第34話
僕の買ってきたスポーツドリンクを飲んだあと、姫はそのままぐっすりと寝て、起きた頃には日付けが変わっていたという。昨日の姫の容態から、日曜日である今日は家族でゆっくりと過ごすことになった。
リラックス、と言いたいところだが、僕には一つ気がかりなことがあった。白乃のことだ。多分、僕の家に突撃してくると思う。いや、絶対凸ってくるはずだ。これは確信に近い。流石に昨日鉢合わせたのはヤバかったからな。白乃はずっと溜め込んできたであろう『欲』を一気に放出するのではないかな。
だが好都合。どのみち僕は白乃と話がしたかった。そうだな。先に言っておくが、本日、白乃を分からせようと思う。また後日機会があればのつもりだったが、今日決行する。姫のおかげで逆転するアイテムも手に入ったことだし、正解だと思う。
白乃には悪いが、少し怖がってというか、僕の行動制限をやめさせて、ついでに屈服させる。自分でも過激なことだと気付いているが、白乃はこうしないと分かってくれないだろうからな。まあ、無理やり分からせるけど……。
僕はアプリを開き、白乃とのメールの欄を見てみる。昨日から何通もメールが来ている。着信だってそうだ。マナーモードにしてガン無視きめてたから、何も知らされることはなかった。
『たっくん? 無視したね?』
メール欄を見ると、自動的に既読の文字がつく。白乃はそれを確認して、すぐに僕に確認のメールを送ってきた。
ブー、ブー。電話がかかってくる。
「もしもし」
「たっくん? 今すぐに、私の部屋に来てね? 絶対だよ?」
「分かった。僕も白乃に謝りたかったからさ……」
謝る。便利な言葉だ。嘘をついて、僕は白乃の機嫌をうかがう。
「ッ……。そ、そうなの? まあ、許さないけどね」
「僕は白乃に許してもらうなら、なんでもするよ」
「なんでも、ね」
「うん。なんでも」
「そうだなー。私ね、昨日のことですっごい怒ったんだよねー」
「……」
「じゃあ……。もう分かってると思うけど……。私はたっくんと一つになりたいの……」
「今から向かうよ……」
「うん! 待ってるね! 気絶するまでイかせてあげるから!」
その言葉で白乃は電話を切った。
気絶するまで、か。どんなテクニックを使うんだろうな。まあ、僕には効かないと思うけど。だって、そんなテクニックを使わせないからな。
『イかせる』と言っているのに、逆に自分が抵抗もできず、なすすべなく拘束されて、メチャクチャに『イかせられたら』どんな顔をするのかな。僕がされてきたことを全て白乃には返すつもりだ。それも、何倍もキツく。
昨日、姫の部屋から拝借してきたあのドリンクを持って、白乃の家につく向かうために足を動かした。
****
着いたか。ガレージが空いているが車はない。ご両親は出かけているのかな。それは都合がいいのだが、問題は黒乃だ。彼女がいると厄介だ。白乃の部屋で何をしているのか知りたがる彼女をどうすれば……。まあでも、なんとかなるだろう。こういう時はゴリ押しだ。
白乃の家の前で考えていると、僕の気配を感じたのか、ガチャリと玄関の扉が誰かによって開かれた。それは部屋着を着ている白乃だった。
「あ、たっくんおはよう」
「うん。おはよう……」
僕は軽く頷く。
「さ、入って入って」
そう促され、玄関に入るが僕は立ち止まる。
「ん? 黒乃の靴が無いね」
「黒乃は今、塾だよ。それよりもたっくん? 他の女の名前出さないでよ」
塾か。つまりこの家には白乃との僕だけということだ。今日はついてる。なんとも信じがたいほどに、運がいい。
「うん。ごめん。それと白乃。トイレに行ってもいいかな?」
「え? いいよ? じゃあ私は部屋で待ってるね?」
「分かった。すぐに終わるから……」
トタトタと階段を上がる白乃。一方、僕はトイレに入り、自分のポケットに入っているドリンクを取り出す。そしてそれを開けて、液を口に含んだ。やはり薬品のような味だ。
それが終わった後に、僕は部屋に向かう。うまくいくだろうか。少しドキドキする。
扉を開けた。
「たっくんって、童貞でしょ?」
コクリと頷く。
「ホントに童貞でしょ?」
また頷く。なんの質問してんだよ。
「そうだね。じゃあエッチしよっか」
「……」
「まあ、まずはキスからだよね……」
「……」
「こっち向いて……」
僕の顔を持って、自分に集中させる。そんなに強く頬を押さえていると吹き出ちゃうからやめてほしい。
すると白乃は僕の唇を舐めてきた。ただ、舐めるだけだ。舌を出してやっていると、自販機で会った神木さんを思い出す。
「れろ……。はあ……。じゃ、いくよ?」
「……」
「んっ、ちゅっ……」
今度は唇を重ねるだけ。まだ舌は入れてこない。
「ちゅっ……。それじゃあ、キスするね?」
「……」
口を小さく『あーん』とした。先ほど見せた舌がのびている。唾液も絡んで、実にいやらしい。
「んっ、ちゅっ……」
最初は重ねて、徐々に僕の口をこじ開ける。そして舌を入れてくるのだ。
「ちゅっ……」
僕は後ろから手を回して、白乃の頭を押さえる。離れないようにしているのだ。
白乃自身は、おそらく『僕がキスしたい』と思っていると感じているのだろう。だが違う。これは逃がさないためだ。
「ん、んふふ……」
「……」
ここだ。
「んっ、ちゅっ……———ッ!?」
僕は一気に流し込む。口に含んでいたドリンクを、白乃の口の中に。逃がさない。離れさせない。
全て口移しをしても、離さない。完全に飲み込むまで、絶対に。
何が起こっているのか分からないだろう。僕から離れるために胸を押そうとしても、離れない。
「んっ!? ふっ!?」
そして……。
「んっ!? んく……。んく……。ごく……」
そんな喉の音が聞こえてきた。
「ぷはっ! はあはあ……」
「ごめんね、白乃」
「な、にを……飲ませ、たの……?」
「ただのドリンクさ。栄養ドリンク」
「ド、リンク……?」
「そう。即効性らしいんだけどね、効いてくるまで体は正常に動くみたいだから拘束するよ」
「話をしたいんじゃ、ない、の……?」
「そうだよ? エッチをしにきたわけじゃない」
「ま、待って……」
白乃は棚の引き出しを、自らの体で隠した。
「紐とかでもいいんだけどさ、やっぱり手錠が一番だよね」
「だめ……!」
「その引き出しでしょ? どいてくれる?」
「だ、だめ……」
「どけよ」
白乃をベッドに投げ飛ばす。
「きゃっ。うぅ……」
「ほらね。……って、ん?」
その引き出しの中には、電気マッサージ機やローション、よだれ玉などが入っていた。あと、もう一つ同じ手錠があった。
「へえ。こんなの持ってたんだね」
「う……」
「おっと、鍵を閉めていなかった。危ない危ない」
カチャリと部屋の鍵を閉めて、そのままベッドの上で横たわっている白乃の方へ行く。
「やだ……。やめて……!」
「なんで? 別にいいじゃん」
またカチャリと鳴った。でも、これだと手を縛っただけだし、なにより逃げられてしまう。この部屋から出ないようにしなければな。
もう一つある手錠を使って、ベッドの鉄の柱に取り付けた。これで拘束はできた。
「はあはあ……」
「何? 白乃、どうしたの? 顔赤いよ?」
効いてきたか。
「はあはあ……」
「プフッ……。白乃、電話で言ってたよね? 気絶させるって……」
「うぅ……」
後ろで手を拘束されて、座ったまま僕を見つめる白乃。股は閉じている。
「大丈夫。安心して。悪いようにはしないしないからさ」
その言葉を誰も信じはしないだろう。ナンパをする男が言うセリフなんて、信用ならない。
今、白乃にはあるのは明確な恐怖だ。僕に対する恐怖。それがある。分からせるにはちょうどいい。神木さんの時もそうだったし。
「白乃?」
「な、なに……?」
少し間をおいてから僕は言う。
「君は少しやりすぎたんだよ」
僕の声やトーン、それらを彼女は全身で感じ取っていた。恐怖心が見える。白乃の顔はより一層こわばった。
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