第30話
キョロキョロとカーテンを少し開けて、周りを確認する。よし。近くに人はいない。
「ごめん。とりあえず僕は出るから」
「……だめ」
「へ?」
「ちょっとだけ……ちょっとだけこのままで……いたい……」
腕を掴んで、密着させて。突然隠れたのは僕だ。こんなことをして、申し訳ない気持ちもあった。せっかく遊んでいる最中に、他の女の子に反応して、何がなんだか分からないはずだ。
「うん……」
これくらいのワガママを聞いても、別にバチは当たらない。
そして2分くらいしてから、もう一度周囲を見渡す。時間が経っても、誰もいないのは変わっていなかった。今なら、ここから出ても誰にも見られないかな。若い男女が試着室から出てきた、なんてところを目撃されれば、いかがわしいことをしているに違いない、と思うだろう。
ストリートにも人はいるからな、その人たちにも気をつけてここから出よう。そうだ。少し時間を空けてから出てみよう。
「僕が出て、少し経ったあとに、ここから出てね? 分かった?」
姫は『ん……』という、了承なのか分からない返事をした。そのあとに、とりあえず僕だけが先に出た。そのあとに姫が、おどおどした様子で出てきた。
白乃たちは、アパレルショップから少し歩いたところにあるフードコートに行ったはずだ。食事をすると言っていたから、一階にある飲食店に入るか、この辺りで食べるか、のどちらかになる。
ちなみに今、ここのフロアは三階だ。食事のできるフードコートがあるのと同じ。なら、そこから離れるように逆の方向に行けば、絶対に会うことはない。
しかし、姫の様子が変だ。モジモジとしていて、何か伝えたそうだった。そんな姫に僕は聞く。
「姫? どうした?」
「ん、んぅ……」
「何?」
「と……」
「と?」
「トイレ……行きたい……」
別に恥ずかしがることでもないと思うぞ。でもなんか可愛いから、これはこれで面白く感じる。
姫が気に入った服の会計をすぐに済まし、僕は彼女の手を引いて、フードコートから遠い場所にある、三階のトイレに姫を連れて行った。
****
「じゃあ、僕は待ってるから」
「うん。待っててね。ぜ、絶対だよ? 絶対待っててね?」
「うん、だから待ってるって。安心しなよ。もしかして、一人で出来ない?」
「ち、違うよ……! お兄ちゃんがどこかに行っちゃヤダなぁ、って思っただけで……」
「不安か。大丈夫、僕はどこにも行かないから」
「本当?」
「本当」
僕は、首を一回縦に振った。さっきのアパレルショップで買った服の袋を僕に渡して、姫は笑顔でトイレに入って行った。……笑顔でトイレに。普通トイレって、そんなにニコニコしながら楽しそうに入るようなところじゃないんだけどな。
我慢していたのか、姫は走っていた。それくらい僕との時間に夢中だったのか! なんて淡い期待をしていると、トイレの近くに休憩用の椅子があることに気づいた。
少し座ろう。ストリートと違って静かだ。休憩用の椅子に腰掛けているお爺さん以外に、誰も居なかった。そんな状態だと、自然とウトウトしてしまう。すると突然、ポンポンと優しく肩を叩かれた。姫か?
僕はパッと顔を上げた。だがそれは、姫ではない全く別の人物だった。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。何してるの、たっくん?」
「え……あ……」
し、しろ、白乃……! な、なんで……。
「ねえ。何してるの?」
「あ、あ……」
「ねえ! 何してるのか、聞いてるんだけど!」
言葉が出なくて、何も答えられなかった。
「何か言ってよ。はあ……。じゃあ質問を変えるね。どうしてここにいるの? どうしてこんな遠いところまで来たのかなぁ?」
僕は、光の宿っていない白乃の目を、ずっと無言で見ているだけだった。
「遊びに来たの? じゃあ誰と? 家族? それともあの娘と二人で? ねえ! どうなの!」
「え……あ……いや……」
「その袋、何?」
「い、いや……」
「その袋のお店、私もさっき行ったんだよねー。あそこって男モノの服売ってないんだけどなー。買ってるってことは、女のだよねぇ?」
白乃は僕に迫ってくる。
「誰の? ねえ、誰の? ……答えてよ!」
「なっ!? ちょ、白乃!?」
僕の両肩を掴んで、座っている椅子が密着している壁に、ドンッと押さえつけてきた。
「もう我慢ならない! どうせあの娘のでしょ? あの娘のために買ったんでしょ!」
「いや、だから……!」
「話しちゃダメって言ったじゃん! ねえ、どうして!」
「や、やめてください……!」
横から聞こえるその声は、トイレから出てきた姫の声だった。
「や、やめてあげて、ください……!」
「え? 何か?」
「お兄ちゃんに、その……乱暴、しないでください……!」
「乱暴? なんのこと?」
「お、お兄ちゃんに、迫ってるじゃないですか……! 問い詰めてますし……! あなたが誰なのか知りませんけど……その、迷惑なので———」
「迷惑? どの口が言ってるのかなぁ? 迷惑してるのは私の方!」
「な、何が、ですか……?」
「とぼけるの? 亜城木姫ちゃん?」
「ッ!?」
亜城木姫ちゃん、というワードに反応した。ビクッと姫の体が震えたのが分かった。
「な、なんで姫って分かるんですか! なんで!」
「いや、声で丸わかりだよ? それに、あんまり大きい声出すと、周りにバレちゃうよ?」
「くっ……!」
「はっきり言うけど、本当に迷惑なの。私の彼氏を奪おうとして、私たちの仲を引き裂こうとしてるのが」
「もしかしてあなたが、前にお兄ちゃんの言ってた……彼女さん……?」
「あ、知ってたんだ。なら分かるよね? 本当に迷惑だから、たっくんに近づかないで———ッ!?」
僕はマズいと感じ、白乃の手によって押さえつけられている肩から力づくで引き剥がした。
「やめろって!」
「ッ……!」
白乃を突き飛ばし、僕は椅子から離れられた。すぐに姫の元に行き、俯いている彼女の顔を覗き込んだ。少し涙が出ている。
「白乃……」
「なぁに、たっくん?」
「せっかく姫の仕事が休みで、遊ぶ時間ができたんだ……」
僕の低い声によって、今度は白乃が震える。強く、重く、怒りを表した声で、睨みつけながら白乃に言う。
「何泣かしてんだよ……」
また白乃は震えてしまう。そんな白乃に見向きもせずに、また姫の手を引いて、その場から立ち去った。
「もう、帰ろうか」
僕が呟いても、姫の返事はなかった。
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これが本当の修羅場だ! それと、主人公を怒らないで! 彼は妹のために色々とやってるんだ! 浮気してる、とか言わないでくれ!
ご了承ください。すみません。
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