒業式以来ですね! 相変わらず綺麗ですね!」
「えっと……あなたは……」
「松風だ。先輩の名前忘れるとか失礼だな」
少年は驚いた後に、すぐに僕に謝罪してきた。
****
監督は、あまり自分で練習メニューを作らない人だった。部員に頼んで、自分たちでメニューを考えて、自主性を高めようとしていたのだ。
挨拶をしたあの少年は、僕が指導していた子だった。部員の中でズバ抜けて上手だと監督に言われていたため、後輩たちは決まって僕に教えてもらおうと頼んできた。
でも僕は、他の人とは違って甘くはなかった。慣れてしまえば全くキツくはないけれど、やはり最初は死ぬほどのものだったのかもしれない。だから、普段は優しいけど練習になると厳しくなる、と後輩たちには恐れられていたことがある。でも強くならるから感謝されることもしばしばあった。それは素直を嬉しかった。
少しだけボールを蹴るだけだと思っていたが、意外と本格的にサッカーをしてしまった。宵坂はかなりノリノリで練習に参加していた。僕からボールを取れるとかなんとかほざいていたけど、結局一度も取られなかったな。
時間も遅くなり、疲れた体を休めるためにも、楽しいことよりも帰宅を優先した。途中まで黒乃と歩き、後から一人で家に向かった。
家に入ると、固定電話から『プルルル』と電話がかかっていた。誰だろう。僕は急いで上がり、受話器を手に取る。お決まりのフレーズである『はい、もしもし』を繰り出し、会話がスタートした。
「……」
「え? もしもし?」
「ッ……。くっ……、ふっ……」
「へ? どなたですか?」
何も喋らない。僕は表示されている電話番号を見てみる。僕のよく知っている番号だった。
「姫? 何? どうしたの?」
「ッ……。くぅ〜〜〜〜〜!!!」
「また悶絶してるの? はあ……」
「あー! これヤバい! 久しぶりにお兄ちゃんの声聞くと、やっぱり疲れが一気に吹き飛ぶー!」
「僕の声にそんな成分は含まれてない」
「含まれてるよー! それはねー! 姫への愛って言うものだよ!」
「あ、ご飯作らなきゃ」
「……」
姫は、話を逸らされたのに不満だったのか無言になった。
「ん? それで、どうしたの?」
「はあ……。今、仕事でイライラしてるから、あんまり話とか逸らさないでね? いい? お兄ちゃん?」
今まで聞いた姫の声の中で、おそらく一番低くて本当にキレてそうな声だった。僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ご、ごめん……」
「ふふっ……」
「え?」
「ふふっ……! 嘘だよー! 演技でしたー! どう? やっぱり上手いでしょー!」
「……」
「ふふーん! お兄ちゃんが謝っててすっごく面白かったなー! バーカバーカ! お兄ちゃんがイジワルだからいけないんだぞー!」
「良かった……」
「良かった?」
「姫に嫌われたかと思った……」
僕がそう言うと、姫はまた黙ってしまった。恥ずかしくなったのだろう。大好きな兄が、自分に嫌われたくない、と思っているという事実を知ったのだから。
そうなると思ったのだ、僕は。だからそれを狙った。
「演技か……。良かった……」
「あの、お兄ちゃん……。姫もごめん……。なんか、ごめん……」
「プフッ……」
「え?」
「ははははっー! 確実に僕が悪いのに、姫も謝ってるじゃないかー! どうしたのかなぁー? もしかして恥ずかしくなっちゃったのかなぁー? それで悪い気がしたのかなぁー?」
「ぐぬぬ……!」
「でも、姫に嫌われたくないっていうのは、本当なんだよ……?」
優しくそう言うと、
「ッ……!」
という、不意打ちでもされたかのような音と、ガタッという椅子の音がした。
僕が推理するに、恥ずかしくなって顔を赤くして、椅子に足を抱えて座っている。さらに、抱えた足に埋めるようにして顔を隠しているはずだ。
フッ……。返り討ちにしてやったぜ。姫よ、100年早いのだよ……。
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クソほどどうでもいいので読まなくて大丈夫ですが、なんか書いておきたいので書きます。
『容疑者Xの献身』を読みました。それに映画も見ました。素晴らしい作品ですね、アレは。
という、本当にどうでもいい個人の感想でした!
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