第23話

 あっぶねー。白乃が先に教室に入っててよかったー。二年A組は、西階段側に位置している。そして僕と白乃が教室に向かい、上がる際に使用した階段は西階段である。つまりはA組の教室が先にくるということだ。


 白乃には見られていないものの、教室中の生徒はバッチリと、僕と神木さんの意味深な瞬間を目撃していた。これは言い訳のしようがない。陽キャである神木さんは、自分の属しているグループの仲のいい女子、清水しみずさんに、僕とのことについて聞かれていた。


「玲奈、あんた何してんの? いきなり松風に抱きつくとか、頭でもどうかしちゃった?」

「んー? まあ、生まれた時からどうかしちゃってる身なんだよね、アタシー」

「いやいや、ふざけて聞いてるんじゃなくてさ。本気で大丈夫かって言ってんの」

「大丈夫、大丈夫!」

「そうなら松風なんかに抱きつかないよ、普通。だって、だよ?」


 清水さんは、着実に僕のライフを削っていく。ゼロだったのが、たった今、マイナスに突入したところだ。


「え、それに玲奈、なんか嬉しそうだね」

「気のせい気のせい!」

「いや気のせいじゃないじゃん! 明らかに顔赤くなってるし! あんた、なんかあった?」

「別に何もない!」


 えへへ、とニコニコとしている神木さんに、清水さんは少し不満そうだった。何かを隠しているに違いない、と勝手に心の中をアフレコしてみた。


 清水さんは呆れたように、『はあ……』と息を吐いて、神木さんの左肩に自信の右手をポンっと置いた。


「玲奈よ。幻はいつか絶対に醒めるから」

「幻? 千夏ちなつ、なんのこと?」

「いや、なんでもない。いいんじゃないかな。これはこれで、なんだか面白そうだし」

「はあ?」


 神木さんは首を傾げた。その反応を確認して、清水さんはグループの中に戻っていった。


 鳴ったチャイムと共に、僕の学校生活は始まる。



 ****



 昼休み。僕は神木さんと昼食を取ることになった。突然。本当に突然だった。


「はい、あーん」

「あ、あー……」


 ぱくり、と口に食べ物が入る。なんだ、この状況?


 神木さんは、次々とお弁当の具材を箸で掴んでいく。そして先ほどと同じように僕の口に運んでいった。僕は何をされているんだろう。


「どう? 美味しい?」

「……美味しい」

「やったぁ! 朝から作った甲斐があったぁ!」


 僕が食べているもの、これは神木さんが持ってきたお弁当だ。なんというか、女子力が高いんだな。可愛く盛り付けられていて、とても意外。


 彼女の作ってきた弁当を食べてはいるが、僕もちゃんと持ってきているんだよなぁ。弁当ではないけど。コンビニのパンとかだけど。まあ、別にいいか。


「ふふふ……」

「ど、どうしたの?」

「惚れた?」

「惚れてない」

「即答!? なるほどぉ、松風は焦らさないタイプなんだねぇ」


 現在、僕たちだけがいる多目的教室で、何度も何度もこういうやりとりが行われている。多目的教室は、今では使われてはいない教室だ。神木さんはそれを知っていたのか、昼休みになると僕をそこへ引っ張って連れて行った。『五十嵐さんには絶対に見つからないようにするから』と僕に交渉してきたが、ここなら人の目を気にせず、安心して食事ができそうだ。人の目、特に白乃の目を。


 だが、どういうことだ? 本来なら、彼女がいるという事実を受け止めて、失恋みたいな感じで終わるんじゃないのか? なぜ昨日に引き続き、誘惑とまではいかないが、距離を近くしようとするんだ? 


 まさか、昨日ので反省してない、とかはないだろうな。だいぶ分からせたはずだ。


 僕は本人に聞いてみる。


「なんでこんなことをするの?」

「松風が好きだから」

「え……」

「惚れた?」

「……惚れてない」

「あー! 今、口籠ったよね? 反応遅れたよね? 意識してくれてる証拠だねー!」


 えいえい、と指でつんつんと触ってくる。からかってんのか? ムカつくなー。


 そんな中で、ポケットに入っているスマホがブルブルと震えているが、ずっと無視している。おそらく白乃。神木さんには、『絶対出るな』と言われているからだ。それは付き合っていても関係なく、神木さんとこうやって食べている間は絶対だそうだ。


 まあ白乃には後からお仕置きをもらっても、どうせ朝から黒乃と会話してるし、確定してるから別にいい。ただ、それは内容による。


「じゃ、改めて聞くけど、五十嵐さんとはどうなの?」

「どう、とは?」

「仲がいいのか、悪いのか」

「あっちはめちゃくちゃ仲が良いと思ってる。これは絶対」

「一番重要な松風自身は?」

「……」


 いや、なんかに答えろよ。


「チャンス来たー!」

「チャンスって……」

「これは、もしかして寝取れるのでは? 次からもっと頑張ろー!」


 来週もあるのか、これが。でも、このせいで僕は白乃の着信をガン無視しなきゃならなくなるのだが。おまけにお仕置きも受けなきゃならないしな。


 すると足音が聞こえてきた。コツコツと、とても綺麗な音だった。


 もしかして……。いや、まだだ。まだ信じたくない。きっと先輩とかだろ。清楚な人間はこの学校に何人もいる。その誰かだろう。白乃だったらぶっ殺される。はあ……。僕はなんでこんなに縛られている生活をしなければならないんだろう。白乃は何してもいいのに……。今度面と向かって言ってやろうかな。いや、白乃が襲ってきた時にしよう。その時についでに分からせるか。


 僕が信じていたように、その足音の主は白乃ではなかった。話し声でそれが分かる。


「司馬くん、体育祭の時の生徒会の仕事は決まってるの?」

「いや、それがまだなんだよね。色々とあってさ。はずさ」


 司馬さんと藤ヶ谷さん。この二人だ。委員会とか、もうすぐある体育祭の話をしているらしい。


 それにしても、良いことを聞いた。

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