第33話

 姫の容態について話をする。


「ねえ父さん。姫が熱を出したらしいよ。だから今、部屋で寝てる」

「何っ!? 本当か!?」

「暑いって言ってたからね。そのせいで、車の中は元気なかったんじゃないかな?」

「ふむ。たしかに……」


 本当は熱じゃなくて、性欲の増大による一時的なものなんだけどね。ドリンクの効果が切れるまで、休ませておくための口実だ。


「じゃあ、拓が看病しに行ったらいいじゃない!」

「え? 僕が、姫の看病ですか?」

「絶対にダメだぁぁぁぁあ!!!」

「えー? いいじゃない、拓也たくやさん」


 拓也とは僕の父の名だ。


「絶対ダメだ! 二人でいかがわしいことするに決まってるだろ!」

「別にそれくらい許してあげましょうよ。私は孫ができるのが楽しみだもの!」

「え……」


 父さんが絶句する。同じく僕も。というか、母さんは意外にも姫と僕の仲を面白がってるんだな。孫の世代まで想像しちゃってるし、なによりいかがわしいことを全面的に許可しようとしてるし。


 協力的だけど、色々とダメなんだけどね。


「冷蔵庫にスポーツドリンクあるんじゃないかしら? それ飲ませてあげて」

「はい。分かりました」


 ガチャリと万能な大型の機械を開けてみる。その中にスポーツドリンクらしき物は存在しない。……買ってこなきゃ。


「な、無いですけど」

「あら、無かった?」

「じゃあ僕買ってきますよ。家の近くに自動販売機があったはずですし」

「良いの?」

「はい。すぐに帰ってくると思います」


 財布をポケットに入れ、靴を履く。たしか、自販機に売ってあったと思うけど。さて、いくらだったかな。


 少し飲んだあのドリンクのせいで、体がジンジンと熱くなっているが、それでも僕は家から出た。数分歩いていると、突然頭が痛くなってきた。なんだかクラクラする。なるほどな、これもドリンクの効果か。はあ……。僕、なんであの時飲んだんだろう……。


 でも大丈夫。これくらい平気だ。


 少し歩いていくと、僕の言っていた近くの自販機にたどり着いた。よし、ちゃんとスポドリあるな。


 財布から小銭を取り出す。130円か。安いのか、高いのか分からない。しかし、投入口に入れるのを戸惑うような価格でもないため、躊躇なくチャリンと取り出した硬貨を入れる。そして飲み物のボタンを押した。


 ガコン。その音とともに商品は落ちてくる。僕はかがんで手を伸ばす。ペットボトルを触ると、冷えているためか少し水滴がついていた。ひんやりしてて気持ちいい。


 そのペットボトルを持ってから、ちょっと考える。


 これは姫のだけど、僕も一本欲しいな。姫ほどではないが、あのドリンクを少量飲んじゃったし。何より体が熱いし。


 もう一度財布の中を確認する。うん、ちょうど200円余ってる。実際には千円札を合わせると多くなるのだが、万が一のためにお札はあんまり使いたくない。


 また硬貨を投入口に入れた。僕がスポドリのボタンを押そうとした瞬間、後ろから手が出てきた。見事にその指は、缶ジュースのボタンに触れている。ピッという購入が確定した音が鳴ったあと、ガコンと商品が落ちてきた。


 変ないたずらに、思わずイラッときている僕。後ろを振り返ると、そこには僕に気があると面と向かって伝えてきた、あの神木さんがいた。



 ****



「やっほー、松風」

「こんなところで何してんの? 友達の家に遊びに来たとか?」

「さて、どうでしょうか。松風、当ててみてよ」

「めんどくさいからヤダ。というかさ……」

「ん? 何よ?」

「これ……」

「あ、缶ジュース? 買ってくれてありがと、う……?」


 あーあ。スポドリ欲しかったのになー。僕は犯人である神木さんを睨みつけてみる。


「う……。ごめん、なさい……」

「……」

「ごめん……」

「……プフッ」

「え?」


 おっと、危ない危ない。小動物みたいで可愛くて、つい笑ってしまった。いつも教室で騒いでる女の子が、ちょっと圧かけただけで小さくなっていくのってすごく可愛いらしく感じる。


 神木さんは僕が笑ったことを見逃さなかった。悔しそうな顔で距離を詰めてくる。


「プッ、フフッ……」

「松風ぇ? ワザとやったでしょ? ねえ、どうなの?」

「いや、なんのことかな……」

「アタシのことビビらせて面白がってる? 松風に幻滅したかも。ついでに好意も失せたかも」

「それは助かるよ。だってもう、学校で神木さんの相手しなくていいんでしょ?」

「いや! ちがう! 相手して! 毎日相手して!」


 必死の弁解をする神木さんは、僕の顔色に気づいた。


「あれ? なんか、顔赤いよ?」

「あ、あー……。いや、別になんともないよ」

「すっごい赤いよ? 熱でもあるみたい」

「いや、ホントに何もないから。それよりほら! このジュース神木さんが押したやつでしょ?」

「え、くれるの? やったー! 嬉しいー!」

「でも僕が一口飲んでからね」

「え、それだと……」

「ん? それだと?」

「い、いや……。の、飲みなよ!」


 はっ! 引っかかったな! ウブな神木さんは、間接キスで顔を真っ赤にするはずだ! あー、楽しみだなー。


 缶を開けて、一口ゴクリと喉を潤す。うん、やっぱりスポドリが欲しい。僕の口がついた缶を神木さんに渡す。今この状態でも、少し顔が赤い。姫や僕ほどではないと思うけど。


 さて、どうするんだろう。こういうのは躊躇すればするほど可愛いやつだからな。見ていて飽きない素晴らしいものだ。


 すると神木さんは、ただ単に口をつけるのではなく、僕の唇と接した部分をペロリと舐めたのだ。というか、舐めまわした。


「な、何して……」

「れろれろ……。何?」

「いや……」

「顔、もっと赤くなってるよ?」


 その言葉のせいでもっと赤くなるだろうが。神木さんはニヤニヤとした笑みで僕を見てくる。


 クソ。一本取られた。


「じゃ、じゃあね!」


 その言葉とともに、僕は走って帰宅した。



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