第42話

 食事を終えて、家に帰った。ああ、もう仕事に戻るのか。僕以外の三人の家族は、この家からいなくなってしまう。


 また一人か。僕はまた一人で過ごすことになるのか。何もなく、ただ同じことの繰り返しの日常が、またやってくるのか。慣れているから、なんて誤魔化してもやっぱり自分には寂しいというものがあるらしい。それくらい僕は家族が大切で、大好きなんだ。


 いつも厳しい父さんも(僕にだけ)。いつも優しい母さんも。いつも抱きついてくる姫も(僕にだけ)。大切で、大好きだ。


「姫ちゃん、荷物は全部積んだ?」

「うん! これで全部! 姫、キャリーバッグしか持ってきてないしね!」

「それなら安心。よし、もうすぐ出発かな。多分、明日の朝くらいには着くと思うよ」

「オッケー! 撮影にも間に合うと思う!」


 やけに元気に話す姫。これから仕事に戻るというのを、とても楽しそうにしている。まるで僕と別れることなんて、なんとも思ってないようだった。


「……姫ちゃん?」

「ん? 何、お父さん?」

「無理してない?」

「な、何が?」

「すっごく元気だけど……もしかして、拓と別れるのが寂しい?」

「ッ……!?」


 ギクリ。おそらくそんな感じだろう。核心を突く父の言葉は、平気そうな姫を動揺させる。


「さ、寂しい、なんて……! そんな、ことっ……!」

「姫……。無理しなくていいぞ……」

「うっ……! うぅっ……! うわぁぁぁぁん! 嫌だよぉ……! お兄ちゃんとずっと一緒にいたいよぉ……!」


 僕は玄関の前で泣く姫を強く抱きしめた。


「うぅっ……! 嫌だぁ……!」


 胸の中で嗚咽が聞こえる。僕はただ、彼女を抱きしめているだけだった。


 だが姫は、だんだんと落ち着いていく。


「ひっく……。お兄ちゃん……!」

「大丈夫? まだ泣いてる?」

「泣いてる……」

「うーん。そんなに寂しい?」

「寂しい……」

「僕もだよ……」

「もう無理……。こんなに大好きな人に抱きしめてもらってると、もっと寂しくなっちゃう……」

「そんなー」


 だいぶいつもの感じになってきた。それでもなお、僕と別れるのは嫌らしい。


 こんなにこんなに、僕は姫に好かれて、愛されているのか。今ごろだけど、それを悟った。


「お兄ちゃんのせい……」

「へ?」

「お兄ちゃんがこうやって姫に優しくするから、姫はこんなに寂しくなって、泣いちゃうんだぞ! 全部お兄ちゃんのせいだ!」

「は、はい……」


 僕は黙って認める。


「……なので、罰を与えます」

「え、罰?」

「そう。罰です」

「なんの罰なのかな?」

「問題。姫はお兄ちゃんのことが大好きです」

「いきなりクイズが始まったんだけど……」

「黙って聞きなさい」

「は、はい……」


 泣いていたせいで、目が赤くなっている姫の圧に対抗できない。多分、僕は今、彼女に主導権を握られていることだろう。完全に彼女のペースだ。


「……では、お兄ちゃんは姫のことをどう思っているでしょうか!」

「家族」

「そうじゃなくて! 姫のことを人としてどう思っているのか!」

「可愛い、とか?」

「正解! そう! そんな感じ!」

「これに正解なんてあるのか?」

「あるんです!」


 さっきまで泣いていた姫とは違う。いつも通りの姫になっている。


「さあ! 他はどう?」

「えーっと……」

「うんうん!」

「優しい、とか?」

「それもある!」

「それもあるってなんだ」

「他には他には?」


 おそらく僕の口から言わせようとしている言葉は、問題の文に入っていたことだろう。どう思っているか、は


 あの時、父さんに聞かれたけど誤魔化したこともある。


 でもそれは、まだ僕には言えないことだったんだ。僕の周りの女の子たちが、あの時思い浮かんだんだ。


 そして、僕にはまだやるべきことがある。それを終わらせないと、僕は彼女たちに対する想いを、伝えられない……。


 だから僕は、もっとロマンチックな言葉を使う。どう捉えるかは分からないけど。


「姫……」

「うん! 何ー?」

「姫もだよ!」


 姫はまた僕に抱きついてきて、


「うわぁぁぁぁん! 寂しいよぉ……!」


 と、また泣き出した。


「よしよし」

「姫ちゃん、もう行こうか」

「待ってお父さん! あと一分! いや、二分! 違う、五分!」

「いいよ。もうちょっとだけそうしてて……」


 父さんと母さんは先に車に乗った。


「姫? もう五分じゃない?」

「まだまだ!」

「父さんたちが待ってるよ? いいの?」

「いいの! どうせ怒らないし!」

「はあ……。父さんのことをなんだと思ってんだよ……」

「優しいお父さん!」

「僕には厳しい人にしか思えないけどね」


 僕がそう言うと、姫は顔を近づけてきた。これは完全にキスの体勢。


「最後だよ? いい?」

「うん! ディープで!」

「はあ……。分かったよ……」


 そっと、優しく唇を重ねた。舌もいやらしく絡ませる。


「プハッ。じゃあね!」

「うん。じゃあね」

「次に帰ってきたらエッチしようね!」

「外でそんなことを言うな!」

「えへへ!」


 笑顔のまま、車のドアをバタンと閉める。窓から僕に対して手を振りながら、その車は走り出した。


 こうして、僕の短くて長い休日は終わったのだ。明日からまた学校があり、体育祭の会議もあり、何より神木さんの相手をしなくちゃ。彼女の告白の返事もある。


 よし、頑張ろう。そう決意した。



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 ここまで修正しましたぞい。めちゃくちゃ長い時間かかりまくったうえに対して修正もそこまでやってないというのが……。更新遅れて申し訳ないですね……。

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