第24話

 ほほう。今日も生徒会では会議があるのか。なら、白乃に何もされずに、ノーリスクで帰れそうだな。やったー。


 自然と頬が緩んでしまう。白乃による拘束がないだけで、すぐに嬉しくなってしまうのか。きっと僕の感覚が麻痺しているのだろう。


「松風? なんでそんなにニヤけてるの? それに上向いてるし」

「え? いや、ニヤけてなんかないよ!」

「そうかなぁ? 照れ隠し?」

「なんで?」

「こうやってアタシと時間を過ごすのが嬉しいのかと思ってさ」


 今度は、えへへ、というより、にひひ、みたいな感じで神木さんが笑った。可愛い。


「あ……」

「んー? なにー?」

「いや、その……」

「だからなにー?」


 次は上目遣い。そんなまさかな。本当に僕をオトそうとしてきているのか。さっきの笑い方も、そして今のニヤニヤとした笑い方も、なんかワザとらしく感じる。


「顔赤いよー! 大丈夫ー? 松風、具合でも悪いのかなぁー?」

「……なんなんだよ、ちくしょう……」

「え、なんて?」

「なんでもない」

「えー? なんて言ったのー?」


 ぐいぐいと詰め寄ってくる。かなり近い。本当になんなんだ。


「もう、いいでしょ! 弁当だって食べたんだし、これ以上に何を求めるのさ!」

「求める? そんなのアレしかないじゃん」


 神木さんは、僕が唾を飲み込むと、


「惚れてほしいの」


 と言った。


「何度も何度もそう言ってくるけどさ! 僕のことも考えてよ!」

「たとえば?」

「こういうことされてるのを見られると、僕がマズいんだって!」

「五十嵐さん?」

「そうだよ」

「五十嵐さんに勝てるかなぁ。松風はどう思う?」

「それ、僕本人に聞いてくる?」

「ど、う、お、も、う?」


 神木さんは早く答えを聞きたいらしい。


「か、可能性はゼロではないんじゃないかな……」

「え、そ、そう……?」


 沈黙。なんだこれ? 僕たち二人とも赤くなって、なんだこれ?


 僕が教室に入る直前くらいに、気まずくなってしまった。『じゃあ……』と言って、その場から逃げるように立ち去った。逃げるようにじゃなくて、完全に逃げてるな、これ。



 ****



 あれから神木さんとは気まずいままだった。授業中には静かで助かるけど、なんか僕が悪いことした気分になってしまう。


 チャイムが鳴り、終礼が終わり、みんなが教室から出る。出たあとは、部活と帰宅、このどちらかに分かれるのだ。僕の席は教卓に近いため、いつもそのすぐ側にある扉を開ける。早く帰ろう。せっかく今日は委員会もないんだし。


 黒板の前をスタスタと歩いている際に、チラッと神木さんの方を見てみる。やはり気になった。見ても、何も変わらず顔を手で覆って……。


 ……って、ん? 指と指の隙間から覗くそれは、神木さんの綺麗な瞳。しっかりと目が合ってしまった。こっちを見ている。


 あ、隠した。指を閉じたのだ。するとまた開いて覗いて、また閉じて隠して、を繰り返してきた。神木さんも気にしているのだろうか。それとも僕の気を引くためにやっているのだろうか。


 後者だと思ったため、まんまとやられたと思い、『はあ』とため息を吐いて、そのまま帰路についた。あ、そうだ。白乃にメールをしておこう。


『先に帰ります』


 送信を押して、すぐに既読がつく。早い。早すぎるぞ。


『待って』

『待てません』

『なんで?』

『早く帰らないといけないから』

『どういう理由で?』


 少し考えていた。週末のことを白乃に伝えようか迷っていたのだ。週末、仕事で忙しい家族が、休みで家に帰ってくる。そのことだ。


『色々と事情がある』

『だからどういう?』

『白乃になら分かるはずだ』


 そう送ると、白乃からの返信は遅くなった。数秒後に返ってくる。


『家の事情?』

『そういうこと』

『もっと早く言ってほしかった』

『ごめん。じゃあね』


 僕がスマホの画面を閉じようとした瞬間に、また白乃からのメールが来た。



 無理に決まってんだろ。



 ****



 夜。家の時計を見ると、8時ごろだった。


 ソワソワする。落ち着きがないと、自分でもよく分かる。ソファに座り、次は立ち、また座り、また立ち、というのをずっと行なっている。この屈伸運動をしている時点で、かなりの緊張と動揺が明らかになるだろう。


 だが待てよ? 本当に帰ってくるのか? 僕をからかって、嘘を言っているというのがあるかも知れない。


 屈伸運動を途中でやめ、ちゃんとソファで座りながら、腕を組んでそんなことを考える。ありえるぞ。大いにありえる。母さんは、平気でやってくるからな。あの人の実の娘も似たようなものだ。僕をからかってくることがある。僕のことがカッコいい、とか言ってたな。


 もう屈伸はしていないが、ソワソワとしているのは変わらなかった。そのまま待っていると、『ガチャ』っという音が玄関の方から聞こえてきた。


「たっだいまー! お母さん帰ってきたよー! 拓ー! いるのー?」

「い、いまーす!」


 僕がそう返事をすると、誰かが僕のいるリビングに、ドタドタと床に足を打ち付けながら向かってきた。


「お兄ちゃーん!!!」

「うわっ!」


 僕に目掛けてダイブ。体に衝撃がきた。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃーん!」

「ちょ、姫。やめ……」

「うりゃー!」


 姫は自分の顔を、僕の胸に当てて、グリグリとほじるように動かしてくる。地味に痛い。


「姫、やめろ」

「やめない!」

「やめろって」

「やめないー!」

「どうして?」

「お兄ちゃんが好きだから!」

「そういうこと言うのもやめろ」

「なら、行動で示せと?」


 急に僕の顔に近づいてくる。行動か。もしかして、キスで示すの?


「んー……」

「ダメ」

「んー!」

「ホントにダメだ」


 無理やり払い除ける。


 こうして、僕の波乱の週末が始まったのだ。

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