第28話
ここのショッピングモールは少し遠い場所にある。隣の隣の隣の隣街に存在している僕の住むところでは、一番大きな商業施設である。なんでも売っていて、なんでも買える便利な場所。遠いけど、姫とのデートならここが良いと思ったのだ。
西条学園の近くにはこのような場所は少ないが、少し歩いたところの、
なら、なぜ近くにあるところを選ばなかったのか。なぜわざわざ少し遠いところまで行くのか。察しのいい人間なら、その理由がすぐに分かるはずだ。
白乃に絶対に見つからない場所であり、なおかつ楽しめる場所。それがここに当てはまったのだ。今日は楽しく過ごせそうだ。
上を見たり下を見たり。そんなふうに僕は頭の中で考えていた。
「んー? どうしてそんなに暗い顔してるの、お兄ちゃん? 何か考え事?」
「うん、考えてるよ。姫とこれからどこに行こうか、とか、何をしようか、とかね」
「お兄ちゃんは何したいの?」
唐突に質問してきた。
「え、僕?」
「うん!」
「うーん。別に僕は、姫のしたいことに、今日一日付き合うつもりだけど……」
「姫のしたいこと?」
「そうだよ」
「とりあえず、お兄ちゃんと一日中イチャイチャしたい!」
「姫、声が大きい」
二人ほど、近くにいた人が僕たちの方を見る。姫は声が高くて綺麗で通りやすいんだから。それに、あまりにも大きな声だと、バレてしまう可能性もある。流石に注意するか。
「バレちゃうよ?」
「そうかな?」
「一般の人はどうかは分からないけど、姫の熱狂的なファンは一瞬で分かっちゃうかもね」
「うん。気をつける……」
姫はシュンとしてしまった。多分、僕との時間で舞い上がっていたのだろう。はしゃいでいたのだろう。悪い気がしてしまって、何とかして励ましたくなってくる。笑顔にしたくなる。マスク付けてるけど。
「手、恋人繋ぎにしよっか」
「え……?」
「ほら。車の中でもこうしてたでしょ?」
「うん!」
よかった。マスク越しでも、満面の笑みが分かる。子供みたいで守りたくなってしまうな、この子は。お兄ちゃんスキルが発動しているということもわかった。
「えへへ!」
「う、うん……」
ガッチリとしがみついて、姫の胸が当たる。決して小さくはない、中の上ぐらい。
よし、無になろう。何も考えるな。無になるんだ、僕。余計なことは全て消そう。
「できるかよ……」
「ん? 何?」
「いや、なんでもない」
「そう? ならいいけど。それより! 姫、映画見たい!」
「映画? 何を見るの?」
「決めてない!」
「じゃあ映画館のところに行って、今見れるのを選ぼっか」
「うん!」
恋人繋ぎの男女はぐんぐんと進んでいく。
「お兄ちゃん、ちゃんとリードしてね! 今日は、お兄ちゃんだけの姫だよ!」
「……」
お兄ちゃんだけ、か。いつも仕事で頑張っている姫は、今日は僕と一緒に遊んでいる。
僕たちは兄妹だ。でも、血は繋がっていない。今繋がっているのは、僕たち二人の手だ。
これは、浮気に値するだろうか……。その疑問が、僕の中で暴れていた。
****
「うわぁ……。エッロ……」
ボソッと言葉に出してみる。隣に座っている姫は、チラリと僕の方を見た。横目だったけどしっかりと目に入った。今、ニヤリとしたぞ。
「こういうエッチなのは苦手?」
「いや別に。それに、言うほどエッチじゃないしね。なんか下ネタばっかりな感じ」
「姫がどうしてこれを見たいって言ったのか分かるかな、お兄ちゃん?」
「さっぱり分からん」
「それはね……お勉強だよ……」
「え……なんの……?」
「色々と……」
姫もそういうのに興味があるんだな。テレビに出てるのとは全く違っている。自宅でもそうか。やたらと僕に抱きついてくるし。
肘置きに置いている僕の手に、そっと柔らかい感触で広がる。グーにしている手の上から被せるようにして、姫は握ってきた。姫の手の熱を感じる。無意識に恋人繋ぎにしてしまう。
映画の大きな音がある中、僕たちは見つめ合う。このシチュエーションはマズい。ロマンチックすぎる。映画の内容は全然ロマンチックじゃないけど。それに、姫はジュースを飲むためにマスクを外している。
「お兄ちゃん……」
近づいてきた。そんなにキスしたいのか。
「姫。もうダメだ。理性が保てなくなるかもしれないから。代わりに間接で我慢してくれ」
「んぅ……姫は直接したい……」
「ダメ」
「姫のしたいことに付き合うって言ってたのに……! お兄ちゃんの嘘つき……!」
姫はそっぽを向いてしまった。
「はあ……。分かったよ……」
「ホント?」
「ただし一回だけだ」
「お兄ちゃん大好き」
「やめろ。変な感じになる」
「早く……」
「目、瞑って……」
「ん……」
内容があれなだけあって、人が僕たちともう一つの男女のカップルがこの映画を見ている。そのカップルは僕たちと同じ列の一番端に座っていた。映画に集中している。
大丈夫、誰も見ていない。覚悟を決めろ。何も起こらない。何も感じない。僕たちは兄妹だ。こんなの遊びだと思え。
「いくよ……」
「んっ……チュッ……」
重ねるだけ。重ねるだけだ。
「えへへ……」
「……」
顔が熱い。姫も赤くなっている。
そのあと、ちゃんと最後まで映画を見たが、ほとんど話が頭に入ってこなくて、いつ終わったのか気づかなかった。
そしてもう一つ、気づいていないことがあった。
僕がカップルと思っていた男女二人が、白乃と黒乃の両親だということに。
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