第47話

 話しながら歩いていると、家に着くのはそう遅くはなかった。僕も白乃も神木さんも、三人全員が会話に夢中になり、時間と場所を忘れていたくらいだった。終始、白乃と神木さんは戦闘準備万端ですだったがな。


 神木さんは自分の家が、もうすぐで近いことに気づいた。


「もうここら辺かー。あ、そういえばアタシ、松風のチャットアカ持ってないや」

「うん。渡してないからね」

「渡してよ! それだと、松風とメールできないじゃん!」

「いや、だってあの時は渡せなかったし……」

「渡せなかった? どう言う意味?」

「ッ……」


 うろたえる白乃。神木さんの質問は難しい。そう。僕は渡せなかった。白乃の束縛があったため、チャットアカウントを他人に渡すと、自分の身に危険が及ぶからだった。


 バレないと思うだろ? 僕も最初はそうだった。でも白乃はそれが分かっていたのだろう。付き合いたてのころに、スマホの中に登録されているものを全て見せろと要求されたことがあった。緊急時のパスワードロックの解除を使い、洗いざらい確認された。その日は確か、手錠で監禁だったかな。あとベロチュー。


 こうなりたくないためにも、僕は姫とのメールや黒乃とのメールを家のタブレットでやっている。そのため、今のスマホの中に登録されているアカウントは白乃の物のみだ。


 電話帳も一緒だ。だから僕は全ての知り合いの電話番号を暗記しないといけない。姫のとか母のとか。


 横を見てみると、白乃が汗をかいているのが分かった。焦っているのか。


「はあ……。分かった、あげるよアカウント……」

「やったぁ! ありがとう、松風!」


 ドキッ。純粋な笑顔だった。


「んー? どうしたの?」

「い、いや、なんでもないよ……!」

「そう? ならいいけど。じゃあ早速交換しよ!」

「う、うん……」


 嬉しくてはしゃいでいる神木さんが可愛いのはなぜだろう。ここまでドキドキするのはどうしてだろう。純粋な笑顔を僕は……もっと見たいと思ってしまった。それは神木さんに限ったことではない。姫の笑顔も、黒乃の笑顔も。


 そして不敵ではない、今日の会議の時のような笑顔の白乃も。みんなの笑顔が僕は見たい。


 それを誤魔化すようにして、慌ててスマホをポケットから取り出す。白乃はそれを横目に『フンッ』と不満げに鼻を鳴らした。


「これで、こうして……。あれ? ここからどうするんだっけ?」

「神木さんって実はこういうの苦手? 意外」

「いいじゃない! わ、悪い?」

「いや別に? 僕がしてあげるから、それ貸してくれる?」

「うん」


 スイスイと操作してあげた。


「はい。これで登録完了だよ」

「わぁーい! これでいつでも連絡取れるね!」

「そうだね。試しに何か送ってよ」

「うん!」


 するとすぐに、そのチャット欄に文字が出てくる。


『大好きだよ、松風』


 という文面だった。送った当人である神木さんの方を見る。


「えへへ!」

「ッ……」


 可愛すぎるだろ、この子。



 ****



 着いたのは小さなマンション。この辺りはあまり来たことのないところだったから、少し新鮮だった。


「じゃあ、アタシここだから」

「うん。また明日」

「また明日! それと、五十嵐さん……」

「はい。何かしら?」

「絶対、松風に手出さないでよね」

「嫌です」

「はっ! まあいいわよ。どうせアタシが勝つんだし! 五十嵐さんはフラれたんだもんねー」

「ホントにイライラしてくるなー。ま、まあ? 今日は神木さんにイチャイチャさせてあげたってだけだし? フラれたから気まずいとかじゃないから!」

「フンッ!」

「ふんっ!」


 二人とも顔を背ける。喧嘩すんなって、全く……。


「もう行こうよ、たっくん。神木さん、私のことが嫌いみたい」


 早くこの二人を引き剥がさないとな。ここは白乃の手に乗ろう。


「じゃ、じゃあね神木さん!」

「うん! じゃあね、松風!」


 ドキッ。また笑顔。僕の鼓動が強くなった。


 神木さんと別れてからは、もう少し歩かなければならない。彼女とは出身中学が違うから、当然っちゃ当然だ。


「はあ……」


 僕はため息を漏らした。なんなんだ、あの子は。そして、あの子の笑顔の破壊力というのは。今日の僕は彼女に赤面させられすぎだ。


 見られるのが恥ずかしくて、顔を覆っているのを白乃は見逃さなかった。


「ゔぅ〜〜〜〜〜」

「な、何? 獣みたいな声出してるけど」

「顔赤い!」


 バレるんかい。恥ずかしい。


「フンッ! ホントにイライラする!」

「いや、だって神木さんが可愛すぎるんだもん」

「あー! もう! 神木さんのせいで、私がイチャイチャできなかった!」

「したかったの?」

「そりゃあね!」

「気まずいのに?」

「気まずいけどね!」


 そう質問する僕も気まずい。昨日のことで、白乃に嫌悪感を抱かれなかったか心配だったのだ。でも、白乃は僕にバンバン積極的に話しかけてくるし、意外と気にしていないのかも、とか思ってしまった。


 しかし、やり過ぎたとは思っている。


「……その、ごめん白乃」

「え?」

「昨日のこと……ちょっとやり過ぎたかなって……。だから、ごめん」

「別にいいよ。逆にありがとう」

「……」

「たっくんが怒られなかったら、私はずっとたっくんを傷つけていたのかもしれなかったから。だから、ありがとう気付かせてくれて」


 沈黙が僕たちを包み込む。すると……。


「あと……ああいうの、結構好きかも……。今までで、一番気持ちよくなったから……」

「へ?」

「悪くないね支配されるのって……。ゾクゾクきて、すごく良い……。くせになりそう……」


 やっぱり白乃は何かが変わった。性的嗜好とかが……。

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