第25話

 わぁー。すごーい。人気女優が二人いるー。目の前に大人な色気を醸し出した人気女優がいるー。そしてもう一人の人気女優は、なんか僕の腕にしがみついてくるー。何だこの状況ー。


「拓、元気にしてた? ごめんね、仕事ばっかりで全然こっちに帰ってこれなくて。寂しかった?」

「別に寂しくはないですよ。もう慣れてますし」

「そう? ならいいけど」

「それに全然元気ですしね」

「もう。敬語じゃなくていいって、一番最初にも言ったでしょ? 私は拓のお母さんなんだから」

「でも、なんか癖というか、抜けなくて」

「堅苦しいのよねー」

「すいません」


 ずっと前から敬語を使っている。母さんには、まだ普通に話せないのだ。別に他人だと思っているわけではない。いや、嘘。少しは思ってる。だが一番の理由としては、


「あ、今お母さん映った!」

「ほんとだ。見て拓、新しいお母さんのCMよ」

「非常にお美しいことで」

「あら、嬉しいわねぇ」

「そういえばさ、お母さんテレビで上半期のCM女王になってたよ!」

「そうなの? ふふ、名誉なことね」


 ……とまあ、このように、普通に喋りにくい方なのだ。


「やっぱり自慢のお母さんだよぉー!」


 姫は腕にしがみつきながら、それを嬉しがっている。掴む力が強いというのを今言うべきなのか迷っていると、母さんが閉めたリビングの扉が開かれた。


「拓、ただい……」


 多分、僕と姫を見て、『ま』を止めたのだろう。父さんは目を丸くしている。クソ気まずい。


「ああ、おかえり、父さん」

「久しぶりだな」

「う、うん……」

「……」

「……」


 はい、会話終了。話を続けることができなかった。


「む? 随分と距離が近いんだな、姫は」

「え? これくらい普通じゃないの?」

「くっつきすぎだ。これはもはやカップルのレベルだぞ」

「きゃー。カップルだってさー。ねえお兄ちゃん、カップルだってー」


 今度は体にしがみついてくる。これもカップルレベルだぞ。そうやってくる姫を、椅子に座って車の中で飲んでいたであろう缶コーヒーを飲みながら、父さんは目を細くして見てくる。いや、されている僕を見ているのか。


 父さんは難しい顔をした。


「ぐぬぬ……」

「あら? どうしたの、拓也たくやさん?」

「ぐぬぬぬ……」


 父さんは缶コーヒーを、カンッと思いっきり叩きつけるように置いた。枠についていたコーヒーが、ほんの少し飛び散った。


「拓っ!!!」

「は、はい!」


 僕の名前を呼んできた。説教でもされるのだろうか。


 すると父さんは真剣な顔をして、


「そこを代われぇぇぇぇえ!!!」


 と、言ってきた。その声は家中に響いた。近所の人には聞こえたのかもしれないな。



 ****



「結局、姫ちゃんにはスリスリしてもらえなかった……。どうしてだ! なぜお前だけスリスリしてもらえるんだ!」

「スリスリじゃない」

「じゃあイチャラブだ!」

「ラブでもない」

「じゃあ何だ!」

「一方的だけど、愛情表現かと」

「くそぉぉぉぉお!!!」

「そんなに悔しがること?」


 このおっさんは何をしてるんだ? スーツ姿で、机に伏して、泣いているような声を出して。そしてその声がまた、デカイというね。ちょっとばかり抑制することはできないのかよ。マジで近所の人に迷惑だからやめてほしい。


 嗚咽を漏らす父を見て、少し嫌悪感が芽生えた。別にもういいだろ。大の大人が、なんでそんなに引きずってんだよ。女の子に相手されないからって、悲しむほどのことか?


 それに、義理の娘とイチャイチャしたいなんて、考えられない。大体、そういうことをして、父さんが変な気を起こしたら困るだろ。


 あ、自分のこと言えねーや。ま、まあ、僕の場合は姫からやってくるのであって、僕からやりにいってるわけではないからな。ギリセーフ……いや待て。姫が変な気を起こすのは……もしかしたら、あるのかもしれない。


 やべー! 考えちゃいけないのに考えてしまう!


 ソファで悶々としていると、何やらいい香りが、僕の鼻に入ってくる。これは食べ物の匂いとかじゃない。石鹸とか洗剤とかの、それも甘い感じの。姫が風呂から上がったようだ。


「あ、姫上がったよー」


 頭から湯気。少し濡れた髪の毛。紅潮している頬。なんかスッゲー色っぽい。


「ん? 何、お兄ちゃん?」

「いや……」

「姫の顔に何か付いてるの? それか、このパジャマ?」

「別に何も付いてないよ」

「なーんだ。じゃあ姫のこと見てたんだ」

「うぐ……」


 図星。あんな破壊力抜群の女の子を、ガン見しないわけがない。


「えへへ! そんなに赤くならないでよー!」

「なってない……」

「なってるじゃん。もうー! お兄ちゃんは可愛いなー!」


 そう言って、僕の隣に座ってきた。またいい香りがする。


「んふふー」

「何? どうしたの?」

「ぎゅーっ!」


 発した擬音の通りに、僕に抱きついてきた。そしてそのまま押し倒してきた。この子は本当にスキンシップが激しい。お風呂に入る前は腕だったし、今は普通にハグだし。僕に対する愛情はたっぷりのようだな。


「ねえ、お兄ちゃん?」

「ん?」

「明日デートしようよ」

「あー……」

「何? 何か予定でも入ってるの?」

「入るかもしれない」

「今は入ってないの?」

「今のところはないけど」

「じゃあ決定ー。ぎゅーっ!」


 抱きしめるのが強くなりつつ、姫は僕の顔に自分の顔を近づけてくる。はあ……。またこれか……。


「お兄ちゃん……」

「姫? ダメだよ」

「うぅ……。お兄ちゃん……」

「父さんいるよ?」

「あ、」


 父さんが、僕たちに向けるその目つきは、羨ましそうに見つめるものではなかった。


 完全に鬼の形相だよ、それは。




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