第27話
現在、姫の顔がまともに見れない。どうしてくれるんだよ、全く。この義妹め。僕の調子を狂わせやがって。なんの気も起こさないようにしたかったのに……。これじゃあ意識して仕方がない。本当にどうしてくれるんだよ。
父の運転する高級車に乗りながら、頭の中で少し怒っていた。二列目のシートの両端に、それぞれ僕と姫が座っている。僕は窓の外の景色を見ているけど、姫はどうしているんだろう。気になる。だが見れない。だって、こっちを見てたら気まずいじゃん。目が合っちゃうじゃん。
美しい艶を持つ黒い車は、僕たちを揺らす。一人で悶々としている僕は、ただ景色を眺めているだけ。紙芝居のように、次々と絵が移り変わっていく。僕は何も動かずに、ぼーっとその絵を見続ける。
何も考えるな。キスしたことは気にするな。前にもしたことあるだろうが。それに白乃とは何度もしているだろうが。何も意識するな。意識すれば、いつものような調子ではなくなってしまう。姫はそれを気にするかもしれない。せっかく仕事が休みで、時間を作れたというのに、姫が楽しめないと意味がない。
いつもの調子で話しかけてみるか。いや、顔を見てからにしよう。で、こっち見てなかったら話しかけよう。見てたら……また景色を眺めよう。
ゆっくりと、振り返って反対側を見てみる。
「んふふ……」
「……」
見てたー。気まずいー。何もなかったかのように、また窓の方を向こうとしたけど、ブンッと一瞬で振り向いたわ。
それとなんか背中が急にあったかくなったんだけどー。これ絶対姫だ。それもう、抱きついてきてるのが分かるんだよ。反応せざるを得ないんだよ、それだと。可愛く甘えてきているように見せて、意外と狙ってやってるんだな、この子は。
「んぅ……お兄ちゃん……」
「な、何……?」
「好きー。大好きー。いっぱい好きー。すっごい好きー。いろんなところが好きー。本当に好きー」
「もしかして、僕のこと口説こうとしてる?」
「大正解」
やめろ。口説くな。
「それより、その体勢キツいだろ。真ん中のシート挟んで、ベルト付けたままで僕に抱きついてくるのは」
今、姫の方は見ていないけど、なんとなく分かる。さっき見た感じ、ちゃんと付けていたはずだ。
「うん、キツい。外していいかな?」
「ダメだ」
おっと、この低くて厳しそうな声は父だ。ヤッベ、今思うとすごい恥ずかしい。
「ダメだってさ」
「うん。じゃあ、お兄ちゃん手繋いで……」
「無理」
「え? なんで?」
「気まずい。後にしてくれ。少し落ち着かせてくれ」
「姫とのキ———ッ!?」
っぶねー。絶対キスって言いそうになっただろ。反応できた。咄嗟に姫の口を、右手で塞げてよかった。
「やめろ言うな」
コクリと頷いてくれた。すると姫は、自身の口にある僕の手を取った。それを下ろし、何も言わずに姫は左手で握る。お互いの指をしっかりと絡ませると、恋人繋ぎの完成だ。
「えへへ!」
笑顔が可愛い。
結局僕は目的地に着くまでに、ずっと姫と手を繋いでしまった。
****
「それじゃ、仲良くな」
「うん。送ってくれてありがとうね、お父さん!」
「グハッ」
「お父さん?」
「ぐっ……。何という破壊力だ……」
「お父さん、大丈夫?」
「心配するな。ただの悪ふざけだから」
公共の場で何やってんだ。大の大人が大型ショッピングモールの駐車場で倒れるようなことをするな。羞恥心というのがないのだろうか。
「姫ちゃん、楽しんでおいで……」
「うん!」
「拓……」
「何?」
「あまり、いかがわしいことはしないようにな……。あくまで兄妹なのだから……」
「それ、姫に言ってくれる?」
「返事」
「は、はーい……」
「それと」
もっと低い声で父は続ける。
「姫ちゃんは、お前が守れよ?」
「うん。分かってる」
「ならいい。安心だ」
「父さんは、これからどこに行くの?」
「母さんとデートだ」
「え、でも母さんはどうしたの? 車に乗ってなかったじゃん」
「お家でイチャイチャデートだ」
「なるほどね」
納得だ。デートの仕方は色々とあるからな。僕と姫のように外に出て遊ぶのもアリだし、家の中でゆっくりするのもアリだ。でも外に出る場合、有名人だから顔を隠さないといけない。それがめんどくさいのかな。こうやってバレないように、姫もマスクと帽子をしている。これはこれでオシャレで可愛い。
「んじゃ、まあ、行こっか」
「うん!」
また腕を絡めてくる。父さんは、それに対して指を差した。
「それくらいの距離感にしておきなさい。姫ちゃんであることがバレたら、即刻炎上だからな」
「さ、流石に注意しておくよ」
「んー! いいじゃん!」
「よくない」
「なんで! 姫たちはキスした仲なんだからさ!」
「なっ」
おい、姫。やってくれたな。
「拓。それはどういう———」
「さっ! もう行こう!」
「ちょ、ちょっと! 待ってよ、お兄ちゃん!」
早く、早く、なんとしてでもこの場から立ち去りたかった。僕は無理やり姫の手を引いて、ショッピングモールの中に入っていった。
今夜は説教かな。まあいい。姫との時間を楽しく過ごそう。姫のために。
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