第21話
そのあと早退した。僕はすぐさま家に閉じこもった。
「本当にアレで……よかったんだろうか……。ごめんよ、神木さん……」
自分のやったことを後悔していた。僕は力づくで彼女を止めた。彼女が怖がっていること、彼女が焦っていること、それらを逆手に取った行動だった。
押し倒して、腕を掴んで動けなくして、抵抗なんてすることもなかった。そして、いつもとは違う素の僕が出てしまった。僕はかなり強い圧をかけたのだが、それが強すぎたようだった。
僕は大きく『はあ』とため息をつき、両手で顔を覆う。
「明日から、どうやって顔を合わせればいいんだろう……。一体、どうすれば……」
幸い、明日は金曜日。今週学校に行けば、そのあとは休日が待っている。
明日だけ。明日だけ乗り切ろう。気まずいかもしれないけど、それでも僕は学校に行かなければならない。成績には響いてほしくないからな。
そう、なぜなら僕は、健康で健全で真面目な男の子なのだから。神木さんとのあの時の行動で、健全なことは証明されたのだが、真面目なのかは賛否両論あると思う。でも、僕にはあれしか思いつかなかった。
正直、やりすぎたと思う。本当に。あー、マジで顔合わせづらい。
僕は本当に後悔していた。
****
僕の心の中には、善と悪が存在する。
(あ、足が……う、動かない、だと!? これじゃあ学校に行けないじゃないか! クソッ! 動け! 足!)
(学校なんて行かなくていいんだよー! わざわざ気まずいっていうのに、あの神木さんとは会わなきゃならないんだぜ? サボっちまおうぜー!)
本当はこのままでずっといれば、自然と遅刻が確定するため、やる気を無くして、今日家から一歩も外に出なくなる、というのをしたかったのだが、それをもう一人の本当に真面目な僕が嫌がっている。そのためこうやって、玄関の前で一人で戦っているのだ。
そして僕は歩き出す。神木さんとは会うのは、少し怖いけど歩き出した。
と、同時に後ろから衝撃を受ける。不意打ちというのはとても危ない。倒れてしまいそうだった。
「む、白乃……。僕に何かようか?」
「たっくん! なんで昨日早退したの! 本当に心配したんだからね!」
「いや、まあ、頭痛かったし……」
「それ! 大丈夫だから、って、ぜんぜん大丈夫じゃなかったじゃん! 電話にも出てくれないし! 本当の本当に心配してたんだから!」
「わ、悪い……」
お怒りのようだ。子供みたいで可愛い。
「どうして電話に出なかったの? もしかして他の女と話してたの?」
「いや、そういうわけじゃ」
「誰なの? もうこの際言っちゃいなよ。私怒らないから。まあ、黒乃だったら流石に許せないけど」
「いや、その……」
言えない。普通に無視してた、なんて絶対に言えない。
いや、ていうか黒乃もダメなんだな。自分の妹なんだから、必然的に幼なじみになるはずだろ。中学までは、ほとんど話したこと、というか、当時はある理由で嫌われてたから、あまり会ったことはなかったが。
その話は置いといて、とりあえず僕は、白乃を不機嫌にさせてしまったらしい。こんなに詰め寄ってくるなんて明らかだ。
「ねえ、理由は話せないの?」
「……」
こういう時は無言をきめよう。相手が困るから。
「ふーん。教えないんだぁ」
多分、教えたら監禁されるもん。そして犯される。昨日、神木さんと色々なことがあったというのに、今日もそんなリスクがあんのかよ。全く、体に悪い。
白乃は、今までで一番僕を凝視してくる。彼女の大きくて可愛い目は、より一層大きくなっている。
「お仕置きね」
「はあ……」
「今ここでベロチュー」
意外にも軽いものだった。いや、人前でやるというのだから軽くはないのだけれど。それに白乃は真面目だ。学校があるから、朝から監禁はしないのだろう。
「はい? 今?」
「今」
「ここで?」
「ここで」
白乃は僕のネクタイを掴む。グイッと引っ張ってくる。なんだかこの構図、前にもあったような。
超至近距離の僕たちの唇は、少しでも動けば当たりそうなほどだった。
「何やってんだぁぁぁぁあ!!!」
なんと、そんな僕たちの間に割って入ってきた人が現れた。
やや小柄。綺麗に整っている制服。調整していないスカート。美しい黒髪で、見るからに清楚。
この前、僕がご飯をご馳走した女の子だった。
「はあはあ……。おはようございます、先輩!」
「おお、黒乃。おはよう」
「あれ? お姉ちゃん、先輩と一緒に登校するんだね。知らなかったー」
自分の姉がこの場にいることを把握していないかのような言い方だった。だがな、そうだったら僕たちに向かって、『何やってんだぁぁぁぁあ!!!』なんて言わねーだろ。
助かったけどね! ベロチューさせられそうだったけどね! そこには感謝する。
『チッ……』
え……。舌打ち……。白乃こえー。実の妹に舌打ちは、流石にこえー。
「たっくん行こっか」
「むむぅ! お姉ちゃんだけズルイ! 私も一緒に登校したい!」
「いや、黒乃は『東条学園』の生徒でしょ? じゃあ私たちの通う『西条学園』とは別の道だよ?」
「大丈夫だもん! 後からタクシー乗るもん!」
「乗ったらダメだろ……」
どういう算段なのか、黒乃も僕たちについてきた。つまり今、僕の腕には美少女がそれぞれ片方ずつにしがみついている、という状況だ。
周りの視線が、とても痛かった。
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