第38話

「クッソ! どこいるんだよ! 早く見つけなきゃいけないのに!」


 僕は家を飛び出して、やばいものを目撃してしまった神木さんを探していた。近所の周りにもいないし、本当にどこに行ったんだよ。さっきの短時間で遠くにはいけないから、流石に近くにいるはずだと思うんだけどな。


 あっ! あそこの自販機周辺はどうだろう。まだ見ていなかったな。


 二分ほど歩いていくと、


「あ、」


 自販機の横で体育座りしている人を発見した。ちょうど太陽の光が自販機で隠れているため日陰になっている。


 体格からして女性。半袖半ズボン。いかにも涼しそうだ。さっきチラッと見たけど、神木さんの服もこんな感じだった。


 僕はその人に近づいてみる。


「ん?」


 その人の座っている横には、グレープの缶ジュースが置いてあった。絶対この自販機で買ったやつだな。それにこのジュース、昨日僕が神木さんに買わされたやつだ。


 この人が誰だかもう分かる。


「あのー、神木さん?」

「ん……? ああ、松風か……」

「えっと……。お話があるんだけどさ、ちょっと僕の家に来てよ」

「うん。アタシも色々と聞きたいし。『亜城木姫』のこととかさ」

「うっ……」

「ま、それじゃ、松風の家にお邪魔しようかな」


 体育座りの神木さんは、いきなり僕の手を取り立ち上がる。そのまま僕と手を繋いで歩き出した。



 ****



 すっごい重っ苦しい空気だ。原因は父だろうけど。父の圧がものすごい。それはもう非常にな。神木さんは、僕が睨んでビビらせる時よりも体が小さくなっている気がする。このまま押しつぶされそうなんだけど。大丈夫かな。


「か、神木玲奈です……。松風拓くんのクラスメイトです……」

「あ、自己紹介しますね! 私は『亜城木巫女』と言います! そちらの松風拓くんのお母さんやってまーす!」

「は、はい……。ぞ、存じております……」

「それとこの子が私の娘の『亜城木姫』でーす! 拓くんの妹やってまーす!」

「お、同じく存じております……」

「そして私が『松風拓也』だ。拓の父だ」

「……」

「どうしたのかね?」

「多分、父さんの顔が怖いんだと思うよ」

「お前は黙れ」

「ごめんなさい」


 いや、黙れって……。代弁したのに……。


「先程、巫女さんがした自己紹介の通り、実は兄妹なんだ」

「へ、へぇ……。すごい……」

「それで、単刀直入に言う。絶対に他言しないと約束してほしい」

「なぜ、です?」

「君が全てをバラしてしまうと、被害を受けてしまうのさ。そこの拓がね」

「え……」

「噂程度で収まるならいいのだが、他の人から反感を買ってしまうかもしれないからね」


 神木さんは何かを察したようだった。


「それを発端に色々と拓にしてくる奴らが現れる可能性も出てくる。そうだね、最悪の場合リンチとか」


 リンチ。その言葉を聞いて、神木さんはもっと強ばる。暴力の光景を想像したのか、恐怖で少し震えたのが分かった。


「拓は喧嘩が強いから、大丈夫だと思うけど。まあ要するに、そんなことをさせないためだよ」

「はい。絶対に誰にも言いません」

「本当かい? 根拠は?」

「だってアタシ……。この人に対して、好意を抱いていますので……」


 あ、言った。言ったわこの子。


「ふむ、なるほど。貴重な時間をありがとね。話は終わりだよ。怖かったよね? ごめんね、高圧的にしちゃって!」


 手を合わせて笑顔で謝る父。さっきまでの怖い顔がすぐにほぐれた。


「い、いえ……。それじゃあ、アタシはもう……」

「ちょっと待ってください!」

「え?」


 姫は神木さんに待ったをかける。それに反応して、帰ろうとしている神木さんは足を止めた。


「な、何か?」

「今、なんて言いました? お兄ちゃんに対して、好意を抱いている、と言っていましたよね?」

「え、ええ。そう、よ……?」

「お兄ちゃんのこと好きなんですか?」

「そうよ! アタシはね、姫ちゃん、あなたのお兄ちゃんが大好きなの!」


 姫は頬を膨らませて、神木さんのマウントに対抗する


「むむぅ! 姫の方が何倍も好きなんです! 絶対に姫の方がお兄ちゃんへの愛が大きいんです!」


 するといきなり、姫は僕の腕に抱きついてきた。それに驚く神木さん。僕も咄嗟のことで驚く。


「ほーらっ! 姫はいつでもイチャイチャできるんですよー! 羨ましいでしょー!」


 仕事が休みの時だけな。この休日だけな。


「ふん! アタシなんて、いつも学校でイチャイチャしてるし!」


 おいやめろ。いらんことを言うな。


「なっ!? お兄ちゃん! この人と学校で何してるの!」

「い、いや……。その……」

「胸だって揉んでもらったわよ! しかも学校でね! どう? すごいでしょ!」


 だーっ! なんでそんなことまで言うんだよーっ!


「は、はあ!?」

「ねえ神木さん! もうやめてよ! 父さんと姫の僕に対するヘイトが溜まり過ぎてる!」


 背後でゴゴゴ、とでもなっているような、ただならぬ恐ろしい気配を感じる。別にじゃないんだよ! 父さんが思ってるような卑猥なことは全くないんだ! いや揉んだけど! 揉まされたけど!


 姫のイライラしてるのか頭に血が上っている。顔が赤いのだ。頬もすごく膨らんでるし。可愛いな、それ。


「じゃ、じゃあ! キ、キスは……したんですか?」

「え、キス? まだ、してない……」

「なーんだ!」


 姫は、今度は僕の襟元を掴んできた。そして自分の方に引き寄せる。そのまま僕の唇を、


「チュッ……」


 奪った。


 当然、神木さんはそれを止めに入る。


「な、何やってんのぉぉぉぉお!!!」

「何って、キスですけど?」

「それは知ってる! 兄妹なんだよ? 兄妹でキスなんて……!」

「え? だって姫とお兄ちゃんは———ッ!?」


 姫の口を塞ぐ。


 僕は、姫が次に発する言葉を出させない。絶対に。これだけは絶対に知られてはならないことだ。血が繋がっていないことは、何がなんでも知られてはならない。


「な、なんでもないよ神木さん!」

「むむぅ!」

「あ、僕が送るからさ……」

「松風のバカ! 意味わかんない!」


 そして、神木さんは走って帰っていった。


 もしかしたら、明日噂になってるかも。死んだな。てか、家に呼んだ意味ないじゃん!


「えへへ!」


 おい姫。なんでも笑顔で許されると思うなよ。父の説教のあとに、たっぷりとわからせてやろう。

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