第22話

 チクチクチク。表現するならこの音がいいだろう。通常、視線にはそんな痛そうな音は出ないのだが、実際のところ痛いし、音の通りに痛々しい。


 うわぁ。めっちゃ見てくる。嫌だなぁ。はあ……。こんな気分で学校に行きたくない。僕はマイナスな思考しか持ち合わせていないのだろうか。朝からどんよりとしている。


 道を歩いていると、やはり僕の横、および腕に絡めついている美少女二人が注目される。そしてそのあとに僕を見てくるのだ。これを何回もされている。自分でヘイトを買っているつもりはない。勝手に僕のアンチとヘイトが増えていくのだ。


 やばい学校が見えてきた。校門に続く道には、見たことある生徒ばかりである。


「ん? あれ、五十嵐さんじゃない?」

「ほんとだ! 今日も可愛い! そして美しい!」


 西条学園の制服を着ている女子が、そんなことを言っている。おそらく白乃のことを言っているのだろう。


 だが僕の横には、もう一人の五十嵐がいるのだ。当然その子も美少女だ。注目を集めるに決まってる。


「その隣にいるのは……東条学園の制服? どうしてここにいるんだろう?」

「たしかに。しかも可愛いー。美少女って五十嵐さんの他にもいたんだー」

「思った。本当にそうだよね。それに、どことなく五十嵐さんに似てない?」

「あ、分かるかも」


 おい、僕の両隣にいる五十嵐姉妹に釘付けのそこの女子二人組。お前たちに言いたい。白乃の隣にいるのは僕だ。黒乃は僕を挟んで隣にいる、だ。挟まっている僕を、見えていないことにするんじゃない。


 口々に黒乃のことを批評し始める人が多くいる。全て絶賛の声だった。


 今度は男子の声も聞こえてくる。


「おい、あれ……」

「あ、どした?」

「いや、あの東条学園の制服の子……」

「は? なんで西条学園のとこにいるんだよ……って、いるな、まじで」

「ってかあの子、五十嵐黒乃じゃね? そういえば、東条学園に進学したって知り合いに聞いたぞ?」

「五十嵐? 五十嵐白乃の妹か?」

「そうそう。やっぱ第一中学の頃から変わんねーなー、二人とも」


 おっと、二人を知っている人がいるらしい。第一中学の出身か、五十嵐姉妹が美少女だというウワサを聞いたのだろうか。


 そしてそんな会話をしたあとには、絶対に僕の方を見てくるんだよなー。嫌だー。今ここで、僕のアンチが二人増えたようだ。入学当初から、僕のアンチは少数存在するけれど、新規でアンチになるきっかけになったのかな?


 驚くべきスピードだ。二人が横にいるだけで、こんなにも人に嫌われるなんて……。腕に絡んできているというのも、理由としてはあるのだが、僕の印象が問題なのだ。『なんであんなヤツが』と思われているに違いないなー。


 すると黒乃はパッと僕から離れた。


「むむぅ! ここでお別れのようですぅ! それじゃ先輩、今日も学校生活頑張っていきましょう!」

「は、はいはい……」


 すまんな、黒乃。視線のせいで、僕のライフはもうゼロだ。


 黒乃は白乃を自分の元に引き寄せる。


「お姉ちゃんも……。あんまり先輩困らせないでよね……」

「んー? なんのことかなぁー?」

「とぼけないでね、お姉ちゃん……。いい? 先輩の童貞は、私が貰い受けるの……。だから邪魔しないでね?」

「黒乃にできるのかなぁ? まだまだお子様な黒乃の体じゃ、耐えられないんじゃないかなぁ?」

「は、はあ……? お子様じゃないし……!」

「強がるのもいい加減にしたらぁ? んふふ……」

「お、お姉ちゃんこそ……。ふふふ……」


 何話してんだ? 少し距離があり、小声であったため、全く聞き取れなかった。


 黒乃と別れたあとは、僕と白乃はいつもやっているように教室に上がった。その最中に、『黒乃はどうやって学校に行くんだろう』という疑問が僕の頭を埋め尽くしていた。その疑問のおかげで、神木さんと会うのが気まずいというのは薄れていった。



 ****



 はい、気まずいー。はい入りたくないー。今すぐに帰りたいー。


 二年B組の教室の扉を前にして蘇った。さっきまで余裕だったのに。扉の隙間からチラッと神木さんが見えた瞬間に、それが爆発したのだ。


 だが僕は足を動かす。別にいい! 気まずくても、別にいい!


「……」


 無言で自席に向かう。隣の席には、しっかりと神木さんが座っている。


「寝てる……のか?」


 腕に頭を置いて、伏している状態だった。授業中にいつもする体勢である。


 まあいい、とりあえず座ろう。自分のリュックを、机の横に付いているフックに引っ掛けた。そして椅子を引く。ガタッと音がした。


 その時だった。


「松風!」


 神木さんはいきなり起き上がり、僕の名前を呼んだ。それも大きな声で。横にいるため、僕はびっくりした。


 こちらを見ている。僕は気まずすぎて、ゆっくりとそっぽを向いた。神木さんの方を向くことができない。


「あ……その……松風……」

「……」


 やべー、なんも喋れねー。


「アタシ、バカだった……。、ちゃんと段階踏むからさ……」

「……」

「だから、さ……」

「ッ!?」


 ギュッと何か柔らかいものが背中にくっついた。なんか暖かい。咄嗟に後ろを見てみると、それは神木さん自身だった。


「ごめん、ね……」

「い、いや……その……。僕も……色々とごめん……」


 顔が熱い。もうなんか、気まずさなんて吹き飛んでしまった。


「ふふ……」

「え?」

「ふふふふ……」

「え、神木さん?」

「どう? 惚れた?」

「はい?」

「え? 段階を踏むってこういうことでしょ? だって松風言ってたじゃん。ちゃんと付き合ってから……、ってさ!」

「い、言ったけど……」

「なら今度は、松風をオトす方向にシフトチェンジしたから。強引なのがダメなら、ちゃんとした正攻法でエッチしてやる」


 気まずさってなんだろう。僕は今朝、何で悩んでたんだろう。今度はそんな疑問が、僕の頭を巡った。

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