第37話

 まだ胸の感触が残っている。柔らかくて、生暖かくて、もうなんか色々とすごかった。神木さんのを触って、最近はだんだんとそれが薄れていっていたというのに。


 握ったり開いたりしても何も変わることはない。やりすぎたという少しの後悔と、柔らかい白乃の胸。それがずっと僕の中でとどまっているのだ。


 白乃は自分で手錠を外せたかな。もしあのままだったらどうするんだろう。心配しながらも、僕は歩くのを止めない。また、歩いてきた道を戻る気もない。


 自分の家に帰ってきた。インターホンのボタンを押すと、すぐに玄関の鍵を開けられる。僕は扉を手前に引いて、家に帰宅する。


「おかえり、お兄ちゃん」

「うん。ただいま」

「どこ行ってたの?」

「白……」

「ん?」


 言っていいのだろうか。また姫が『エッチする!』とか言いだすんじゃないだろうか。どうしよう。


「えっと……」


 僕が迷っていると、急に姫はリビングの方へ、トタトタと走っていった。なんだ? 僕の方を見て、行ってしまったけど、もしかして……。


 でもすぐにその理由が分かった。くるりと後ろを向いてみる。


「え、神木さん……。どうしてここに……」


 まさか、姫のこと見られたか……? どうだろう。返答がないため、何も測れない。有名女優がこんなところにいるなんて、驚くことだろうな。そのせいで声が出ないのかも。


「……」

「神木さん?」

「……」

「おーい」

「なん、で、亜城木、姫、ちゃん、が、この家、に、いる、の……」


 あちゃー。しっかりと見られてた。ドンマイ、姫。どうにかして誤魔化さないと。いやこれ誤魔化せるか? 無理だろ。


「あー……。えっとー……。これには深いわけがあってね……」

「う、うん……」


 なんか、壊れたロボットみたいになってるんだけど……。


 またトタトタという足音がする。いや、ドタドタというのが正しいか。焦っているような足取りだ。当たってると思うけど、多分、親だな。


 リビングから人が出てくる。一人。男の人だ。


 出てきたと同時に、僕は、


「すみませんでした! 一生の不覚でしたぁぁぁぁあ!」


 叫ぶようにそう言って、手を下に八の字について、頭を下げた。しかも玄関でな。少なからず存在する砂のせいでちょっと手が痛い。それでも、深々と、本当に申し訳なく思っているのを表現するために僕はする。そのあとチラッと父の顔を伺う。


「は?」


 うわー。めっちゃ怒ってるー。こわーい。


 ガタイもガッチリとしていて、身長も高く、それに眼力がすごい。なおかつ髭も生やしているため、初見の人は少し怖がることだろう。それは父も気にしていることだ。


 でも、いつもヘラヘラしてるギャルっぽい神木さんは、別に怖がることなんて……。


「い、いえ……! そ、その……!」


 めっちゃ怖がってるー。


「ア、アタシ……! 何にも見てないですから!」

「あ、ちょっ! 神木さん!」


 彼女は逃げ出した。というわけで、僕と父の二人が玄関にいるという状況。


 絶対に怒られる。僕も逃げ出そうかな。



 ****



 リビングで正座をしている。目の前には家族三人がいる。父の鬼のような形相は、未だに変わっていない。


「あーあ。お兄ちゃんのせいでスクープになったらどうするのかなぁー。姫の仕事なくなっちゃうかもねー」

「い、いや……」

「終わったな。おい拓、どうするんだ? どうにかして口止めをしないといけないぞ?」


 次から次へと、やるべきことが増えていく。神木さんのとこに行って、直接事情を……。


「ねえ、ちゃんと反省してるの?」

「あ、はい……。あの、はい……反省、してます……」

「もし本当に仕事なくなったらどうするの? ねえ、どうするの?」

「もしそうなったら……。、とります……」


 僕がそう言うと、姫はニヤリと笑った。


「言ったね? お兄ちゃん今、責任とるって言ったよね? ねえ、お父さんもお母さんも聞いてたよね?」

「ああ。たしかに言った」

「具体的に、どう責任取るの?」

「えっと……。姫の言うことをなんでも聞く、かな……」

「じゃあエッチもしてくれるの?」

「「は?」」


 僕と父の声が重なった。僕たち親子二人の困惑の声の他にも、母さんの『きゃー』という声も重なった。


「え?」

「だ、か、ら! なんでも言うこと聞くのなら、当然エッチもできるよね?」

「もしスクープで取り上げられたらの話だけどね」

「ふーん。じゃあ自分からマスコミに色々ばら撒くね。血の繋がっていない兄がいるって」

「え、何言ってんの!? ダメダメそんなことしちゃ! 仕事なくなるぞ!」


 携帯を取り出している姫を見て、本気だということを確信する。マズい。そんなことしたら、僕も姫もネットで大炎上だ。


「いいよ。お兄ちゃんとエッチできるなら仕事なんてどうでもいい。……あっ! ちょっとお父さん! スマホ取らないでよ!」


 あ、父さんナイス!


「子役の頃から頑張ってきたんだろう? これまで積み重ねてきたことを、私の息子の体のために捨てるのかい?」

「姫はそれくらいお兄ちゃんが好きなの! 一人の男の子として、ちゃんと好きなの!」


 駄々をこねる姫。まるで子供のよう。駄々をこねる内容はアダルトだがな。


「それは十分理解してる。拓に対して特別な感情を抱いているのは私も知ってる。でも、まだ撮影が残ってるはずだ。それを終えて、活動休止にすれば、拓と何度でも体を重ねていいから。でも仕事を失ってはいけないんだよ?」

「んぅ……! 分かった……」

「はあ……。良かった……」


 いや、何が良かったんだよ! 何も良くないよ! むしろ面倒なことが増えただけだよ!


 なんだよ活動休止って! 父さん、完全に攻略されてんじゃん! 両親公認になっちゃったじゃん! ダメなんだよ、それだと! 訳分かんねぇよ!


「とりあえず良かったわね、姫!」

「うん! やっぱりお父さんって姫に優しい!」

「えへへ……。そうかなぁ……?」


 何デレデレしてんだ! もう話についていけない!


「じゃ、じゃあ僕、神木さんに口止めをしないといけないから、今すぐ行くね!」


 その場から逃げるように、僕は家を出た。そして神木さんの後を追ったのだった。


 まだ近くにいるはず。絶対逃さん。いや、逃がしても逃さなくても、どのみち僕は姫と体の関係になるかもしれないんだけどね。


 それに、僕の父って意外と押しに弱いのかもしれない。僕の童貞はどうなるのだろうか。



———————————————————————



 姉線香です。


 あんまりイチャイチャしませんでしたね。すみません。


 でも父攻略しましたね。良かったですね、姫ちゃん。

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