第26話

「ん、んん……」


 横を向いて眠っていた。だが異変に気が付き、目を覚ます。僕の部屋の窓から光が差し込んでいた。日の光は眩しい。


 ベッドの中は暖かい。人の体温を下げないように、羽毛やら、特殊な布やらで作られている。最近は暑くなってきたこともあり、あんまりに分厚い、モフモフした布団を使わなくなった。代わりに薄いタオルようなものを、一枚かけている。


 それだと、普通涼しいんだけどな。何故か熱があるんだよ、僕のところには。それに暖かいというより、生暖かいといった具合。妙だぞ? なんか触ってるような……。なんかスベスベしてて、プニプニしてて、触るたびに背中側から『んっ』というのが聞こえてきて。


 それに、僕の腹にあるこの手は何だ? かなり小さい。これは僕の手じゃないぞ。


 恐る恐る寝返りをうってみる。そこには、スヤスヤと寝ている姫がいた。


「んっ、んぅ……」

「うわぁっ!? な、なんで!? なんで僕のベッドの中にいるのさ!?」

「んぅ」

「起きろ! 起きて説明するんだ!」

「ん、お兄ちゃんうるさい……」

「うるさいじゃない!」


 バッと、無理やり布団を剥がしてやった。


「……え?」

「んー。何するのお兄ちゃん……」

「いや……」


 やっと体を起こした姫は、自分の目をこすっている。そんな姫に向かって大声で、


「服を着ろ!!!」


 と、怒鳴ってしまった。



 ****



 姫の部屋に移動した。


「今日、どこ行こっか?」

「……」

「お兄ちゃん?」

「……」

「ねえ、お兄ちゃん? どうしたの?」

「……」

「もしかして、まだ怒ってるの? もう、ごめんってば、お兄ちゃん! 許してよぉ!」

「……」

「ねえ、どうしてそんなに自分の手のひらを見てるの? 怪我でもしてるの? 痛む?」

「……」

「お詫びに舐めてあげる!」

「舐めんでいいわ! なんも怪我してないし!」

「あ、反応した」

「そりゃ反応するよ。今さっきはちょっと放心状態というか、考えてたっていうだけだから」


 姫は僕の返答に首を傾げる。無言だったのは、僕がさっきまで……つまり、ベッドのことで考えていたからだ。始めから言っておく。いかがわしいことだ。僕はいかがわしいことを考えていたのだ。人気女優であり、僕の義妹である子と、一緒の布団で寝ていた。しかもその子は裸でな。


 エッチなことしか浮かばないのだが。さらに僕は、彼女の体を不意に触ってしまった。決してわざとではなく、本当に不意にだった。どこを触ったのかは分からない。マジでエロいことしか想像できない。


 だって、『んっ』だぞ? いや、エロくね? この声エロくね? エロい声が出るようなところを触ったのだろうか?


 そんなことしか考えられなかった。


「お兄ちゃん、どっちの服が姫に似合うと思う?」

「あ?」


 姫は両手で服を持っていた。右手にはTシャツが。左手にはワンピースが。どちらもおしゃれで可愛い感じだ。


「いや、『あ?』じゃなくて! どっち、って姫は聞いてるの!」

「右のTシャツ」

「こっち? なんで?」

「純粋に好みだから」

「ふーん。お兄ちゃんはTシャツが好きなのかー」


 姫は『じゃあ……』と言って、持っている服を変えた。


「どっちのTシャツが似合うと思う?」

「え、また?」

「どっち?」


 今度は、右手には白色で真ん中あたりに文字が入っている物だ。ちょうど胸の辺りに文字がくる。左手には、完全無地の水色の物だった。


「右かな」

「なんで?」

「胸が強調されてエロいから」

「お兄ちゃんのエッチー」


 アニメでよくあるやつを出してきた。棒読みだ。でも、顔が少し赤くなっているのは分かった。


「じゃあ次は……」


 絶対下の方だろ。


「どっちの方が———」

「デニム」

「え、即答?」

「ジーンズか」

「デニムでも伝わると思う」

「そうかい」

「じゃあ聞くけど、何で?」


 うーん、と少し考えてみる。すぐに理由が出てきた。


「脚全部が強調されてて、エロいから」

「お兄ちゃんは本当にエッチだねー」

「男ってそういうもんだろ」

「妹をで見て良いのかなぁ」

「義理だけどな」

「うん……」

「それに、姫がで見てくるんだし、僕も……その……見ちゃうというかさ……」


 恥ずかしながら、僕は姫の方を見た。彼女はキョトンとしている。僕の選んだデニムを持ち続けて、パジャマ姿の姫は、口を開けたままその場に立っていた。


「ん?」


 急に動き出したと思えば、姫は僕をベッドに押し倒してきた。


 そして抱きついてくる。


「え、何?」

「ぎゅーっ!」

「姫ー? 離れてくれー。身動きが取れないんだけどー」

「やっと姫の愛が分かってくれたんだね! 大好きだよ、お兄ちゃん!」

「いや、マジで離れて」

「ん〜〜〜! 離れない! お兄ちゃん大好き!」


 何してんだ、僕。ただ着替えが終わってから姫の部屋に来ただけなんだけどな。なんで告られてんの? なんでハグされてんの? いや、昨夜もされたけど。


「お兄ちゃん……」


 顔を近づけてくる。


「姫。キスはダメだ」

「んっ!」


 無理やり唇を合わせようとしてきた。僕はそれを避ける。


「ダメだってば!」

「んーっ! いいじゃん!」


 何度も何度もやってくる。


「ちょっ、本当にダメだ!」

「んっ……ちゅっ……」

「ッ!?」


 僕の唇に柔らかい感触がする。僕は、姫とキスをしてしまった。人気女優と。義妹と。だが舌までは入れてこなかった。ただ重なるだけのキスだった。


「えへへ! しちゃったね!」

「マジかよ……」

「さあ! 早く出かけようよ、お兄ちゃん!」


 体の力が抜けていく。こんな何もできなそうな状態で外出んのかよ。


 まだ僕の唇には、姫の唇の暖かさが残っていた。







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