第40話
時間が経って、姫の部屋に戻ってきた。
明日からもう各々の仕事に戻るらしい。だから今日が一緒にいられる僅かな時間。今夜は高級なディナーを家族全員で楽しむ。その前に、姫をどうにかしないと。この子の、グデーンとしてベッドに疲れて寝ている姿を見ると、やはり困ってしまう。
まあ、こうさせたの僕なんだけどね。あれからずっと寝ていたのか。僕がそばから離れても、ずっと。母さんに『呼んできて』と言われて僕が動かなかったら、多分起きることはなかっただろうな。
もうすぐで出発の時間の七時となる。早くしないと。
僕は姫の体を揺すってみる。
「ん、んんぅ……」
「もうすぐ時間だよ。起きろよ、姫」
「ん、んぅ? あ、お兄ちゃん……」
「ほら、起きて」
「んんぅ!」
「あ、ちょっ。おい、隠れるなよ」
布団の中に潜り込む姫。動きが虫みたいだった。
モゾモゾとしている姫をまた揺する。
「おーい。起きろ」
「うー! 気持ち悪い!」
「はあ……。あのな、母さんたちが出かけるって言ってるんだよ。なんでそんなに隠れることがあるんだよ」
「今、お兄ちゃんの顔まともに見れないから……」
「うぐ……」
なーんか昨日、キスされた直後に僕が姫に対してそう思っていたような、思ってなかったような。まあなんにせよ、そんなことを直接言うものだから、こちらとしても反応が難しい。どんな対応をするべきなのか分からない。ただ恥ずかしく思うだけだ。
少し僕の動きが止まり、姫の潜り込みを許してしまう。ガサガサモゾモゾ。そんな音がする。
停止状態から我に帰る。僕は無理やり布団を剥がすことにした。
バッと剥がすと、姫の綺麗な体があらわになる。なんで綺麗なのかは、服を着ていなかったからだ。完全な裸体。昨日の朝に一度見ているから、そんなにびっくりはしない。
「はい、服着て。早く」
「ん……」
「下着は流石に着用しような。ほら、起きて」
「んぅ……」
全く苦しそうではなかったが、うずくまっている姿を心配する。
「姫、どうしたの?」
「お兄ちゃん……。ごめんけど、ティッシュ持ってきて……」
「え? うん……」
近くにあるティッシュを手にし、姫に渡した。
「ん、ありがと……」
「鼻、かむのか?」
「ううん……。もっと大事なところを拭くの……」
「大事なところ?」
僕がそう聞くと、何やら『クチュリ』といやらしい音がする。でもそれは徐々に小さくなっていった。姫の言う大事なところか。濡れてて気持ち悪かったのかな。
「ねえ……。お兄ちゃん……?」
「何?」
「しんどい」
「う、うん……」
「あのあと寝たけどさ、お兄ちゃんが部屋から出て、姫は起きたの。それでね……」
ゴクリと唾を飲み込む。もしかして……。
「お兄ちゃんのこと考えながら……」
僕はまた停止状態に陥った。
****
リビングに家族が揃った。降りてきた姫は、さっきまでとはすごい変わりようではしゃいでいた。それには理由がある。
「さあ! お出かけお出かけ!」
「姫ちゃん、やけに元気だね。何かいいことでもあったのかい?」
「うん! キスしたからね!」
「たしかにキスしてたね。しかも拓の知り合いの目の前で。あんまりああいうことは、しない方が……」
「え? 違うよ?」
「違うとは?」
「さっきしたの! 姫が布団から出たがらなかったから、お兄ちゃんが『キスしたら起きる?』って聞いてきたの! それでしたの!」
「なるほどな……。色々と部屋でしていたんだね……」
「うん!」
元気のいい返事をして、僕に抱きついてくる。ぎゅーっと強く、父さんに見られながらも抱きついてくる。フニフニと胸が当たっているのが分かる。いやらしいゲームの時に僕が触ったのと同じ柔らかさだ。
姫は抱きついたまま、顔を押し付けて、僕の匂いを嗅いでくる。
「ん〜〜〜! 姫、お兄ちゃんの匂い大好き! というかお兄ちゃんの全てが好き! 大好き!」
「やめてくれ」
「むぅ! やめないもん!」
「はあ……」
グリグリとされると、なんか痛いんだよ。あと、なんでそんなにしてくるんだよ。
「なあ、もういいだろ? 離れて……」
「ぎゅーーーっ!」
もっと強く抱きしめてきた。
「ほら! 拓も抱きしめたら? 明日にはできないのよ?」
「母さん……」
「愛する妹であり、人気女優である姫と抱き合うなんて機会、なかなかないんだよ?」
「僕はもうキスもしてるんだけど? それに明日からの撮影が終わったら戻ってくるんでしょ? 活動休止して」
「たしかに! なら、いつでも抱き合えるし、キスもできるし、子作りもできるわね!」
急に子作りとか言い出すな。まあ、両親からの許しをもらっているけれど、僕がそんなことをしてもいいのだろうか。もし子供ができたら、どうやって育てるんだよ。
いや、考え過ぎか。そもそもエッチなんてしなければいいだけのことだ。
というか、みんな出発したがらないんだな。父さんと母さんは、姫が僕に抱きついている光景をずっと眺めているんだけど。
「ねえ、早く出ない? 予約してるんじゃないの?」
「あ、そうだった。姫ちゃんと拓との間にできる子、すなわち孫の顔を想像していたよ」
「想像するな! 僕たちがエッチするなんて決まってることじゃないし!」
「いや、絶対するだろ。拓は」
「なんでそう言い切れるのさ?」
「だって拓……姫ちゃんのこと好きだろ?」
「さあ、もう早く行こうよ!」
僕は、父の問いかけが聞こえていないふりをした。
僕は誤魔化したのだ。
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